ハイヒール

 大学の帰り、靴屋のショーウィンドーに目が止まる。中にはハイヒール。優美で上品な
フォルムは、私に大人の女性を連想させ、そしてあの出来事を思い出させた。

 一週間くらい前のことだった。学校の近くのカフェで、先輩が女性と一緒にいるのを見かけた。優美で上品な雰囲気の女性。彼女を前にして、彼はちょっと恥かしそうに笑っていた。私とは全然違うタイプの大人の女性。

 夏の終わり。先輩はクルマで私を自宅まで送ってくれて、そして、別れ際にそっと私の手を握り、好きだよと言ってくれた。あれからまだ数ヶ月しか経ってないのに‥。

 やっぱり男性は、このハイヒールが似合うような、女らしいきれいな人が好きなんだ。そう思うと腹が立ってきて、

だったら、最初から好きなんて言うな!バカやろー!

と、心の中で叫び、ウィンドウのガラスを軽くグーパンチした。

おまえ、何やってんの?

背後から聞き覚えのある声。先輩だ!

「そうだ。ちょっと時間ある?」

そう言って先輩は、私の手を引いて
店の中に入って行った。

「いらっしゃいませ。」

あ!

私は小さな叫び声をあげた。あの女性がいたのだ。私は何故かドキドキして、彼女の顔が見れず下を向いてしまった。

「姉さん、紹介するよ。こないだ話した俺の彼女。」

「え!姉さん??」

「そう、俺の姉貴。ここは姉貴のお店なんだよ。」

「初めまして。弟からいろいろお話し聞いてますよ。ちょっと待っててね。」

そう言うとお姉さんは、ショーウィンドウから、あのハイヒールを引き上げてきた。

「これ、弟があなたの為に選んだのよ。
この子ったらね、このハイヒール絶対あなたに似合うって、問屋さんで興奮して大騒ぎ。」

お姉さんが話し終わると、先輩は真っ赤になって下を向いてしまった。

「おい、ちょっと履いてみろよ。サイズが合わなかったら、交換してもらわなくちゃだしさ。」

先輩が小さな声で私に言うと、私とお姉さんは顔を見合わせて、クスっと笑った。

こんな素敵なデザインのハイヒールが、私に似合うと先輩は思ってくれてたんだ。嬉しいけどちょっと恥ずかしい。

「似合うかな?」

そう言って、ハイヒールに足を入れる私を、先輩は、やっぱり嬉しいような恥ずかしい顔で見ていた。

(了)
















 



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