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プーシキン伝記第3章 南方 1820-1824⑩

 現代心理学は個性の本質を単純化しているような、いかなる創造的な個性の解釈も否定する。詩人の個性は、もちろん、不可分のものでありまた、疑いもなく、外部の世界から持ち込まれる印象の広大な領域と関連している。しかしながら多種多様な社会関係に加えられることによって、個性はたくさんの言葉で世界と会話をし、世界はさまざまな声で個性に答える。結果として、同じ人間が、いろいろな集団に入り、目標を変えながら、変化することができる ― 時にはかなり限界まで。特にこれは、外の世界に対する反応の複雑さと多種多様さで際立っている、芸術家に当てはまる。《詩人とは ― 外部からの印象を記録する、消極的な、写真のように精密な機器》また《詩人とは ― 俗悪なものと偉大なものとの相反する混合》といった観念の代わりに、外部からの条件に従属するだけではなく、詩人の意識内の世界の自由な、活発な変容にも従属する特徴をもつ反応を可能にする、社会心理学的なメカニズムが複雑に組み合わさったものとして、創造的な個性についての理解が生まれるのである。
 創造的円熟期におけるプーシキンがどんな作品に取り組もうとも、なにをしようとも、彼は、まず第一に何よりも、詩人であった。まさにこれを彼は自分の個性において基本的な、決定的なものとみなし、周囲の人々はまさにそのように彼を受け入れていた。今後彼は徐々に、詩人とはなにか、創作と人生において詩人とはどうあるべきか、ということについて考えなければならなかった、そして、彼の読者は彼になにを期待しているか、彼を取り巻く人々においていかなる認識がこの考えと結びついているのか、ということを考慮に入れなければ(あるいは格闘しなければ)ならなかった。《詩人の本質とはいかなるものか、世界に対する彼の態度はどうあるべきか》というテーマについて、あまりに多くのことを考え、非常に広い視野をもって自分の意見を述べる芸術家を見つけることは難しい。
 プーシキンはまさに自らを詩人として自覚することにより、少なくとも3つの特別な局面に組み込まれていることが分かった:1)詩人と文学;2)詩人と政治的生活、特にプーシキンにとって ― 反政治的な非合法的な活動の闘いの世界;3)詩人と毎日の日常性、毎日の生活習慣の世界である。もちろん、いたるところで彼は詩人として発言している、そしてこの詩人 ― アレクサンドル・プーシキン ― は十分個人的な顔を持っている。そしてやはり、これらのどの局面においても、詩的な個人的なものは、なんらかの特別な固有の形象で実現されている。そしてただ、それらの総和からのみ、プーシキンの人生における真の顔が浮かび上がるのである。
 自らを詩人と自覚することで、プーシキンは必然的に文学者にもならなければならない、つまり、固有の文学的な関係を結び、職業的な関心や気遣いを伴う作家たちの《血気盛んな同業組合》に入らなければならない、ということである。プーシキンのたくさんの手紙は、彼が文学的な人生に参加したことを特徴づける、豊富な資料を与えてくれる。近しい友人たちや偶然知り合った人々の回想録や日記は我々に、М.Ф.オルロフの家の食卓での政治的議論における彼を、あるいはキシニョフの《社交界》の家々でのダンスパーティーにおける彼を描写している。しかしながらプーシキンの基本的な生活、その最も充実して緊張した時間はこれらの資料には反映されていない:それらの資料は創作物と関係していて、閉じられたドアの向こう側で経過していた。

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