VICTOR HAZE 2話

 標本のように地面に貼り付けとなっている化け物が全身に力を籠めると一回り肥大化した。鎌の刃をはずそうとしているのだろう。
 女性は刃が抜ける前に斬りかかった。
 化け物の背中越しに一刀両断しようと、輝いたサーベルを振り下ろすも深めの傷を与えただけで寸断出来ない。

(硬い!)
 この一撃で仕留めきれなかったことが化け物にチャンスを与える結果になる。
 力を籠めてさらに肥大化した化け物は、身体から光りの刃を無理やり抜き、渾身の一撃とばかりに女性を殴り飛ばす。
 勢いよく壁に激突した女性は、衝撃に苦悶して意識を失いそうになるも、堪えてふらつきながらも立ち上がった。

 怒り心頭の化け物は女性を睨み付け、相手の態勢が立て直される前に突進した。

(……く、る)

 サーベルを構えるも、瞬時に回避するしかないと判断する。
 転がって突進を躱し、伏せたまま次の回避姿勢をとる。
 化け物は近くの女性目がけて何度も殴る蹴るを見舞った。その一撃一撃は強力で、地面も転がった棚も砕くほどである。

 躱せている攻撃は紙一重、時折かすって攻撃を受ける。それだけでも立て直すには一苦労な衝撃や痛みを伴った。

(ヤバい、ヤバいヤバいヤバい! ってか、助けたほうがいいのか?)

 久斗は状況を見守るだけだったが、女性が殺されれば次は自分だと判断する。あの覚醒したような化け物が攻めてくれば、人間の形を留めない状態で殺される想像しかできない。
 女性がどんな人物かは分からず、状況からして協会の関係者だとは読めるが、そんなものを気にしている余裕はない。
 久斗は武器になりそうなものを探し、今度は出刃包丁を見つけた。

「思い出せ思い出せ」
 言い聞かせ、化け物と少しでも対峙できた感覚を蘇らせる。なんとなくだが感覚を思い出すと、包丁を構えて走った。
「こっちだばけ」
 言いかけた途端、今度は化け物の背中目がけて男が突進した。それが颯だと気づいた時には、気配を感じた化け物が裏拳で颯を殴り飛ばした後だった。

「くっそ!」
 威力は強いが無事である颯は態勢を立て直し、武器を構えていた。
「あ、あなたは」
「インカム!」
 睨まれて怒鳴られ、久斗は一瞬躊躇する。
「さっさと付けろ!」
 吐き捨てて颯は化け物に攻めていった。

 言われた通りにインカムを付けた途端、すぐに外したくなった。

「バカかお前は!」
 渾身の怒鳴り声が響いた。
「あ、え……」
 戸惑う久斗を余所に、山縣は発言を止めない。
「事態最悪! 皆死んでおかしくない状況! 分かる! 知らないだろうけど窮地なの!」
「あ、はい。……すいません」

 いきなり巻き込まれた自分がここまで言われる理不尽に反論はしたいが、化け物の強さを目の当たりにしているので、言われたことが身に染みる。
 インカムの向こうから溜息を吐いて落ち着く山縣の様子が感じ取れた。

「そっちの事態は颯君から聞いてる。データもあるから説明はけっこうよ。それより君が生きてるのが不思議。相手のレベルはBかA相当。どうして生き残れたか、事情を話して」
 とはいえ、女性が助けてくれたからである。
 返答に迷いが生じていると、再び山縣の溜息が、今度は小さいのが聞こえた。
「質問変更。君に何か変化起きなかった? 何でも良いよ、目が急に良くなったとか、足が速くなったとか」

 起きた事は視界が変化し、化け物の動きがゆっくりとなり、自分が格闘ゲームのキャラクターのように動けたこと。
 久斗は少し興奮気味に話した。

「……けど、少しの間だけ。あとはぶっ飛ばされて、そしたらあの人が」
 時間的に颯ではなく、女性が助けたのだと山縣はパソコン越しに理解した。
「……オールラウンダーの力かしら。……少し違うか……いや」
 はっきりと聞こえないが、久斗は何かを分析してるのだと思った。

「……あのぅ」
 恐る恐る訊く。また怒鳴られると辛くなるから。
「疲れは?」
「え?」
「力使った後、どれだけ疲れた? フラフラ?」
「あ、今はある程度回復してますけど、息切れするまで全力疾走した後……ぐらい」

 何か悔しいことがあったのか、舌打ちが聞こえた。
「やっぱ状況最悪ね」
 つぶやきから自分への怒りではないと分かり、久斗は少し安堵した。
「いい、これから言うことをよく聞いて」
「は、はい」

