見出し画像

「インクルーシブへの姿勢が社内外に繋がっていく」 ー カスタムスーツを提供するFABRIC TOKYOが性別を問わないスーツづくりで見た未来

「性別を聞かないお店」を目指し、性別の概念を持ち合わせない"インクルーシブ(=包括的)”をキーワードにした企画がある。

2020年8月、メンズオーダーメイドスーツ・シャツのECサービスを展開するFABRIC TOKYOが、性別を問わずメンズパターンのオーダーメイドスーツを提供する『FABRIC TOKYO think Inclusive Fashion』プロジェクトを東京・京都・名古屋・福岡の4都市で同時に開催。REINGはそのクリエイティブのコンセプト設計・制作を担当した。期間限定であったものの、期間中にお客様から直接応援のメッセージが届くことも少なくなかったと言う。

画像2

どうして彼らは熱烈な反響を得ることができたのか。それは「Fit Your Life.」というブランドコンセプトをサービスまで落とし込むFABRIC TOKYOの実行力と、全ての人を男女のラベルから解放したいと願うREINGのクリエイティブ力によるものだった。今回のコラボレーションを通して見えた、インクルーシブな未来について語り合った。

画像15

左:中嶋 寧々さん(株式会社FABRIC TOKYO / プロダクト部制作G)
中央:大谷明日香(REING / 代表)
右:杉山 夏葵さん(株式会社FABRIC TOKYO / 社長室)


「着用者に女性も男性も関係ないのでは?」 … "
性別を問わないお店"に至るまで

ー 今回全てのジェンダーを対象にした企画を打った経緯を教えてください。

中嶋 寧々さん(以下、中嶋):弊社は「Fit Your Life.」をコンセプトに、サイズだけではなく人生やライフスタイルなどその人の価値観に合わせたスーツを作っているのですが、対象がメンズのみだったんです。ある時「女性だけどメンズスーツを着て結婚式に行きたい」というお声をいただいて。その時は特別対応という形で承りましたが、女性からの「私たちも作れないか」という声が少しずつ大きくなってきたので、自分たちが提供できることがまだ残っているのではないかと考え始めました。

杉山 夏葵さん(以下、杉山):そこで2019年に『女子採寸』という女性を対象にしたメンズオーダースーツ採寸イベントを打ちました。1週間しかやらなかったのですが、予約がすぐに埋まってしまうくらい反響が大きくて。社内でもこれを継続的にやっていきたいと話していたときに、よく考えてみたら「メンズオーダースーツの着用者に女性も男性も関係ないのではないか」と思い始めました。オーダースーツは体型の違いを包含しつつ自分らしさを演出できるものなので。そこで2020年にジェンダーインクルーシブ企画として立ち上がった時、REINGさんにご連絡させていただきました。

画像3

大谷:最初企画の趣旨を聞いた時に「性別関係なく、お店に足を運んでほしい」とおっしゃっていて、売れる・売れないというよりは、企業として誰に向き合っていきたいか、今まで対象にされなかった人たちの声にちゃんと向き合っていきたいという思いを示す姿勢の方が強いのかなと感じました。ビジネスのメインはメンズをターゲットにしたビジネススタイルの提案だと思うのですが、企画アイデアを形にするにあたって社内ではどんなことを議論されたのか気になります。迷いとかあったのでしょうか?

中嶋:特になかったですね。ビジネスウェアが比較的トラディショナルで保守的な側面のある分野ゆえ、私たちはそこをちょっとずつ変えていくことで表現する「自分らしさ」をコンセプトに置いてきたので。いろんな性のあり方を肯定する自分らしさもアリなんじゃないかと、割とすんなり受け入れられました。会社としても今まではYouの部分がメンズに限られてしまい、Fit Your Life. が一部の人のためになっているなかで、「Youの幅を広げることによる価値がある」という考え方に賛同してくれました

画像15

大谷ビジョンがしっかりあるのが大きい気がしますね。Fit Your Life.が軸にあるから、そのYouの部分が本当に人それぞれになっているのかを判断しやすいところはありますよね。

中嶋:そうですね。懸念点を唯一挙げるとすれば、企画ビジュアルとブランドイメージの違いでした。弊社では自分たちでもデザインチームを設けているのですが、これまで作ってきたブランドイメージと今回の企画イメージとの違いが、例えばWebサイト同士を照らし合わせた時に生まれてしまうのではないかという懸念はありました。しかし、それもターゲットが男性に限定されないという点で新しい見せ方や伝え方にトライしてもいいのではないかと判断されました。

"全ての人へ"というメッセージがもたらした、反響と課題感

ー 実際にリリースしてみていかがでしたか?

