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それでも生きていて欲しかった

8月31日の夜に、のために書こうとして、明るい話には出来ずタグ付けを躊躇いました。

でも出来れば人に読んで欲しい、そう思ったのでタグをつけることにします。

#8月31日の夜に



私は自死遺族です。

実は7年前に妹を亡くしています。7年、思ったよりも時間が経ってしまいました。たぶんほんの少しのズレであっけなく一線を越えてしまった妹には、もう二度と会うことが出来ません。

彼女の時間はあの時のまま止まっていて、私だけが歳を取っている。あの時からずっと私は後悔を抱えています。

近頃コロナの影響で心身にストレスを抱える方も増え、また著名な方が自死を選んだというニュースもあり、「多くの若者たちが自死という選択を身近に感じてしまうのではないか」という危なさを感じました。

そんなことがあっては悲しい。

私が伝えたいのは「それでも生きて欲しい」ということです。


自死は悪でしょうか。そう言い切れますか?

私だって学生の頃やまだ実家で暮らしている時、死にたくてたまらない日が何度もありました。

学校で感じる孤独だったり、家の問題だったり、苦しくて苦しくてでも自分で命をたつという決断すらできず、ただ時間が過ぎるのを待っていました。もちろん私を気にかけてくれる人もいたし、そんなことをしたら悲しむだろうと思って思いとどまることも出来ました。


妹にとって、彼ら彼女らにとって、もしかするとその時の最善の選択だったのかもしれない、と思う時があります。死後の世界を私は知りません。自死を選ぶと地獄に落ちるという宗派もありますが、それが本当かは確かめられない。

死んだら幸せでしょうか。それもわからない。

でもひとつわかることは、周りの人間は後悔しかない、ということです。


妹が死んだと連絡をしたら、とても仲良くしていた親戚のような人が「僕のせいかもしれない」ととても苦しそうに言ってきました。

なにか知っていた、というわけではなく「もっと話を聞いていればもしかしたら」「もっと会っていればもしかしたら」そう思っての言葉だと思います。

あの時、彼女に関係していた誰しもが、少なからずそう思っていました。

あの時は本当に全て終わらせてしまいたいくらい苦しかったのだと思うけど、でも、それはずっと続く苦しみだったのでしょうか。


もし今妹が生きていたら、どうだったろうとふと考える時があります。

妹と普通の日常を一緒に過ごす夢を何度も何度も見ます。そして起きてしばらくしてから、妹が存在しないことを、もうそんな日常は絶対に訪れないことを思い出します。

誕生日がくれば私だけが歳をとり、妹とどんどん歳が離れてしまうと考え寂しくなります。


いなくなるのは一瞬かもしれないけれど、そこには終わりのない後悔が残る。

死んでしまいたいと思った苦しみは果たして一生続くものなのでしょうか。私は、今後一生苦しみが無くならないわけではないと思っています。そう信じています。


今年は特に人と繋がるのが難しく、まだ大学にも行けず、バイトも出来ず、本当に1人で潰されそうになっている人もいると思います。でもどうか人と繋がることを諦めないで。自分のことを諦めないで欲しい。

希望なんて持てない、そう今は思うかもしれません。でもどうかもがいて欲しい。


残された私は、妹の分まで生きようと思う時があります。有意義に生きよう、生きなければならないと。

そして妹のように苦しい人がいたら、少しでも力になりたいと考えています。

カウンセラーの資格を取り、自分自身のことも考えるようになりました。

いろんな人を少しでも楽にするお手伝いがしたい、そんなことをして生きたいと思うのです。



でも、できることなら妹に生きていて欲しかった。本当に。妹と一緒に生きたかった。

たまに連絡を取り合って、人生の節目節目には直接会って、お祝いも悲しいことも共有しあいたかった。

でも、もう出来ることはないのです。

これからもずっとずっとそう思いながら生きていくのだなと、私は思います。

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