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【長編】奇しき世界・二話 奇跡と力

1 斐斗と叶斗


 午前十二時十二分。

「おいおい夏澄ちゃん、なにそんな驚いてんの」
 鍛え上げられた筋肉質な肉体に人気アイドルさながらの容姿。世間一般で表現される『チャラい』印象の男性に連れられ、夏澄はあるマンションの彼の部屋へ案内された。

「あー、いや、……そのぉ」
 夏澄の戸惑いは、彼の生い立ち、部屋の印象、同居している人物に対するものなど、多くの情報が短時間で入り、連続する驚きのあまり思考が整理できないでいる。
 なお、夏澄はけして好みの男性が彼のようなタイプだからついて来たのでも、ナンパされてついて来たわけでもない。

 ではなぜ夏澄がこのような事態に巻き込まれているかというと、それは一時間ほど前に遡る。


 午前十一時十二分。

「それで、話はなんだ?」
 千堂斐斗は喫茶店に呼び出されていた。相手は見るからに斐斗とは縁がなさそうな程に筋肉質で肌は浅黒く、髪型はツーブロックの、ランニングシャツ姿、指輪、ピアス、サングラスと、斐斗が好まない印象が堂々と仕上がっている。

「実は、頼みたい事があって」
 男が畏まって言おうとした時、偶然にも二人の席を通り過ぎる女性と斐斗は目が合った。
「――あ」
 女性の方から驚きの声を上げられ、その反応に斐斗は目を見開いて驚いた。
「千堂さん。どうして」
「――いや、君こそ」

 相手は夏澄であり、日向桃花の一件以降会っていない。つまり、あの喧嘩別れからの再会であった。

「そんな事より、桃花の話、聞いてほしいんですけど」
 夏澄は怒っている様子ではない。
 斐斗は何か思い当たる事があり、冷静さを取り戻した。
「すまないが今は取り込み中だ」

 斐斗の向かいに座る男性を見た夏澄は、チンピラと何か相談していると思い、畏まって男性に一礼した。

「え、何? 彼女?」
 男性は斐斗に小指を立てて訊いた。
「違う」即答で斐斗は否定した。
「いいって、兄貴にどんな彼女が出来ても俺は受け入れるぜ」

 夏澄は、耀壱のように斐斗を兄と慕う後輩がいるのだと思い込んだ。

「千堂さんって、後輩さんからよく慕われるんですね」
 夏澄が訊くと、男性が答えた。
「違うぜ姉ちゃん。俺は兄貴の弟。耀壱とごっちゃに考えてんだろ」
 見た目も性格も、センスも全く違う事に夏澄は驚いた。
「姉ちゃん一人なら、ここに座りなよ」

 なぜか夏澄は言われるがままに叶斗の隣に腰かけた。

「なぜ座る。君も用事があって喫茶店へ来たんじゃないのか?」
「え、あ、いえ。衝動的に喫茶店でコーヒーでも飲みながら本でも読もうかなって思って」
「姉ちゃん洒落てるね。名前は? 俺は叶斗(かなと)」
「あ、清川(せがわ)夏澄です。叶斗さんと耀壱君は知り合いとかですか?」
「耀壱は俺の幼馴染で、色々あって実家を紹介したってわけ。俺はあそこへあんま帰んないから、時々耀壱や兄貴とこうして会ってんの。ってか夏澄ちゃん、兄貴の彼女?」
「いえ違います。以前、友人の悩みを聞いてもらって、それで今日会ったのは偶然で」

 叶斗は眉間に皺を寄せ、斐斗に視線を向けて理由を求めた。

「どうやら面倒な事が起きてるんだろ」
「起きてるんだろ。って、このままにしといていいのかよ。夏澄ちゃんはこっちの事知ってんの?」
「いや、全くだ」
 夏澄を他所に、彼女が知らない事の話を勝手に進められた。
「あの、二人で分かって私を置いてけぼりですか? ちゃんと説明してくれませんか?」