「まず、感情的になってもインカムは外すな」
 口調が変わり、脅されている気迫をインカム越しに感じてしまい、怖くなった。
「は、はい……」

 言ってる矢先、化け物相手に苦戦してる颯に向かって、小太刀で斬りかかる男性が現われた。服装は女性と同じだ。

「あの、変な男が!」
 化け物にも颯にも攻撃を食らわせる勢いで男が攻めていた。その動きは俊敏で、化け物の攻撃すら難なく躱す。
「分かってる。奴らはスイーパー、別名”ヘイズ狩り”。どうやら今戦ってる化け物は本命よ。奴らが必死って事はね」
「目的は同じじゃないんですか?!」
「ヘイズを殺した後がまるで違うの。特殊な力の影響でね、奴らが斬れば元となった人間が死ぬ。こっちが仕留めれば人間は生きる。記憶も残らない状態でね」
「どうして敵対なんか」
「それは後。それより君はまだ安全体だからこちら側。颯君と一緒に化け物を倒しなさい」

 素早く対峙している連中の中に入るなど、どう考えても足手まといにしかならない。

「……どう、やって」
「策はあるわ。というよりこれしかない。スイーパー側も化け物を仕留める気満々だから、やられそうってなったら、力使って突進して妨害。欲を言えば、隙を見て仕留めて欲しいんだけどね」
 力の解放など、いきなり言われても使えるかどうか分からない。
「チャンスは一度きり。訓練すらしてない君が連発なんて無理よ。さらに負担が掛かって、下手したら気を失うだろうから」

 プレッシャーが跳ね上がった。
 力を使った感覚を再び思いだし、突進する機会をうかがって構える。


 化け物と颯を気にしながら対峙することが困難と察したスイーパーの男性は、隙を見て化け物の足を寸断して態勢を崩させた。
 倒れた化け物は全身から無数に伸びた触手で全身を覆うと、黒い塊と化した。その隙を狙って男性は女性の元まで寄った。

「すいません瀬崎せざきさん。仕留め損ね」
「言い訳は邪魔です」
 冷徹な目を向けられ、女性は黙った。
「物事は結果がすべて。予期せぬ覚醒や異変はあって当たり前です。嘆きも言い訳も時間の無駄。奴らを殺す手を必死に考えなさい」
「……はい」

 弱々しく返事する。

「事態は芳しくありません。アレはかなり戦馴れした男です。貴女では話にならない」
「では」
「私があの男を足止め、貴女が標的を排除しなさい」

 それしか方法は無い。ただ、どちらを相手にしても女性には荷が重いと自覚している。
 返答に躊躇する女性を見て、さらに瀬崎は続ける。

「我々は悪を根絶し、人々の安寧を優先させる立場です。命に代えても任務遂行が優先、それがスイーパーの本懐です。覚悟した上で入隊したのでしょ」
 またも冷たい目線で訴えかけられる。
 女性は小刻みに震えながらも、サーベルを握りしめ、「はい」と返事した。

 話の最中、化け物の触手がみるみる解けた。

「これが最後のチャンスです。それほどの相手ですからね」
「分かってます」

 二人はそれぞれの敵目がけて突進した。

 瀬崎の小太刀から青白い刀身が伸び、颯へ斬りかかった。それを受け流した颯は三度斬り合ってから距離をとった。

「間合いが読みずらい嫌な技だ。あんた、正確捻くれてるだろ」
「お互い様では? それより貴方はしぶとすぎる。さっさと気でも失ってください」
「殺せば良いだけだろ。スイーパーは生身の人間は殺さねぇ誓いでもあんのか?」

 瀬崎は鋭く冷たい目で睨む。その異様な気迫を颯は感じ取り、身体に力が籠る。

「最後の温情です。ここから先、隙が生まれ次第死に直結することをお忘れ無く」
 告げると、再び向かってきた。
 刀身の伸縮が頻繁に起きる中、颯は化け物も久斗にも気にかけることが出来ない。



 女性が化け物の連続する攻撃を躱し続け、初手で発動させた鎌を何度も化け物へ突きつけるが、浅い切り傷しか出来ない。

(これ以上はただの消耗。一撃にすべてを賭けるしか……ない!)
 サーベルが光り出すと、女性は再び隙をうかがいながら素早く動き回る。
 何度も撹乱させる内に気づいたのは、化け物は前方と左右への攻撃は早いが、背後への振り返りと攻撃までの時間は差が生まれる。
 あまり長くは無いが、その瞬間に活路を見出すしか手は無い。
 動き回って化け物の隙をうかがった女性は、苦闘の末に背後へ回った。

「今だ!」

 渾身の力をサーベルへ籠め、斬りかかった。
 ようやく掴んだ勝機。確実に仕留めれると悟った矢先、光景も身体も不意に横へと動いた。

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