読書記録R6-48『額田女王』

井上靖著
新潮文庫平成29年3月77刷
(昭和44年12月毎日新聞社より刊行)

井上靖(1907-1991)
旭川市生まれ。京都大学文学部哲学科卒業後、毎日新聞社に入社。1949年(昭和24年)「闘牛」で芥川賞受賞。他に受賞作多数。76年文化勲章を受章した。

先般、上村松篁氏のポストカード「万葉の春」を買った。
その時、井上靖の作品『額田女王』があると知り、図書館で借りた。
この文庫本のカバー装画も松篁氏。だけど、私が買ったポストカードとは異なる。

中大兄皇子(天智天皇)、その弟大海人皇子(天武天皇)、額田女王、この3人を中心に、皇子らの母・斉明天皇、鎌足、額田と大海人皇子の娘・十市皇女、その夫で中大兄皇子の息子・大友皇子、
有馬皇子、高市皇子、その他の皇子や皇女、妃たち…
もちろん額田女王。
みんな歴史上に実在の人物。

朝鮮半島への出兵、遣唐使船の派遣、幾度かの遷都、壬申の乱…小説のストーリーの展開に従って自然な形で歌も織り込まれている。

熟田津に船乗りせむと月待てば
潮もかなひぬ今は榜ぎ出でな

女帝の命で作った歌。調べは女のそれであったが、盛られている心は中大兄以外の誰でもなかった。(P274)

近江に遷都した後、蒲生野の巻狩りの日。
茜さす紫野行きしめ野行き
野守は見ずや君が袖振る (額田)

紫野のにほへる妹を憎くあらば
人妻ゆゑに吾恋ひめやも (大海人皇子)

これらは行楽が果て都へ帰っての宴席で披露されたと井上氏の作品は示す。(p520)

天智天皇の薨御。
御陵は山科の鏡山に定められた。
皇后をはじめ、妃たちの挽歌がある。(P568)

額田の歌
かからむとかねて知りせば大御船
泊てしとまりに標(しめ)結はましを

この小説を読んで意外に思った。
それはこの小説が奈良や大阪、九州と舞台となる地が広範囲なこと。
さらに天智天皇が遷都した滋賀県も深い縁がある。
そしてその大津京は壬申の乱で天武天皇の世になると、すぐさま忘れられたようになったこと。

わが家のすぐ近く(車で10分ほど)に大津近江宮跡に近江神宮があり、天智天皇が祀られている。
その先に、現在大津市庁舎が建っている。その奥の道を山へ辿ると御陵がある。大津市歴史博物館へと至るのと左右に別れている。どなたが眠る地かと調べたら、大友皇子だった!
こんなに近くに…と少し驚いた。

この小説でこれまでとはちょっと違う万葉の歌の楽しみを味わった。

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