見出し画像

aftermath、災害の写真

ここ数日御嶽山の写真を現像している。2年前に登ったのだが山頂にはまだ14年の噴火の痕跡が残っていた。6年持っているのに山頂部には小屋のがれきなどが残されていたし、山頂に向けて歩を進めるほどに壊れた石碑などが目立つようになる。
山は街とは違い環境的にも厳しい部分があるので復興の速度が遅いのは仕方が無いのだが、一介の登山者かつ15年から登山をはじめは僕は特に事故のことも気に留めずに御嶽山を歩いていた。

現像をする段になって、写真を勉強し始めていたこともあってか災害写真というものはやはり目に入るようになる。日本だと311があって震災写真と呼ばれるようなものが一時期目につくようになったとか。アサヒグラフがそのタイミングで復刊して売り上げがしかもよかったとか……。IMAでもホンマタカシが災害写真というジャンルのマッピングをしている。
僕はミズラックや畠山直哉を見るのが好きだったけど、そう……ミズラックはそのほとんどが災害、砂漠の家事とか洪水とか、家畜を捨てたところとか、核弾頭の実験場とか。畠山直哉も気仙川は分岐点というかやっぱり忘れられない写真集だと思う。
何が言いたいかというと、災害の事実と写真が奇麗に撮られてることのアンバランスというかなんというか、そういうのが気になるようになった。
当事者が撮るのはわかるが、そうじゃない人が撮ることの違和感というか。
なんかモヤっとしている。

ソンタグの他者の苦痛への眼差しを読もうと思っていた矢先、ちょうど御嶽山の現像に差し掛かった僕は御嶽山の山頂のがれきの写真の現像に取り掛かっていた。
なんと居心地が悪いというか、なんというかこれをいつも通りに現像していいものなのか非常に困った。当時は構図とかわからないから、とりあえず現像でトリミングしてデッドパンな雰囲気に近づけるんだけど、こんな風にこの写真を扱っていいのかわからなくなったのだ。

なんというか、この感覚を得た瞬間。風景や場の持つ具体性や記憶を前にしたとき、撮りたいとは思うが、なんというか後ろめたさを感じてしまった。
どう向き合っていけばいいのか、ただ山の奇麗な景色を撮る以上の、なんか大きな石にぶつかってしまったような気がした。
悪いことをしているような、後ろめたい気持ちがあるとだけ残しておきたい。

御嶽山頂から見る稜線の一部

火口がどこにはあるかはわからないが、僕が歩いたときは剣ヶ峰以外は立ち入り禁止が続いていた。

山頂から大滝頂上方面

こちらは通行止め、火口は画面右側の窪地側の地獄谷方面にあるとされている。

積みあがった小屋の後

登山時山頂には積みあがった瓦礫が整頓されていた。

埋もれかかった石碑と倒壊した石塔

どこまでが火山灰なのか、噴火前の姿を知らない自分には知る由もなかったが、無意識的に撮影された写真を見るとこれはすべて火山灰だったんだろうか?
自分はアマチュアで、山を歩いて比較的奇麗な写真を撮って、それを記事に編むようにしたいと思っている。けどこういうのって、どうすれば?と動揺している。


登山ブログを書いたり、山で写真を撮っています、登山写真で気が付いた技術をひたすらつぶやきます。