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プヲタが本を読んだなら〜第2回・『嫌われた監督』〜

先日、『嫌われた監督』を読了しました。


落合博満の中日ドラゴンズ監督就任直前から退任までを、ドラゴンズの番記者でもあった著者の取材情報と、各関係者の証言を基に纏めているのが本作品。

『NumberWeb』などのインターネット媒体で取り上げられていた同書のエピソードに興味を持ったのが、今回感想文を書くキッカケとなりました。


今回は、巷で話題の『嫌われた監督』を読んだ、一介のプヲタの感想文になります。

『嫌われた監督』は、鈴木忠平の成長譚でした…!

一貫していた、フラットな視点と距離感

本書でまず印象的だったのは、あくまでも【監督と取材対象者】という距離感が一貫して取られていた所。

落合と著者がサシで向き合うシーンは何度か出るものの、著者自身の個人的な情や思想は拝し、淡々と起きた事実を述べるだけ。

なので、宝○社ムック的な内情暴露のゴシップ性も無ければ、【落合博満の監督時代の功罪】を論じるような本では無いです。


一例を出しますと、即戦力を欲する落合と、長期的視野で獲りたいスカウト担当の相反する感情は取り上げても、【その後の成績低迷に繋がった可能性】にまでは言及していない、そんな感じ。


そういう話題や視点を期待する人には、やや肩透かしを喰らう内容かもしれません…。

とはいえ、長く番記者として接した著者でさえ、落合を端的に表せないし、規定できないと述べるくらいですから、【著者自身が見た景色を書いた】事が、却って本作のストロングポイントになっていると感じました(後述)。


『嫌われた監督』は、【雑観記者からの成長譚】である

本作では、NumberWebに抜粋されるなどして反響の大きかった森野将彦や、強竜投手陣の一翼を担った吉見一起など、落合政権下で見出だされた選手も登場。


ただ、誤解を恐れず言うならば、本作で一番成長したのは選手ではなく、他ならぬ著者自身なのではないか、と私は感じました。

過去に原稿ミスによる"赤字"を複数回出したことで、『野球なら名前も間違えないだろう』という理由から、動向だけを伝える【雑観記者】の役目に追いやられた著者。

囲み取材の居場所も後方だったという著者が紡ぎだしたのは、最初から本にすることが前提だったかのような、緻密な証言と取材量の多さに裏打ちされた、重厚感あふれる内容!

それでいて、連載の話が出たのは、落合退任から10年近くが経過した2020年とのこと。

(意外…!)


先述した森野の章に、落合と著者による球場内でのやり取りが登場するのですが、著者に語りかけた落合の言葉は、本作の根幹を成す重要なキーワードではないかと私は感じました。

「ここから毎日バッターを見ててみな。同じ場所から、同じ人間を見るんだ。それを毎日続けてはじめて、昨日と今日、そのバッターがどう違うのか、わかるはずだ。そうしたら、俺に話なんか訊かなくても記事が書けるじゃねえか」


落合の監督退任と同じくしてドラゴンズの番記者から離れた著者は、2012年から『花形』と言える阪神タイガース担当に異動。

異動当初よりサブ・キャップを任され、2015年にキャップへの昇進を果たした点や、著者本人によるインタビューから記事からも、落合博満の存在と著者の成長は切り離せない関係性にあるのではないか…?

そんな感想を私は抱きました。

落合体制下の中日では、選手の故障情報が機密扱いとなるなど、厳しい情報統制が敷かれた。そういう状況では、記者クラブが機能し得なかったので、落合さんへの取材はひとりで立ち向かわなければならなかった。そうして得た情報は逆に、自分の独自ネタとなり、落合さんの記事を書くことで、いつしか私は「忠平に任せていれば大丈夫だ」と言われるようになっていたのだ。


記者の立場を問わない、落合のフラットな姿勢

センセーショナルな作品名からも分かるように、監督就任前から快く思われていない周囲の様相から印象付けられる、落合博満像。

同じように、監督としてドラゴンズを優勝に導いた星野仙一とは、価値観も思想もまるで対照的。

(星野の名前が、作中の落合像を際立たせるポイントにもなっていました)


そんな落合ですが、一介の【雑観記者】だった筆者に対しても、他の記者と変わらぬスタンスで接している作中の様子が印象的でした。

キャリアや会社で差別も区別もしない、どこまでもフラットな姿勢。


その象徴だと私自身感じたシーンが、2007年の日本一達成直後、スポーツ紙に掲載される『手記』の取材。

球団側の提示した厳しい取材条件(=優勝後のテレビ取材が終わった直後なら対応可能)に各社が撤退する中、唯一人条件を飲んだ著者。

最後まで残った著者だけに、落合が【完全試合達成間近だった山井大介を交代させた真相】を明かすシーンは、作中で一番シビレました。



まとめ

前述の通り、番記者から見た【中日ドラゴンズ監督・落合博満】の回顧録的作品。

各年度ごとに、キーマンとなる選手を軸にしながら落合を取り上げている為、450ページ以上あっても読み進めやすい内容でした。

本作は、新型コロナウイルスが蔓延しだした2020年に、「リーダー論を書いてほしい」という旨のリクエストを受けて連載がスタートしたとのこと。

ただ、作中では、リーダー論などの思想を押し付けることも無く、著者自身が見てきた事・取材してきた内容がフラットに書かれている印象を受けました。

リーダー論に関しては、『どんな上司が良いか』論にも繋がりそうな気がしてますし、こればっかりはもう、個々人の好みや相性の問題…。


8年に渡る落合政権下の中日ドラゴンズは常勝軍団だった反面、即戦力型のドラフトや若手育成面で後れを取り、後年の成績低迷に繋がった負の面も残しました。

ただ、そうした著者自身の総評で落合に白黒つけなかった事が、却って作品のフラット性を保持し、個の確立に繋がっていると私は感じたので、これはこれで良かった気がします。

読んだ人が各々感じればいいんじゃないかと。


感想文の最後に…。

作品の終盤、落合の監督退任と同じくして、ドラゴンズの番記者から離れることになった筆者とのやり取りが、私の胸に残っています。

「この人間がいなければ記事を書けないというような、そういう記者にはなるなよ」

だからこそ、私は思うのです。

この内容を書ける記者は、この人以外いなかったのだと。

これこそアンチテーゼ!


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