 叶斗はお冷を一気に飲みほした。

「夏澄ちゃんには俺が説明しといてやるよ」
「どういう風の吹き回しだ? 気前がいいな」
「恩着せだよ恩着せ。俺の相談聞いてもらうんだ、兄貴に貸し作って損はねぇだろ。ついでに支払いも済ませとくぜ」
「叶斗、やるのはいいが、”アレ”は使うなよ」
「わーってるって、じゃあ夏澄ちゃん借りてくぜ」
 先に会計を済ませに叶斗はレジへ向かった。
 夏澄は困りながら戸惑った。

「見た目はああでも乱暴な事はしない。家に行けば尚更だ。ついて行けば理由は分かる」
「え、でも……」
「叶斗が君に何か疚(やま)しい事をすれば俺が全て責任を取る。それでも信用できんか?」
 まさか、強情な斐斗がここまでいうのだから、夏澄はその言葉を信じた。

 会計を済ませた叶斗が戻ってくると、そのまま夏澄を連れて喫茶店を出た。
 残された斐斗は、しばらくの間コーヒーを飲み、スマホでニュースを読みながら時間を潰した。

2 驚き続き

「マンション住まいだけど、ここが俺の家だ。ようこそ我が家へ」
 叶斗に続いて夏澄が入ると、絶句するほどに驚いた。

 叶斗の外見からの偏見で、アメリカの国旗や謎のキャラクターなどの置物や壁掛けの旗やヘルメットなど、ごちゃごちゃしていると思い込んでいたが、玄関は物が置いておらず下駄箱にはランプの形をした電気や小さな観葉植物、鏡、小さな龍の置物があり、小奇麗でスッキリした清潔感溢れる玄関。置物タイプのシトラスの芳香剤もおいており、香りまでスッキリしている。

「千堂さんって、綺麗好きですか?」
「叶斗でいいよ。どうせ兄貴には”千堂さん”なんだろ? 兄弟揃って同じ呼び名なんてダセェのは嫌だぜ」
「じゃ、じゃあ叶斗さんで」

 二人が靴を脱いだ時、奥から女性が歩いて来た。

「あら、いらっしゃい。えっ……と?」
 女性は視線で夏澄に誰? と訊いた。
「ああ、兄貴のツレ……」夏澄の方を向いた。「で、良かったんだっけ?」
「違います」慌てて訂正した。「以前お世話になって、一度しかお会いしていない知り合いです」
「で、ちょいと兄貴の仕事やら何やらを教えに連れてきた。外で二人きりじゃ、誰かに見られて二股とか噂立ったら嫌だろ?」

 女性は納得した。

「初めまして、叶斗君とお付き合いさせて頂いてます、田所光希(たどころみつき)です」
 夏澄は平静を装っているが驚きの連続であった。
 バッチリなチャラ男が斐斗の弟。しかし彼女は清楚系女子。家の中も整理整頓が行き届き、物が少なく広々としてスッキリしている。
「今お茶出すから座ってて」
 夏澄は案内されるがままにリビングのテーブル席に腰かけた。その間、鳩が豆鉄砲を食ったような情けない驚き様が続いてしまった。

「おいおい夏澄ちゃん、なにそんな驚いてんの」
「あー、いや、……そのぉ」
 隣同士で座る叶斗と光希の姿を見て返答に戸惑ってしまう。
 叶斗は光希を見てから夏澄の反応の意味を理解した。
「あ~、もしかして、俺の彼女が光ちゃんなのに驚いてんだろ」
「あ、いえ、別にそんなことは」

 言い訳しようにも、言葉が思い浮かばず、何より表情は隠せなかった。

「いいのいいの。俺、見た目もキャラもこんなんだろ? 光ちゃんと付き合い始めた頃も周りのツレが同じ表情してたから」
「あのぉ」一応、申し訳ない姿勢は崩さなかったが、知りたい衝動は抑えられなかった。「失礼な事、聞いてもよろしいでしょうか?」
「ん?」
「お二人は、どういった経緯でお付き合いを?」

