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冬眠していた春の夢 第12話 金魚柄の浴衣

 母は、浴衣を着せてくれている間、多分ずっと無表情だった。
 「キツくない?」とか「ちょっとこの紐持ってて」という言葉は発したけど、その言葉には、ドラマやアニメで見るような、嬉しそうに娘の着付けをする母の喜び、みたいな温度感が全くなかった。
 出来上がった私の全身を見て、「ヨシ」と頷いた時も、少しも微笑んでいなかった。

 慣れない下駄で駅に向かうと、金魚柄の浴衣の仁美とグレーの甚平を着た賢吾さんが待っていた。
 「いや〜!やっぱりポテンシャル高いわ〜美月!すっごくキレイ」
 仁美が惚れ惚れとした感じで言うから、めちゃくちゃ照れた。

 「仁美だって金魚柄めっちゃ可愛い!似合ってる!」
 「えー!美月が浴衣着ていくなんて言うから、焦って母に頼んで買ってきてもらったらさ〜コレよ。金魚柄とかあり得なくない?」
 仁美は自分の浴衣を見ながら口を尖らせた。
 「だったら一緒に買いに行けば良かったろ。面倒くさがるからだよ」
 賢吾さんが仁美を肘で軽く小突いた。
 「そんな事ないよ!昭和レトロですっごくイイ!すっごく仁美らしくてイイ!」
 お世辞じゃなく、本当にそう思った。
 福々しい日本人顔の仁美に、レトロ感のある金魚柄がとても似合っていた。

 「橋本が見たら緊張するだろうな〜」
 私を見て、賢吾さんがニヤニヤしながら言った。
 「橋本さんは鎌倉駅で待ってるって。でも、鎌倉駅前混んでるだろうな〜」

 仁美の言葉通り、鎌倉駅前は人でごった返していた。
 それでも私は、すぐに橋本さんを見つけられた。仁美達よりも早く。
 橋本さんはオーバーサイズのピンクのポロシャツにデニムのハーフパンツで、芸能人のようにオシャレだった。
 私は一気に緊張した。

 海岸に向かうと思いきや、コンビニで飲み物や食べ物を買って向かったのは、海岸から離れたマンションの屋上だった。
 「海は混み過ぎてるからさ。ここからでも十分キレイに見えるから」
 橋本さんが言った。
 そこは橋本さんの住むマンションだった。
 既に住民の方々が何人か缶ビール片手に集まっていた。
 私達は橋本さんがセッティングしてくれていたキャンプ用の椅子に座って花火が上がるのを待った。

 最初の花火が上がって、周囲から「おー!」という歓声が起こった。
 「キレイ!」
 私は興奮して手を叩きながら花火に見入った。
 後で仁美から聞いた話では、橋本さんが私のことをめっちゃ見ていたそうだ。
 でも私は、そんな視線を感じないくらい、夜空を彩る日本の美に夢中だった。


 クライマックスの花火に大歓声を上げた後、ふと我に返ると、笑顔の橋本さんと目が合った。
 「キレイだったね」
 「はい!すっごく!こんな豪華な花火、初めて見ました」
 私は興奮したまま答えた。
 「豊橋では花火大会なかったの?」
 「豊橋祇園祭というのがあるけど、家から遠いし、おじいちゃんもおばあちゃんもあんまり興味ないみたいで、連れて行ってもらった事がなくて…」
 そう答えながら、橋本さんは私が豊橋にいた事まで知ってるんだ…と思った。

 それから4人で、コンビニで買ってきた物食べながら、他愛のない話をした。
 「それにしても、金魚柄の浴衣、懐かしいね」
 橋本さんが、私に向かって言った。
 「え?…ああ、昭和レトロな感じ、なんか懐かしい感じしますよね。仁美にすごく似合ってるし」
 私は仁美を見て答えた。
 そんな仁美は、何か言いたげにニヤニヤしながら、私と橋本さんを交互に見ていた。

 第13話に続く。

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