中嶋:私たちはメンズパターンスーツを作っているからこそ、一般的なディレクション会社だと全てのジェンダーにそれを届けるビジュアルづくりは難しかったと思うんです。上部だけの企画だと思われたり、「どうせあいつらってメンズスーツを着た層を広げたかっただけだろう」と思われるのは一番辛く不本意でしたので

画像14

REINGさんはそういうことをふまえてモデルのキャスティングをしてくださったので、ビジュアルとして私たちの思いが表現できたのが強かったと思います。「この企画があってよかったです」「応援しています」というポジティブなコメントは前回より多い印象です。自分に居場所がないように感じている方が初めて自分を認めてもらえたというような気持ちになったり、自分たちが今まで持ち上げることができなかった方々への選択肢の1つになったのであれば、それはすごく嬉しいことだなと思いました。

杉山REINGの皆さんは既存の概念にとらわれず一歩先を行く感じが強みだと感じましたし、考え方もしっかりしている。コンセプトやキャスティングやビジュアルの方向性にも全く違和感がなくて、「そう、これ。こう言うのが伝えたかったんだよ」みたいな提案を1回目で提示いただけました。突拍子もないアイデアを出すのではなく、人として目指すべき姿に向かって頑張っているのが印象的でした。今回こういう形で依頼をして企画をやったことに対してはすごく満足しています。

画像15

ー 社内での反響もありましたか?

中嶋:今のジェンダーの概念を見直そうと杉山文野さんをお呼びした講演会をやったりと、社内でもジェンダーを考えるいいきっかけになったみたいです。スーツって肩の形が重要な服なのでどうしても体型の違いを性別で書くオペレーションが必要なのですが、データベースへのサイズ登録時も男性・女性だけではなくインクルーシブ対応という表記を追加したり。お客様は見えないんですけどね。今朝も「女性の体を持っているけど男性の服が欲しい」というお問い合わせがあったのですが、そういったお客様への対応をどうするかなど意識の変革は少なからずあったのかなと思っています。

大谷:オペレーションや業務面の表現を考え直すのって相当な試行錯誤が必要なのではないかと思っていて。社内で議論とアップデートがこれからどんどん求められていくなかで、御社の取り組みは他の企業さんの知見にもなりそうだと感じました。

画像15

杉山:自分たちでは大それたことをやっている意識はあまりなくて、ひたすら目の前のお客様により満足して頂けるためにはどうしたらいいかを皆で考えているだけなのかなと思います。でもそれが誰かの知見になれば嬉しいですよね。
一方、企画を通して見えてきた課題感もあって。「インクルーシブ」「ジェンダーフリー」というと日本社会ではLGBTQ+向けのような印象がつきやすく、まだまだ他人ごと感があることなのかなという寂しさを感じました。『女子採寸』というと女性というマスに伝わるものであった一方で、ジェンダーインクルーシブは大衆に伝わりにくい。ごく一部の人に伝わることが大前提だとしてもっとより多くの人に自分ごと、「あ、私も参加していいんだ」と思えるようなものにできないか、と考える余地はあったかなと思います。

大谷:そうですね。全ての人というのは大きい1つのメッセージとしてあると思うのですが、メンズパターンスーツが求められる背景など実際の課題感をもう少し掘り下げたかったのは否めません。今回はどんな性別の人も対象にするということを多様な性表現と性別の人と一緒に作ろうとしましたが、外に出て行くシーンやスーツを着る機会が変わるなか、年齢層などいろんな幅でスーツに求めることの解釈ってあると思います。性別の考え方もそれぞれのニーズも全然違って来ると思うので、どこに寄り添っていくのかは個人的に興味があるところでもあります。いろんな悩みやニーズに紐づけて表現していくことで本当にいろんな人をインクルーシブにできるのかなと思っています。

中嶋:本当にそうで。この企画が1回きりのものとなりキャンペーンっぽくなるのはブランドとしても違和感が残るので、今回はFit Your Life. を「Fit All Life.」という形でインクルーシブにした第一歩と捉えて、長い目で見ていきたいと思っています。

画像14

「ブランドの姿勢は社内外へと繋がっていけるもの」 …"自分たちにない視点"を大事にしたい

ー 全ての人に向けたメッセージを送るのってとても難しいと思うのですが、葛藤などはあったのでしょうか?

杉山:めちゃくちゃありましたね。自分がさりげなく言っている言葉がもしかしたら相手を傷つけてしまうかもしれないですし、そこの試行錯誤みたいなのは結構あって。REINGさんのリリースとかを見ながら表現の仕方はちょっと学ばせてもらいました。

中嶋そもそもインクルーシブという言葉自体、どのような使い方が適切なのかということをすごく考えていました。私は服飾の大学出身なのですが、そこの教授のところに行って今の表現では何が適切なのか、どういった言葉が傷つけないのか、自分たちが伝えたいことはどの言葉で表現できるのかなどを議論しました。そういった経緯があって最終的に「インクルーシブ」という言葉が出たんです。

画像15

ー 言葉の意味や使い方について人と話すのが重要だったんですね。

中嶋:たぶん社内だけではジェンダーインクルーシブについて常々考えている社員って少ないと思いますし、少ない知識だけで話し合っても答えが出ないものだと思うので。ちょっとでも詳しい人とか出そうと思っているもの(服)に関わる人の知見をいただくことを大事にする姿勢は大切にしていました。