 あっさり答えられるか、拒まれるか。その二択だと思っていた夏澄であったが、叶斗と光希の反応はまったく違った。

「話していいの?」光希が訊いた。
「まあ、そのつもりで連れてきたし。そこから話した方が続けて説明しやすいからいいんじゃね」
 小声でのやり取りの後、光希が説明した。
「簡単に言うと、三人組のチンピラみたいな人達に絡まれてる所を叶斗君に助けられたのがきっかけ」

 いかにもすぎるチンピラ対チャラ男という構図が、ありありと浮かびやすかった。

「三対一で勝った……んですよね。喧嘩はお強いんですか? 叶斗さんは」
「いんや、まあ身体鍛えてっからそれなりにはやり合えるだろうけど、向こうも細マッチョ三人組だったからな。さすがにそれは無理」
「じゃあ、負けたけど、誰か助けに来て田所さんが介抱してくれた。とか?」
 あまりにもありきたりな展開、学園ドラマで描かれそうな場面が予想しやすかった。しかし違った。

「暴力で叶斗君は助けに入ってないわ。特殊な“力”を使ってくれたんです」
「力?」
「そ。俺にしか出来ない特殊能力ってやつ。喫茶店で兄貴と俺の会話覚えてる?」
「覚えてるっていうか……私が置いてけぼりされて進めてた話ですよね」
「そう。あの説明に直結するんだけど。まあ先に順番通りに説明させてもらうぜ」

(何の順番?)と、夏澄は思った。

3 叶斗の力

「まず、俺が光ちゃんを助けた力。その名も【ヘブン】だ」
 直訳して『天国』なのだろうが、そんな名前の力を想像すると、夏澄は叶斗の中二病を疑った。
「何ですか? アニメの必――」
「そんなお子様思考の技じゃないぜ。もっと危険なもんさ」

 とはいえ、いきなり技名だけを告げられた所で夏澄の頭では理解できないのは当然の事である。

「叶斗君、そんな説明じゃ」
 光希が口出しし、説明を続けてくれた。
「えっと、いきなりこんな説明で戸惑ってると思うけど、ちゃんと説明するとね、世の中には特殊な力を持った人や不思議な事が起きる現象があるみたい。数も全体でみれば極少数だし、大抵は遭遇しても離れたら記憶が無くなるなんて事があるみたいだから一般社会ではそれ程認知されてないみたい。それに力が公になったらテレビ業界とか、最近だとネット動画に上げようとする人たちが多いから、見つからないようにしないとだし」

 そんなオカルトオタクが飛びつきそうな話を、夏澄は俄かに信じれなかった。

「……って言われても……私怪談話とかも信じない派だし」
「まあ、そうなるわな。俺だって夏澄ちゃんに大々的にヘブンを見せたいけど、これすっと兄貴がキレるし、加減ミスったらかけた奴の人生潰すか、最悪死人が出るからな」
「え? ヘブン(=天国)なんですよね。どうして不幸になったり死人が? あ、天国に送る系ですか?」

 叶斗は迷ったが、テーブルに左ひじを付いた状態で軽く握った拳を口元に当て、夏澄を真剣な眼差しでジッと見た。

「あ、ごめんなさい。……いいす――」
「――ヘブン」
 叶斗は、手の平側を上に向けた状態の右手拳から人差指を伸ばして夏澄を指さした。

 指を指された途端、スマホから短いバイブレーションの音が聞こえ、夏澄は話し中のため無視していると、叶斗が「確認して」と告げた。
 スマホにはTwitterのメッセージが一件送られており、それは夏澄が暇つぶしで何気なく行った『三千円の商品券が当たる四択クイズ』当選の報せであった。
 夏澄が喜ぶのも束の間、立て続けに、今度は友人からのLINEで来週の日帰り旅行は友人の親が急に来訪すると言って来たので中止してほしいとのことであった。

