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寝かせておく脚本vol.1: 『脱ぐのに時間がかかるから』

鍵を開ける音。
薄暗い室内にパーッと光が入る。
女「おじゃましまーす」
男「どうぞ、今日は誰もいないから好きにしてよ」
男、靴をサッと脱ぎリビングへ。
女、ブーツを脱ぐのに苦戦している。
男、リビングから玄関へ戻ってくる。
男「脱ぎにくそうな靴(笑)」
女「うるさいよ〜」
男「まぁ可愛いもんな」
女「え?」
男「その靴」
女「あぁ笑 ありがと、あ、ちょっと脱ぐのに時間かかるからさ、先入ってて!」
男「わかった、お茶でも入れるよ」
男、再度リビングへ。

男、ポットから湯をコッブに注ぐ。Tパックを放り込む。
女「優くんって妹とかいるの?」
男「え?いないけど」
女「お姉ちゃんも?ひとりっこ?」
男「え、うん、そうだけど、なんで?」
女「あ、お母さんか、そうだよね」
男「いやだから何よ笑」
女「あ、ごめんなんでもない」
男「なに?」
沈黙
男、Tパックをひたひたする。
女、立ったままそわそわしている。
男「好きなとこ座って?」
女「あ、うん、ごめん、ありがとう」
男「砂糖は?」
女「え?わたし?」
男「あ、ちがう、シュガー、いる?紅茶に」
女「あ〜ごめん笑 いります」
男「ゆかりのこと、佐藤って言ったことないじゃんか笑」
女「そだよね、ごめん」
男、紅茶を持ってテーブルにおく。
女「ありがと」
砂糖をサラサラといれ、かきまぜる。
女「おいし」
男「おいしい?よかった」
女「うん、美味しい紅茶だね、これ」
男「わかる?ミャンマーのなの」
女「ミャンマー?どこそこ?」
男「インドとタイの間かな」
女「へ〜インドのとかはね、よく聞くけど」
男「ね、珍しいなって思って」
女「香りがちがうね」
男「わかるの?」
女「わかんない笑」
男「なんだよ笑」
女「ごめん」

男「ねぇ」
女「?」
男「おれって怖い?」
女「え?いや、怖くないよ」
男「じゃあさ、あんまり謝らなくていいよ」
女「どゆこと?」
男「ゆかりってさ、会話の中で別にゆかりが悪くないのに謝る時あるよね」
女「あーそうかも、ごめん」
男「ほら」
女「あ」
男「多分口癖みたいなものなんだろうけど」
女「そうかも、顔色伺っちゃうんだよね、わたし」
男「だよね、もっとさ、なんだろ、踏み込んできていいんだよ」
女「うん、そうしたいんだけど」
男「怖い?」
女「なんか私、人との距離感とるの下手みたいで。高校の時にさ、好きになった先輩がいたの」
男「おぉ、聞いたことないぞ」
女「あ、実らなかったから言ってなかったんだけどね笑 でもその先輩にめっちゃグイグイ言っちゃって。すんごい引かれちゃったの」
男「すんごい?」
女「もうドン引き」
男「え、何したのよ笑」
女「部活やめて先輩と同じ部活入ったり、とか、、」
男「すごいね笑」
女「その時の先輩の顔がさ、やっぱ心に来ちゃったんだろうなぁ、私友達も少ないんだけど、なんか距離感取るの苦手だからかなって思ってさ」
男「うん」
女「大学では大人しくしてたんだけど、大人しすぎたのか結局孤独、学食もぼっち」
男「そうだったね」
女「うんだから優くんが、とかじゃなくてね、人と深く付き合うのがちょっと怖くて」
男「ごめんの背景にはそんなことがあったんだね」
女「そう、かも」
男「だからさっきなんか言いかけたのも」
女「そう、引っ込めちゃった、やばって思って」
男「まじで怒らないからさ、言ってみてよ」
女「え〜無理だよ」
男「どうして?」
女「別に私、人を不快にさせたいわけじゃないんだよ」
男「わかってるよ、え、そんな俺が不快になりそうな話題なの?」
女「いや、それすらもわかんない…けど」
男「まじで怒らないから、100パー不快になりそうならやめてもいいけど、でも聞きたい」
女「そんな大層な話でもない気もするんだよなぁ」
男「まぁ大層かどうかはさ、言われた方が決めることだから笑」
女「たしかにね」
ちょっと間をあける。紅茶をすする。

