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僕のなりたい職業ランキング第1位は「自治会長」

 あれは、僕がまだ渋谷スクランブル交差点地下2階でしぶや動物園の園長をしていた時の話だ。両親の反対を押し切って開園したしぶや動物園は、最初の2年こそギリギリの経営だったが、その後の8年は多くの人達の支えによって、たくさんの子供達に足を運んでもらえる程になった。しかし、10月になり、スクランブル交差点で秋の収穫祭を若者たちが祝い始めるようになってから、しぶや動物園の経営は悪化し、閉園へと追い込まれてしまったのだ。今でも忘れない。しぶや動物園最期の日。開園当初から来てくれていたご家族の方々が、各々お金を出し合いワニ皮の財布をプレゼントしてくれた事。ガラスの向こうに飼育していたワニが居た手前両手をあげて喜ぶ事はできなかったけど、嬉しかったなぁ。「どうせ殺されたのなら、チンピラの手元に行くより、片野園長に使ってもらった方が良いんじゃないかって!」子供の口から「殺された」とか「チンピラ」をあまり聞いたことがなかったし、納得して良いのかわからない動機とその恐ろしいまでに澄み切った瞳に押され、なんだか分からない涙を流したっけか。(何故かそれを見たママさんたちも感動の涙を流していた)

 閉園後、決まった職もなかったので、実家に帰ることにした。実家は町の小さなリコーダー専門店“リコーダーかたの”を営んでおり、職が見つかるまではそこで手伝いをして過ごしていた。そんなある日、うちの店に隣の家の霧島さんがリコーダーを買いに来た。

 「おう、健太。まだ仕事見つからねえのか」

「仕事がっていうより、やりたいことがって感じですかね」

「悪い事は言わねえ。若いうちになんでも良いからとりあえず仕事に就いとけ。じゃねーと、俺みたいにジジイになってから、なりたくもねえのに自治会長やらされちまうぞ」

「自治会長?」

 霧島さんは、ご両親が土地をたくさん持っていたおかげで、郵便局を40歳で退職し、その土地を売ってかなりのお金得て、唯一残したうちの隣のバカでかい本家の一軒家で、毎日木の手入れをしながら生活している。霧島さんが言うには、「暇そうだから」という理由で、自治会長を任されてしまったらしい。

 霧島さんは、朝のうちに終えてしまう木の手入れに飽きて、新しい趣味としてリコーダーを始めるのだと、アルトリコーダーを買って自宅へと戻っていった。霧島さんみたいなお客さんがいない限り、うちの店に誰かがくるなどほとんどなく、本日3回目の店の掃除を終えると、自分の鼻息がうるさく聞こえる程店は静まり返ってしまった。「自治会長って何やるんだろ」ふとした思いつきから、地域の自治会が存在する意味についてカウンターのパソコンで調べて見ることにした。


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https://www.sagamihara-jichiren.jp/

 私は、若い頃不純な動機からゴミを拾い始め、「ポイ捨て問題の解決」を命題に様々な社会課題の解決のために仕事をしていた。その時から、モラルなどについて色々と自分自身の視点で考える事があったのだが、20年経つ今も解決策を見出せずにいた。しかし、「自治会」という仕組みを知り、僕の心臓は、僕の脳みそがその重要性を理解しようとする前に、力強い鼓動で自治会の重要性を僕に知らせた。

 沖縄県西表島に仕事で出張で行き、お客さんに居酒屋に連れていってもらった時に聞いた話で、「何故、西表島で飲酒運転が少ないのか?」という話を思い出した。その人は泡盛で顔を赤らめ僕に言った。「島の人間はみんな顔の知れた連中だからな。誰も傷つけたくないのよ」島らっきょで口臭が少し気になったが、僕はその時確かに感動したんだ。そこには、規制で守られた命ではなく、「傷つけたくない」という思いやりで生かされる命があったからだ。

 僕たちは夜道を歩く事や、子供にお遣いを頼む事さえ安心できず、駅からの帰り道、微妙に歩くスピードの同じ女性の後ろを歩く事にさえ申し訳なさを感じる社会に生きている。自治会に誰が、どんな目的で、どれほど参加しているのか僕は知らない。そして自治会がどのような目的で設置されているのか分からない人たちも多いだろう。でも、確かに「自治会」というものに僕は光を見た。

※その答えは「かたのけんた、自治会長になるまで。」で、少しずつ解き明かしていこう。

 自治会館から17時を知らせるメロディが聞こえてきた。二日酔いの臭いを漂わせながら、父親が2階から降りてきた。

「もう17時だ。店を締めるぞ。」

 父が降りてくるのは、このメロディがなった時だけ。昨日は酔いつぶれて、オカリナ専門店を営む小寺さんに担がれて帰って来たらしい。でも、それに対しては何も思わなかった。父はこのカウンターで立ち続け、俺たち兄弟を育ててくれたんだなって。長い事、働かせてしまったのだから、二日酔いだろうが、店じまいの時だけ降りてこようがいいじゃないか。これから先は好きなだけ飲んだくれたらいい。僕が自治会長になって、どんだけ酔いつぶれても、この家に誰かしら担いで帰って来れるような町をこれから先も築いていけるようにするよ。

 自治会館から聞こえるメロディが止むと、隣の家の霧島さんのリコーダーを奏でる音が聞こえて来た。リコーダーの吹ける自治会長も悪くない。



※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

※「自治会長になる」は本気です。

「最後まで読んでくれた」その事実だけで十分です。 また、是非覗きに来てくださいね。 ありがとうございます。