 喜びと落胆の表情を露にした夏澄は、叶斗を見た。

「もしかして……これって」
「そう、俺の力」
「どうしてくれるんですか。楽しみにしてた旅行がキャンセルになりました」

 驚くと思いきや、まさか不思議な現象よりも旅行キャンセルに反応が優先されるとは、叶斗も思っていなかった。

「け、けど、良い事もあったんだろ?」
「ま、まあ。生まれてこの方当たらなかった懸賞クイズに当選しました」
「俺のヘブンは、使用した対象に見合った現象を起こす力だ」
「私、当選と旅行中止が見合ってるんですか?」
「今のは第一段階。ヘブンの本領が発揮されてないから、小さいながらも良い事と悪い事が一緒に起きるぐらいだ。ヘブンの本質はだな……」説明の例えを考えた。「例えば、なんでもかんでも喧嘩や暴力で解決しようとする奴がいるとするぞ。そいつにヘブンをかけたら喧嘩や暴力の渦中によく行くようになる。効果の程は個人差があるけど、根っからの喧嘩野郎とかは暴力を優先する思考になって、そう行動する日常が身に沁みついてる。そんな奴は暴力的な奴が無理やり集まったり、暴力で金を稼ぐ側へ行っちまう程、人生の道を大きく決める効果を示すってわけだ」
「なんか、類は友を呼ぶみたいですね」
「まあその通りだ。同族が長い時間をかけて巡り合うのが”類友”のことわざだとすれば、ヘブンは強引に会わせちまうんだ。さっき言った段階ってのは、いわば俺自身が加減を知る為の法則性ってので段階をつけた。夏澄ちゃんに使ったのは、良い事と悪い事を無理やり今日に寄せただけだ」
「え、じゃあ力とか関係なく、当選と中止はあったんですか?」

 叶斗は「ああ」と返した。

「でも、どうして『ヘブン』なんですか? 使用した人に不幸が起きたら、天国どころじゃありませんよ」
「深い理由はなし。中二病みたいなもんだ。俺が喧嘩してた連中を懲らしめたい一心で使えるようになって、連中は”嫌がらせが楽しい”ってんだから、自分達も被害者になったらもっと楽しいだろう。って偏った考えから、『楽しい世界=天国=ヘブン』ってな具合でこうなった。捻くれた経緯だ」
「そんなんでいいんですか? その不思議な力の命名って」
「ああ。俺は後天性だから、使用できる時の印象やら感情やらがモロに出てそう名付けられる。今じゃこの名を呼ばなきゃ使えない。他の名前でも、似た意味の単語名でも無理だ」
「後天性って事は、先天性の人もいるんですか?」
「兄貴がそうさ。兄貴の力は俺みたいな人間が力を使用した時の混乱を鎮めたり、自然界とかが起こす奇妙な力を鎮めたり。『リバースライター』って言ってな、あー、先天性っていうか、血筋っていうのか? 親父が先代使用者で兄貴に引き継がれた。そんで、こういった力関係に詳しい人達と知り合って今も奇妙な力鎮めるのに励んでるってわけ」

 夏澄がレンギョウの事を聞くと、叶斗は彼女と接点がある事に驚いた。続けて夏澄が経緯を説明すると、叶斗は何か納得した。

「あ、だから……か?」
「何がですか?」
「いや、だいたい奇妙事を解決したら当事者は記憶を無くすもんでな、力所有者以外。けど夏澄ちゃんが覚えてる理由はそういう事だったってな」
 喫茶店で斐斗と叶斗が驚いたのは夏澄が斐斗の事を覚えていたからであった。
「つまり……どういう事ですか?」
「夏澄ちゃんも何かしら奇妙な出来事の真っ只中にいるって事さ」

 夏澄はふと疑問に思い、光希の方を向いた。

「けどそれなら田所さんがこんな話を平然としてるのも聞いてるのも変じゃないですか? だって知ってる風だし」
 叶斗と光希は顔を見合わせ、光希が「言っても?」と呟くやいて訊くと、「いんじゃね」と軽く返された。

「私はずっとそんな奇妙な出来事が起き続けてるの」
「え、どうして千堂さんや叶斗さんに助けてもらってないんですか? 叶斗さんみたいな、田所さん特有の力、とか?」
「私のはそんないつでも使える力じゃなくて。一定の周期で姿が見えなくなるの。しかも夜だけ」
「え、見えない……て? 透明人間とか?」
「分かりやすくいうならそんな所。消えるどころか身体も軽くなるから、台風の時に外なんか出たら飛んでっちゃうかな。消える日は家にいるの」
「見えるのは俺の知る限りレンギョウ姐さん位で、兄貴も見れない。とは言え、幸い触れはするから帰ったら手でも握ってくれんだわ。消えても二人の愛は永遠ってな」

