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【結婚しました。】と報告したら始末書を書くはめになった。


「嘘ってさ、
どの程度なら笑って許してくれるんだろうね。」

きみはカウンターの上で始末書を書きながら、

カーテンの向こう側にいる私へ、話しかけた。



それは二十三才になってやっときた春先。

当時、アルバイト経験から中途採用されたアパレル会社で働いていた。

与えられた役職はファッションアドバイザー、いわゆるショップ店員だ。

大きな会社ではなかったが、空き物件があれば積極的に都内へと出店していたし、
地方ではファミリー向けブランドも展開していた。
早々とECサイト運営も手懸けていたし、
メディアへの露出も多く、スタイリストは毎日のように借り出しに来店していた。

当時なかなか人気だったと思う。

竹下通りを抜けて、信号を渡った奥の路地エリア・キャットストリート。
そう、原宿、ファッションの街。

ファッション好きのための街だ。
原宿店なんて、それはそれは売り上げも良かった。


直属の上司であるエリアマネージャーは、社長の息子で、新しいものが好きだった。
どこからか引っ張ってきた新システムをすぐ導入してやりたがる。

『こんなカンジにしてぇのよ俺は!』

参考資料とファッション誌をバシバシと見せつけては、各店スタッフへ、あとはよろしくと。

まぁ、きっと、どこもそうなんでしょうけど。

そんなカンジで全店舗にblogが導入された。

不安定なWi-Fi環境での、職場の古いWindowsはよくフリーズしたし、

渾身の新作紹介記事を夢中になって書いていたら、
保存を忘れ、タイムアウトで全部消えて5秒ほど発狂した。
納品された段ボールに八つ当たりしたのも、
いまとなっては良き思い出にもならない。

あんな思いは二度としたくない。

しかし売上に良い影響は出るのだから、業務の一環としてやるしかない。

新商品のご紹介、
店舗スタッフによる着画、
商品の小話、ストールの巻き方、
シーズンイベントがあれば触れるに決まってる。


そう、四月一日だ。


すこし遡って、原宿店の副店長であるソデさん(仮)は最近、結婚した。

高校生の時からお付き合いしていた彼女だという。
地元の同級生がたくさん来てくれて、
それはそれは楽しい披露宴だったと、
終わってほしくなかったと目を細める。

そして注文していた結婚指輪が出来上がったんだと、板チョコをモチーフにした、
ゴールドのリングが薬指に光っている。
奥さんの大好きなブランドだそうだ。

男の人が身につけるには少し可愛らしい見た目の印象だが、物腰やわらかで話し上手、
ツッコミ担当で笑いながらチラリと見える、
キバのみたいな八重歯がかわいい彼にはよく似合っている。

そんなソデさんはとにかく男性客にモテた。

ソデさんとお話しだけしたくて来店されるお客様は、その回では購入しない。

しゃべるだけ喋りとおして満足して帰っていく。
大体スポーツ観戦の感想ばかり話している。

店の片隅でずっと話している。お客さまがバッティングすると野球とサッカーを交互に話す。器用だな。
タイミングによっては少し困ることもあったけれど
、スタッフ一同受け入れていた。
なぜならそれが、ソデさんの役割だったから。

その顧客さま方がすごいのだ。

しょっちゅう来れないから、ワンシーズンに一回、
単純に一年に四回ほどは、確実に買いにくる。

その金額がとんでもなく大きい。

一回だけの購入金額で、その日一日の売上ノルマが達成されることも少なくない。

持って帰るには多すぎる。
想像に易いが宅急便で送る段ボール箱で、試着室の横に小山ができる。


『会話』というコミュニケーション能力に長けていた彼の、
お客さまからの信頼は、それはそれはすさまじく、

ソデさんと同じスタイルがしたいと、ひと通り購入していく。こんなショップ店員冥利に尽きることはない。

その買いっぷりについた彼の二つ名は、
『客タラシのソデ』だった。

(本人曰く、ただ大好きなスポーツ観戦を語れる相手が欲しかったからお客さまにしゃべり通していただけだった。)