女「え、あの〜さ、玄関のさ、バレエシューズ?って誰のなの?」
男「あ〜〜〜、なるほどね、そういうことか、だから妹いる?なのね」
女「うん」
男「あれね、俺の。小さい時バレエやってたんよ」
女「あ、そなの?ごめん、偏見だった」
男「いやいや笑 いいよ、実際ほとんどが女子だし」
女「姿勢いいもんねたしかに」
男「まぁ、そうかも」
女「なんでやめちゃったの?」
男「なんか、やっぱり恥ずかしくなっちゃったんだよね、歳を重ねるうちに」
女「やってる本人も偏見みたいなのを持っちゃったのかな」
男「多分ね。これは女子のやるものだって、そう思ってから恥ずかしくて。タイツとかさ。自分がバレエやってることはバレエ教室の人しか知らなかったから、誰に見られてるからとかでもないんだよね」
女「内側から湧いてきたんだね」
男「そう」
……
男「まぁそんなこんなで、中2くらいには辞めちゃって。でも小さい時に憧れた人からもらったサイン入りのシューズ、あ、玄関のね?あれだけは捨てられなくてさ」
女「そうなんだ」
男「うん」
女「やっぱ聞かない方がよかったかな」
男「そう思う?」
女「ううん」
男「じゃあ聞いてよかったんだよ」
女「そうだね、ありがとう」

男、ぬるくなった紅茶を飲んで、立ち上がり、シンクにコップをおく。
男、リビングに戻ってくる。

男「いいんだよ、ちょっと回ってみてよ、とか言っても笑」
女「無理だよ〜そんなこと言えない笑」
男「まぁそれがゆかりのいいとこでもあるもんな」
女「そうかな」

女「見てもいい?バレエシューズ」
男「あ〜うん、いいよ」
女、立ち上がり、玄関へ。

女「触ってもいい?」

男も玄関へ向かう。

男「どうぞ?」
女「つまさき、固くないんだね」
男「男のシューズはね、女子のは固いよ」
女「へぇ」

女、バレエシューズを珍しそうに触っている。

男「そんな面白い?笑」
女「あ、ごめん、あんま触ってほしくないよね」
男「ううん、全然笑 好きに触ってていいよ」
女「ありがと」

男、玄関からリビングに戻り、段ボールを開封する。

女「もう一つだけ聞いてもいい?」
男「うん」
女「まださ、バレエに未練あったりするの?続けたかったかもな、とか」
男「いまだに動画は見たりするかな、イギリスのバレエ団とかの。でも、まだやりたいかどうかは正直わかんないや、もうプロとかはさ、ありえないし」
女「そっか、ありがと、答えてくれて」
男「うん」
女、バレエシューズをそっと元に戻す。
男「ゆかり〜ちょっとこっちきて」
女「なに?」
男「はい、これ」
女「え?くれるの?」
男「うん、プレゼント、付き合ったのがさ、ゆかりの誕生日のすぐ後だったから、でも渡したいなって思って」
女「そんなぁ、ありがとう、え、開けてもいい?」
男「ぜひ」
女「え〜なんだろ(ガサゴソと開ける)、え!靴?」
男「そう、新しい靴」
女「え、嬉しい!ちょっと履いてみていい?」
男「もちろん」

女、玄関へ移動し靴を出す。
その場で履いてみる

女「お、履きやすい」
男「ほんと?」
女「靴擦れもしなそう!」
男「よかった、サイズ合ってて」
女「靴プレゼントって、ちょっと勇気いるよね」
男「そうなのよ笑 でも、あげたいなって」
女「ありがと、デザインもかわいい!」
男、微笑む
女「これはもうずっと履いちゃうなぁ」
男「すぐ脱げるしね笑」
女「でも、何回も、毎日履いちゃう」
男「そうだと嬉しいな」
女、靴を見つめる。
女「なんか、わかんないけど、ちょっと自信ついたかも」
男「かもね」

女、靴を見ながら、ちょっと足踏みしたり。
男、その様子を玄関に座って眺めてる。
玄関に差し込む西日がぼんやりと包んでいる。

(完)

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