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【1枚の年賀状】下 黒田 勇吾

~~子供たちから教わった諦めない心~~

 CA養成学校のAさんから来た一枚の年賀状を、
長女の卒業式の夜、つまり3月1日の夜に初めて長女から
見せられた。

その小さな一枚のはがきには、手書きで、年賀の挨拶と
長女が夢に向かって頑張っていることをほめたたえる文、
そして具体的な受験の日程などが書かれていた。
受験日は、3月12日 午前。場所は福岡の養成学校内。

そのはがきを見ながら、家族で話し合いをした。
私は、突然の長女の「告白」に愕然として、当初は
さんざん反対した。
しかしその一枚の年賀状の文面を見て、心が揺さぶられた。
Aさんの心のこもったあたたかな文章を読んで、頑なに
長女の福岡行きに反対していた心が、緩んでいくのが分かった。

(この方は、営業言葉ではない、長女への励ましと寄り添いの心を
素直にハガキに認めていた。その誠実な言葉と想いが、その養成学校の生徒への姿勢に表れているのではないかと想像した)

私は、色々な細かいことについての問いかけに明快に答える長女の
真剣な表情に、心を決めた。妻も同様だった。というか妻はすでにこの件について、長女から聞いていたのだろうと、直感した。
娘というものは、大事なことは初めに母親に相談するものである。そのことには触れず、最終的に、「受験することについては」認めて応援することに決めた。なぜなら私はそもそも合格しないだろう、とその時もまだ心では思っていたのだった。そう、私は冷たい父親になっていた。。。。

しかしながら
喜んで、具体的な準備の話をし始める長女の姿を見て、受験することまでを否定してはならないよな、と私は思ったのだった。

とにかく自分がするべきことは当面仕事をしっかりと覚えて、あと15年は
この会社で働いていくことだ、とあらためて腹を決めていた。

私はその夜遅くに電車で仙台に向かった。私の仕事の初期研修は、1か月間。毎日仙台のホテルに泊まりながら研修を仙台支社で受け、木曜日の
夜に地元石巻に帰って金曜日は、一日石巻営業所で研修。土日が休みで
日曜日の夜に、また仙台のホテルに戻って月曜日から研修。
そんな日程で、一か月間が続くはずだった。

3月11日は金曜日だった。私は朝から石巻の海近くの大街道沿いの
会社に出勤して、研修を受け始めた。午前中の担当は事務職のMさん。
お昼休みに、弁当を持ってこなかった私は、車でコンビニに行き、
その駐車場に車を置いて食事をし、車で休憩をしながら、ガラ携で
長女に電話した。
長女は声を弾ませて、すでに仙台空港にいて、搭乗券を持ち、ラウンジで
登場案内を待っているという返事。元気そうだった。出発は14時20分。
行先は福岡空港。2時間ほどのフライトらしい。

私は13時ちょっと前に会社に戻って、会社の駐車場に車を置いて
玄関前に立って、空を見上げた。曇り空で風はない。
静かだが、矢張り三月の石巻は春はまだだな、と思いながら
会社の玄関の中に入って二階に行った。




@フォトは石巻の仮設住宅跡地。6年余りを過ごした場所。
既に仮設住宅はない。雑草地に秋桜が咲いていた。2023年10月15日撮影

         ~了~  2023年10月31日夜 東京にて

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