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#87 深淵を覗く時

「人中」と呼ばれる人間の身体の部位がある。

鼻から唇へ結ぶ雨樋のような筋のことだが、殆どない人からくっきりと目立つ人、まるでスキーのジャンプ台のように反り返っている人までいる。

これは胎児が母胎の中で、ふたつに割れている頭がくっついた後の名残であり、人間なら誰もがあるという。

その人中。
ずっと意識して見ていると、他人の顔を見た時にどこよりも先にまず人中に視線がいってしまうようになる。
これはかなり危険な兆候だと言えるだろう。

「貴方は初対面の人のどこを最初に見ますk・・」
「人中」

クイ気味に答えるようになると控えめに言っても重症である。

そうなるとテレビを見ていても出てくる俳優、歌手、タレント、真面目な顔でニュースを読むアナウンサー、一般の人、全ての人中を先に見てしまう。

ドラマのシリアスなシーンで主人公の男女が見つめ合い、距離が近付き、今にも身体を抱き寄せそうな時でも人中を見てしまうともう気になってドラマどころではなくなってしまうのだ。

「人中気になり症候群」だった頃の私は、他人の人中を見てその人の性格・人となりを言い当てるぐらいの境地に達していただろう。

「だった頃」と過去形で語っているように、今はリハビリを経て健全な社会生活を送れるぐらいには回復している。

それはあまり分け入ってはいけない禁断の森なのかも知れない。

「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。」
という言葉に即して言えば

「人中を覗く時、人中もまたこちらを覗いているのだ。」
というところだろう。
(違うと思ふ)




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