大谷:REINGも勉強し続けることを大切にしているので、通ずる気がします。常に"私たちにない視点"が存在するから自分たちの表現が正解だとは思っていなくて。だからこそ私たちの場合はコミュニティのリアルな声を大切にしているのですが、最近になり多様性やfor allという文脈が増え、多様性が"コンセプト"になって実態や実状に疑問を抱くという声も多いです。

画像15

コンセプトにどのくらい力を注ぐのかはブランドの考え方によると思うのですが、FABRIC TOKYOさんは「どうしたらFit Your Life. をいろんな人に届けられるのか?」という意識が店舗レベルまで共有されていて、その根底意識がブレないところに強さを感じます。これも会社として向き合おうとしている課題感を共有されてこその話なのかなと思い、企業ビジョンの大切さを改めて感じます。

中嶋:Fit Your Life. はお客様に向けたものではあるのですが、このコンセプトを気に入って入社する社員も多いんです。今回のような企画があることが「ここに入ってよかった」とモチベーションになるという声も社員から結構耳にするので、お客様はもちろん大切ですが、従業員の意識をより強くする側面もあるように思います。そういう意味でも、ブランドの姿勢は社内・社外へと繋がっていけるものなのだと実感しています。企画を実施してみて気づかされました。

画像15


個性を個性として互いに尊重できるように
「インクルーシブとは?」を考え続ける姿勢が、未来を作っていく

ー 今後取り組んでいきたいことはありますか?

杉山:これは個人的な想いですが、女性の体を持つお客様でも買える商材を増やしていきたいです。現在FABRIC TOKYOが女性向けに提供できる商材はスーツだけなんです。シャツやベストってどうしても体のラインに沿うパターンになってしまうことに加え、メインのお客様が男性ということもあって、それ以外のお客様に100%満足いただくためのサービスが未だ提供できていないところが現状です。男性のスーツを着たい女性がいれば、女性のスーツを着たい男性もいると思うので、究極ユニセックスになっていけばいいですね。それはオーダーのあるべき姿なのかなとも思います。

画像15

中嶋:いろんな人に寄り添うパーソナライズを提供できるのはめちゃくちゃ強みだと思います。どうしてもパターンがメンズのスーツになってしまうので、より多くの人を掬えるような形でカスタマイズを承れるようになって、接続の選択肢が広がったらいいなと思います。

個人的には本当に着たい服を着る世の中になってほしいと思っていて。私は女性ですが、兄がいる影響でメンズの服を着るのが好きなんです。でもメンズのお店に行ったり服を着るときに人の目が気になる人が多いように思います。自分が着たい服を自分で着て気持ちよく過ごせるのって、生活をする上で背中を押してくれるポイントになると思うんです。自分がいいと思ったものを人目を気にせず着ることのできる世の中になったらいいなと思います。

画像15

杉山:個性を個性としてお互いにそれを尊重して、それを好きになって、新しい文化が作り上げられている美しい世界を見たいと思いますね。女性らしさとはこういうことです、男性らしさとはこういうことですみたいなものが一切なくなって、「"私らしい"ってこういうことよね」っていうことが一番最初に意識される世の中になったらいいなと思いますね。

大谷:完全に同意です。作っているものが違っても、こんな風にインクルーシブの意味やFABRIC TOKYOさんにとってのインクルーシブの解釈を一緒に考えていけると、ブランドのあり方も「ジェンダーインクルーシブ」をつくる一つの道だと提示していける。そうすると救われる人もたくさんいる気がしますし、また一緒にそういう世界にちょっと近づける取り組みをしていけるといいなと思います。

画像15

Interview / Text: Maki Kinoshita
Direction / Edit: Yuri Abo
Interview Photo: Kotetsu Nakazato

FABRIC TOKYO
オーダースーツをはじめ、ビジカジジャケット、マスク、コート、マフラーなどの新商品も発売中。“Fit Your Life.”をブランドコンセプトに、体型だけでなく、お客さま一人一人の価値観やライフスタイルにフィットする、オーダーメイドのビジネスウェアを提供するブランドです。一度、ご来店いただき、店舗で採寸した体型データがクラウドに保存されることで、以降はオンラインからオーダーメイドの1着を気軽に注文することができます。リアル店舗も自社で展開し、関東・関西・名古屋・福岡の合計14店舗を運営中。


Co - creation for non-binary world.
- 二元論ではない多様な社会のための協働 -

Creative Studio REINGは 見えない“普通”という風潮をつくってきた従来のマーケティングやクリエイティブ、メッセージのあり方に疑問を投げかけながら、これからの時代を生きる人々に何を発し・伝えていくべきかを問いかけています。コミュニケーション戦略設計・プロデュース・クリエイティブ制作等のご相談は staff@reing.me までお気軽にお問い合わせください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?