そんな彼の正体はドSなロールキャベツ男子であることを、わたしだけが知っている。




三月三十一日夜。

「ねぇ、吾妻、アヅちゃん、ブログのネタがないんだけど」

「がんばって書いてくださいな」

ソデさんはパソコンの前でぱらぱらと雑誌をめくりながら、角のドッグイヤーをいじる。

義務業務のブログなんて、あっという間にネタがなくなる。
わたしはネックレスとファッションリングを品出ししながら、
今週の担当者を抑揚なく鼓舞する。

担当しているアクセサリー部門の売上成績を上げるべく、わたしはファッション誌を眺めながら、流行トレンドを目で追う。

「あぁ、そうだ明日エイプリルフールじゃん。」

「あはは、だったらそれっぽいことするのも良いじゃないですか。」


わたしの指には、先日の出掛け先で、つい気に入って、購入してしまったリングがあった。

金色の蔦のモチーフで、指に絡むようにされたデザインに惚れた。

「そのリング、可愛いよね。
ゴールドだし、僕の指輪とお揃いみたいじゃん?」

「たしかにー!」

誤解なんかしたことないけど、いますよね、
こういう言い方をさらっといってしまうやつ。

彼はあざとく、かわいい人だ。
きっと奥さまもそう思っているはず。

お揃いに見えてしまえば、それならお揃いのように写真を撮れば、
それでノルマも達成して、新商品の紹介もできれば万々歳だ。

早く上がってさくら水産でお刺身と唐揚げと、
あとビールが飲みたいから早くしてください。

予約投稿4/1午前8時
【〜ご報告〜結婚しました】新作アクセサリーぞくぞく入荷!
今日ぐらい良いよね、とお揃いのような指輪に2人とも照れながら、桜満開の季節にちなんで、
新商品の商品紹介です……

こんなカンジで。


朝早く、アラームよりも早く着信が鳴る。

とり損ねた携帯を確認すると、エリアマネージャーからの着信と、
仲良しのスタッフ達からはLINEが、届いていた。

ブログ導入してからぶっちぎりのPV数を記録してしまった(当社比)ある意味、
語り継がれる伝説ブログとなってしまった。

もちろん予防線として下スクロールすれば、
誤解を生まぬよう、イベントに沿った内容にしております、と
断りを入れていたのがまた幸いした。

ブログを読んだ原宿店リピーター・顧客さまからお祝いと戸惑いのコメントで溢れ、

同店系列スタッフ達からは爆笑され、(そりゃそうだ)

ソデさんの嫁を知っているスタッフが、おもしろがって嫁にブログを転送しようと、ソデさんと取っ組み合いになり、

人伝いに聞いた他店からは『え、ほんとなの?』と確認メールが止まず、

そのタイミングで本社からメールが来たときには『何かしたかな……』とまったく存ぜず、

たまたま来店されたお客様から、
HAPPY marriage❤︎と書かれたアイシング・クッキーの差入れを頂いてしまってから、

あ、これは違う意味でまずい!と自覚した。遅い。

エリアマネージャーに呼び出され、
ほどよくお小言をくらっていた様は、
少女まんがでいうところの、先生に放課後、呼び出されて、ふてぶてしく二人で拗ねているアレに似ていたと思う。

その後も、度々、ソデさん好きの顧客さま方から

「吾妻さんってどんな子?」と査定がが入ったり、

予約電話で結婚おめでとう!と祝福されたり、

経理のお姉さま方にまで誤解させ、
扶養の変更届は必要かとメールが来てしまった。


申し訳なく朝イチで折り返した電話へ、
なにを思ったのか焦ってしまい、

「ごめんなさい、彼、既婚者なんです」と口走り、

「え……」

しまった。また余計に混乱させた。

在庫を探していて横にいたソデさんは、
紐で引っ張るとガタガタ震えるマスコットみたいに笑いを堪えていた。

たった一日だけの、
四月一日限定【結婚しました】は、
なかなかどうしてしばらく長引いてしまった。

結局、他愛のないジョークということで、少しお騒がせしてしまっただけだ。

わたしに至っては、
まだ書いたことのない婚姻届の代わりに、既婚者と始末書を書くはめになった。


納得がいかない。

ソデさんとわたしは、レポート用誌一枚分の始末書と、
ペナルティとして、
ブログ更新・一ヶ月連続投稿で放免となった。

それは地味にしんどかった。


カウンターの上で頬をつけながら、きみはうだうだと始末書を書く。

Windowsの画面をフリーズしないか睨みつけながら、わたしはひやひやとブログを書いている。

「嘘ってさ、
どの程度なら笑って許してくれるんだろうね。」


カーテンの向こう側にいるわたしに、
きみは声高だかに話しかける。

「『やさしい嘘ならついて良い』って、
ドラマでは言ってたんですけどねっ」


だよねぇと二人でくすくす笑う四月一日の夜。


ちなみに、台湾ではエイプリルフールのことを

【愚人節】 といいます。 愚か者でした。



ただいま留学中で台湾に住んでいます。

良かったらまた見にきてくださいね。










頂きましたサポートは留学費と台湾生活に充てさせて頂きます。 もうそのお気持ちがとても嬉しいです。謝謝您多感謝。