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【ひなた短編文学賞・アイデア賞】母の形見 / 結城刹那

23年6月、「生まれ変わる」をテーマとした、初めての短編文学賞「ひなた短編文学賞」を開催致しました。(主催:フレックスジャパン(株) 共催:(一社)日本メンズファッション協会

全国から817作品の応募を頂き、その中から受賞した17作品をご紹介いたします。様々な"生まれ変わる"、ぜひご覧ください。



【アイデア賞】母の形見 / 結城刹那


 息子が中学生になったタイミングで、俺たち家族は福島県に引っ越した。
 東日本大震災から約十年が経ち、街は以前の面影を取り戻しつつあった。
 震災によって、人々は全てを失ってしまった。それは俺自身も例外ではない。
 俺は福島県で生まれ育った。父は俺が一歳の時に事故で亡くなり、それからは母が女手一つで育ててくれた。貧相な暮らしを余儀なくされたが、決して不幸なものではなかった。
 母は手芸が得意で、俺の手提げ袋やシューズ入れ、洋服などをよく作ってくれた。俺はそれらを傷つけないように大切に使っていた。
 母が愛情をもって育ててくれたおかげで、俺は無事に社会人となり、愛する妻と結婚することができた。妻が妊娠した際、母は「孫に衣装を作ってあげるんだ」と意気込んでいた。
 だが、その願いが叶うことはなかった。東日本大震災による津波の影響で、実家は海に飲み込まれ、母は行方不明になってしまったのだ。当時、俺は出張で愛知県にいた。母の訃報を聞いた時は、仕事に身が入らないほど、生きる気力を失っていた。
 幸いと言って良いのかは分からないが、出張先に持ってきていた母のお手製の洋服だけは失わずに済んだ。それを『母の形見』として大事に扱っていた。しかし、高校時代から着ていて、約十五年もの時が経っていたので、糸が解れ、所々に穴が空き、着るのが拒まれるほどボロボロになってしまっていた。
「ねえ、父さん。どう? 似合うかな?」
 息子は届いた洋服を着ると俺に感想を求めてきた。オーダーメイドの洋服を着る息子の姿を見て、何だか懐かしい気持ちを抱いた。その姿は、彼が『自分の息子』であると心から思えるようなものだった。
「すごく似合ってるよ。さすがは俺の息子だ」
 青と白のストライプ柄の生地で作られた襟と袖口が白のシャツ。かつて俺が着ていたものが縮小化され、所々にアレンジが施されていた。
『母の形見』だった洋服はリメイクされ、俺の息子の元へと届けられた。
 念願だった「孫に衣装を作る」ことは形見をリメイクすることで叶えてやることができた。天国にいる母もきっと喜んでくれていることだろう。
 俺はリメイクシャツを着た息子と一緒に家族写真を撮ることにした。写真は現像し、仏壇に飾られた俺と母の写った写真の横へと飾った。その写真にはリメイクされる前の洋服を着た俺の姿が写っている。
 俺たちの想いはこうして受け継がれていくのだ。



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