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歴旅京都アフター投稿 貴船神社

 やはり貴船神社の霊験はあらたかである。
 優れたものとして大切にし、深く高く敬意を払い以下を書くこととした。

 貴船神社の公式webによると本宮と奥宮の主祭神は、高龗神(タカオカミノカミ)とある。奥宮の御祭神の説明には船玉神としての信仰も篤いとある。船玉神は船や乗船者の守護神であり、航海の安全を祈願する信仰の対象とされる。女神という説もある。奥宮には神武天皇の母、玉依姫命も祀られている。由緒によれば玉依姫命は今の大阪湾から船に乗り、淀川、鴨川、貴船川を遡り、水源の地として現在の奥宮にたどり着き、清水の湧き出る霊境吹井を見つけ、いつも国を潤し土を養い民に福運をもたらす水に感謝してここに祠を立てたのが始まりだという。

 そして奥院の主祭神の説明には高龗神は一説には闇龗神(クラオカミノカミ)とある。
 
 古事記によると、イザナギとイザナミは日本で初めての夫婦と言われる。それ以前の神に性の区別がなく、この二人が日本国を生んでいく。アマテラス(太陽)、ツクヨミ(月)、スザノオ(海)の三貴子を生んだ夫婦として有名だが、実際はちょっと複雑だ。二人は日本列島と呼ばれる島々を生んだ後に、石、木、海、水、風、山、野、火など30以上もの神羅万象の神々を生み出す。ところが、イザナミは最後に火の神カグツチを生む際に、やけどを負い、亡くなってしまう。イザナギは悲しみに涙し、火の神カグツチを剣で断ち切ってしまう。剣に滴り落ちる血から次々と神々が生まれる。その一人が闇龗なのだ。
 また日本書紀にはイザナミが亡くなった後、イザナギがカグツチを三つに絶ってしまい、一つは雷の神に、一つは大山祇神(山の神のオオヤマツミ)、一つは高龗となったとされる。
 火の神カグツチの亡骸から生まれた高龗、闇龗は同一であり、高は山の上を、闇は谷を意味し、龗は龍の古語であり、龍は水と雨を司る神とされる。
 火は重要だが使い方を間違えると災いともなる、荒ぶる火を鎮めるために火の神から水の神が誕生したと公式webは説明している。

 古には朝廷がこの神社に、雨乞いの時は黒馬を、雨止みの時は白馬を奉納していた。生贄から、寺社使用のための馬、木像、板に書いた馬と変化していき、これが絵馬の原型となったという説がある。

 結社の主祭神はイワナガヒメ(磐長姫)である。イワナガヒメは山の神オオヤマツミの娘であり容姿が良くなかった。妹に絶世の美女コノハナサクヤヒメがいる。天孫降臨のニニギがコノハナサクヤヒメと出会う。父のオオヤマツミは姉と妹をニニギに差し出すが、ニニギはイワナガヒメだけを返してしまう。古事記ではオオヤマツミが、日本書紀ではイワナガヒメが、怒って天孫ニニギは短命になると告げる。磐長姫は岩のように長く変わらないものの象徴であり、不老不死の神として祀られてもいる。

 また社記には貴船大神の御鎮座について以下のよう伝説がある。
国家安穏、万民守護のため太古丑の年の丑の月の丑の日に、天上より貴船山中中腹鏡岩に天降れり。
 これが丑の刻まで繋がって、人を呪う丑の刻参りの元になったと言う伝説もある。宇治の橋姫伝説、平家物語読み本、太平記、謡曲「鉄輪(かなわ)」などにみられる。

 貴船神社は天武天皇時代には既に社殿が存在してようで、創建はかなり古いものと思われる。京都の水と雨を司ってきた貴船神社には様々な逸話が残されている。

【REG's Diary   たぶれ落窪草紙  4月22日(月)】

 
 



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