 光希が「バカ」と言って照れてる姿を見て、夏澄は「はぁ……」と言葉を零した。

「千堂さんも解決できないんですね」
「兄貴のリバースライターは条件が整わないと使えないんだわ。俺は使い時に出来るが、兄貴はその現象の情報やら筋を理解しなきゃならねぇ。色んな可能性を考えて、真っ当な道理が通ったら使用可能。そんで現象を修正出来るってわけだ」
 だから桃花の夢の話をするとき、違う可能性を問いただしたのだと納得した。
「でも不便ですよね。不思議な力があっても、記憶に残らないんなら稼ぎにもならないし、あり損ですよ」
「いんや、力を持ってる奴は何かしらの特権やら体質やらが備わるんだわ。それに、こんな奇妙な現象を生業としてる連中もいるし。ちなみに兄貴は、体質からして奇跡に遭遇しやすいし導かれやすい。あの家に居てもすぐにどっか行くのはよくある事だ。それと食い扶持に困らん」
「千堂さん専用の力で稼いでるんですか?」
「いんや、こりゃあ特権かな? 何もしないでニート生活決めこみゃ、金は入ってこねぇけど活動し続ける限り収入は得てる。あの家の大家って事で同居してる家族からの家賃収入が入るし、耀壱からも部屋代が入る。家主だから当然とか思いそうだけど、本当は問題解決した成果なんだわ、証明しようないけどな。だから兄貴はいつも問題解決に励んでる。逆に言うと、普通の生活は出来ない体質でもある」

「どうしてですか? 叶斗さんの説明だと、不思議な問題に関わらずにどこかで就職してお金を稼げばいいんじゃ」
「兄貴が一般の仕事で活動したら、今度は奇跡側が兄貴の周りで色んな問題を発生させちまう。奇跡を引き付ける体質が、違う活動をする兄貴に引き付けられるんだろうな。まあ、デメリットっていえばそうなのかもな」

 夏澄は、千堂斐斗がどういう人物かを、少しは理解できた。

3 何か異変が起きたら俺に相談しろ

「それで、叶斗から力の事を聞いたんだろ?」
 夏澄は桃花の件のお礼も含めて千堂家へ訪れた。
「……俄かには信じられませんが。……けど、桃花は夢の事も千堂さんと会った事も忘れてるし。ここへ来る前に桃花から偶然、次の休みに映画へ行こうって電話があって。その時に千堂さんの事を話したけど、なぜか千堂さんの事を忘れてたんです。不思議な事が連続して起きたら信じるしかないなぁって。レンギョウさんに会った時点で不思議な世界に迷い込んだみたいなんですけど」

 斐斗は夏澄の向かいの席に腰かけた。

「どうせあいつの事だ、俺たち兄弟の力と記憶が無くなる事ぐらいしか話さなかったんじゃないのか? しかもヘブンを実際使用した。違うか?」
 見事に言い当てられたが、叶斗にヘブンの使用は斐斗に黙っているよう告げられたので、夏澄は必死に誤魔化したが、斐斗から溜息が漏れたので嘘は突き通せなかった。
「ヘブンを理解するなら実際掛からないと分からん。どうせ口止めしてろと言われたんだろ。今回は目を瞑っておく」

 夏澄は一安心した。

「ちゃんとした説明をするとだな、記憶を無くす事は『奇跡の種類』が影響する」
「奇跡って、良い事が偶然起こるとかですよね」
「それは良い所だけをピックアップした偏った解釈だ。奇跡をスマホで調べれば分かるだろうが、『とんでもない、人知を超えた、思いがけない出来事など』だ。一般では考えられない事も奇跡の部類になる。俺が解決に励んでいる奇跡には大きく分けて三種類存在する」
「三種類?」

