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スキされて思ったこと

noteと出会い、それからしばらくは他の方の記事を見る事が専門だった。
頻繁にnoteを見ると言う訳ではなく、思い出した時に見る、そんな感じだった。

色々な方のnoteを拝見して、自分の中でモヤモヤしていたことや上手く自分の言葉で表現出来ない煮詰まった思いや忘れたくない感情や感覚を、誰かが的確な言い回しで表現されていた時「そうそう、それそれ」「あー、これなんだよなぁ」
本当にスッキリして、気持ちがリフレッシュすることが出来た。
大袈裟に言えば心が救われる感じ。

そんなこんなで数年間、見ていただけの自分が遅蒔きながら気が付いたことがある。
(正確に言えば知っていたけど敢えてスルーしていただけ)

やっぱり自分の感じていることを何かしらの形でアウトプットすることって本当に大切。

例えばモヤモヤした気持ちのまま次に進むというのは実は余計なパワーを使うことになるし、次の何かを得るにも余分な時間がかかっていくことも。

何より本当に自分がしたいことは何か?
自分の感じたことは何か?
これが明文化することで明らかにはっきり見えてくる。時と場合によってはその次に何を成すべきかも見えてくる。

自分もいつか自分が行き詰まったり迷走したりする時が必ず来るだろう。

そんな時の為に感じていることを記録として残しておいて、振り返ったり立ち止まったりすることが出来たらいいなぁと。

そして本当に自分が何をしたいのか、次にどうしたいのかを再確認することが出来るようになれば良いなと思った。

そんなこんなでちょっと勇気が要ったけど、ようやく本当に重い腰を上げてnoteで文章を書くことを始めることにした。

で、自分でも本当に拙いと思う文章を紡いで初めてのnoteを書きました。
どーにかこーにか、何とか書き上げました。
投稿後、読み返したけど「ホント、下手だなぁ」
それしか思わなかったけど、自分の中のメモというか、日記(毎日は書かないけど)や備忘録的な位置付けなので、まあボチボチと少しずつ文章も上手になっていけばいいかなぁ位に思っていたのです。

でね、懲りずにまたnoteに投稿したのですよ。

2回目になると、1回目に比べて少しは形が整ったかな?位の手応え。
(都合の良いただの自己満足ね)
ただ、既にnoteで活躍されている方の記事に比べたら(比べるのもかなり失礼なのですが)全然レベチだし、ボリュームも少ない。

まあまあ、まだまだ2回目だから。
はいはい、次々、またがんばってくんなぁ。
何か感じたり思い浮かんだことがあったらまた書こうかな。
こんな感じですよ、ホント。

ところが、ある時note公式から通知が届いたのです。
最初は単にオススメの記事のお知らせだと思って通知メッセージをしっかりと読まずにnoteを立ち上げたらトップページのフォロー中の一覧は前回見た時と内容は変わっておらず、「???」な状態。

何か悪いことしたっけ?

しばらく色々と考えたけど、さっぱり見当も付かなかった。

で、「はっ!」と気が付いた。
あーー!スキされてるじゃーーん!
え、誰?誰?何?何?

何かわかんないけど、スゴいことになってるのでは?
軽くテンパってしまっている。
けど、何だか状況が理解していないにもかかわらず顔が明らかにニヤついているのが自分でも判る。

スキされることなんて全く考えていなかったので感情がおかしなことに。

でもね、本当に嬉しかった。
これは間違いなかった。
名も知らない、お会いしたこともない誰かが自分の拙い文章を読んで「スキ」して下さるなんて。。。
感謝です。それにつきます。

それから3回目に投稿した記事にも新たにスキして下さった方々が。

もう、奇跡。
ありがたい。また何か書きたくなる。
励みになる。
これは間違いない。
(ただ、お題はなかなか見つからないのが玉に瑕)

ただ、忘れたくないのは「スキ」されることを目的としたnoteを書くことはしないということ。

自分の感じたこと、嬉しかったこと、そうではなかったこと。
いつかこうなりたい、こういうことをしたい、その為に何が出来るか?

初心を忘れず、自分の感じていることを上手にアウトプットできるようになりたい。

たまたまそれを読んでくれた誰かの気持ちが和んだり、張り詰めていた緊張感が緩んでホッとしてもらえることがあるのであれば、それは嬉しく思う。

noteでのスキって言うのはそういうことなんじゃないかな。

色々な方のnoteを拝見して、自分も刺激を頂いて、素直な気持ちや感情を上手に表現出来るようになれれば普段の生活も充実してくるだろう。

だから、noteは書き続ける。
(毎日じゃないよ、無理なく書きたいときにね。

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