冬眠していた春の夢 第25話 兄のアルバム
10年前に起こった事故の話が終わったところで、父が本棚からアルバムを取り出して、美月に差し出した。
「ずっと黙っていて悪かった。ここに、春馬と美月の思い出がある」
私は黙ってそれを受け取った。
赤ん坊の頃からの春馬少年の歴史。
そこには、両親の笑顔以上に、沢山の名古屋の叔父の笑顔があった。
海やプールではしゃいでいる写真、釣りやキャンプの写真、同じような格好で一緒にゲームに熱中している写真。
私は、名古屋の叔父の怒った顔、私を睨みつける目しか知らない。
こんな風に、子供みたいにクシャクシャの顔をして笑う人なんだ…と思った。
この笑顔の分だけの悲しみが、きっと私にぶつけられてきたんだ。
決して納得はしないけど、腑には落ちた。
その後私が生まれて、母の腕の中の赤ん坊の私を覗き込む写真や、私とツーショットの七五三や旅行や遊園地の写真が増えていく。
縁日の写真もあった。
金魚柄の浴衣を着た私と、紺色の甚平を着た兄がヨーヨーを持って並んでいる。
場所はあの神社の境内だった。
昔はあの境内で、小さいながらも夏祭りがあって、縁日の屋台も並んで、とても賑やかだったそうだ。
でも、兄の件があってからは、夏祭りも縁日も中止になってしまったという事だった。
「あ、橋本さんやリョータさんも写ってる」
私の言葉に、両親は怪訝そうな顔をした。
「病院で言っていた橋本さんて、ハッチのことだったのか」
父の言葉に私は小さく頷いた。
「私…ずっとこの3人の夢を見てきたの。霧の中、神社からこの3人が出てくる夢」
「ああ…昔、久子さんが話してくれた。美月がそんな夢をよく見るって。でもそれ以降、もう言わなくなったから、見なくなったんだろうって…」
「ううん。ずっと見ていたよ。久子おばちゃんの様子がおかしかったから、もう言わないようにしただけで」
「それで、ハッチとは会ったのかい?病院で仁美ちゃんのお兄さんの友達って言ってたけど」
父の言葉に私は小さく頷いた。
「うん。…私のことは覚えてるって言ってたけど、春馬…お兄ちゃんの話はしなかった」
「こっちに戻ってきてたのね…」
母が言った。
「…ハッチも、美月が記憶を失くした後に、声が出せなくなったの。喋ろうとしても声が出なくて、病院にかかったけど、極度のストレスによるものだろうって…。ハッチのご両親が、小田原の方に子供の為の良い心療内科があるって聞いて、引越して行ったの…」
…声が…?
「ハッチもリョータ君も、春馬と幼稚園からの仲良しだったから、本当に辛かったと思う。リョータ君も外で遊ぶことがなくなって、ご両親も心配していたけど、中学に上がる前に引越して行ったから、それきりだけど…」
母の言葉を聞きながら私は、アルバムの中で楽しそうに笑ったり、変顔をしている3人の写真に見入った。
橋本さん、声が出なくなっていたんだ…。
第26話に続く。
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