 1 先天性、後天性どちらかの場合で人間に力が備わる【才能型奇跡】
 2 偶然、何かしらの奇跡に遭遇する【現象型奇跡】
 3 自然界における【土着型奇跡】

「才能型は言わずもがな、何かしらの要因で見に就いた力だ。現象型は災害に近いもので、都市伝説などが実体化した奇妙な現象などもこれに含まれる。君の友人もこれに巻き込まれて夢にうなされた。最後の土着型だが、これは一番面倒だ」
「面倒?」
「発生の発端は大した事がないのかもしれない。けど、発生してその場で長年あり続けた奇跡はその地に定着し、自然現象すらも操る性質が備わってしまう。それ程強大な奇跡に遭遇した場合、運が良ければ俺のリバースライターでも対応できるだろうが、そうでない場合が多い。逃げるに越したことはない。けど、その奇跡がある場所へ行けば必ず巻き込まれる訳ではない。運が悪ければ巻き込まれる、四六時中何かを起こしているモノではない」
「叶斗さんも言ってましたが、自分の力は加減を間違えたら人を殺してしまうって。他の奇跡もそうですが、人が死んでしまうんですか?」
「ああ。現に君の友人は危うく奇跡に飲まれて人外の存在になりかけていた」

 夏澄は驚き、しかし現実離れした内容である為、反応に困惑の色を示した。

「ただ、どういった奇跡に遭遇したとしても、その人間には何かしらの救いが存在する」
「救い?」
「君の友人を例に挙げるなら、”奇跡を解消する切っ掛けに遭遇する”ということだ」
「レンギョウさんや千堂さんの事ですか?」
「ああ。何事にも、強すぎる力を抑える存在があるものだ。天敵や、力に反作用する力とかな。とはいえ、その切っ掛けさえ気づかなかったり邪険に扱えば、最悪の事態に巻き込まれてしまう」

 でもそれなら叶斗の恋人の光希はなぜ解決出来ないのか疑問が残こる。
 夏澄はその事を聞いた。

「光希さんの奇跡は才能型のように見えて、実は土着型に巻き込まれた後遺症だ。完全に治したいならその原因となる奇跡と向き合わなければならないが、人体に後遺症を残す程の奇跡を相手にするなど自殺行為に等しい。ああなったら、後遺症と共存していくしかないからな。けど、叶斗相手に上手くやれてるから、存外悪くないのかもな」

 これほど奇跡について語られると、夏澄の中で沸き立つのは自分が関係している奇跡であった。
 叶斗の説明では夏澄が奇跡に関係している、その為桃花の夢に関する記憶が残っている。
 一体自分はどんな奇跡に関係しているのか。それは危険を伴うものなのか。
 未だにどういった奇跡に関係しているかが分からない事、どういった後遺症や現象が起きるか分からない不安に、夏澄の心情に恐怖が燻る。

「……あの、千堂さん」
 斐斗は視線を夏澄に向けた。
「私が関係してるのはどういった奇跡ですか?」
 声の小ささから恐怖している事は容易に伺えた。
「分からん」
 きっぱりと言われ、夏澄の口から思わず「え?」と零れた。

「俺は奇跡に多く干渉してきてはいるが、だからといって一目でその人物がどのような奇跡に関係しているか理解できない。しかし殆どは私生活において何かしらの変化が起きる。君は何か、普段とは違う現象が私生活で起きているか?」

 夏澄は頭を左右に軽く振った。何が違う現象かは分からないが、普段の生活に支障は無かった。

「ならまだ問題は無い。何かが起きてもすぐに悪化するものじゃないし、起きてもじわじわと変わっていくものだから、何かあれば対処はすぐできる。その時は俺に相談すればいい」
「けど、田所さんのように治せない場合もあるんですよね」
「彼女は受け入れてああなった。叶斗も傍にいる覚悟があってだがな。それにさっきも説明したが、土着型はそうそう人間に影響を及ぼさない。それが頻繁に起きたら人間は今の社会を築けていない。案ずる必要はない話だ。もう一度忠告しておく、何か異変が起きたら俺に相談しろ」

 斐斗に言われ、夏澄は素直に頷いた。

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