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2016/5/19 「ヴァンパイア・サクセション」

★炸裂する「石田節」は見られるのか?

 ヴァンパイア・サクセションは宙組のスター真風涼帆の主演作にして、演出家石田昌也の久しぶりのオリジナル作品である。

 石田氏は宝塚の作家にしては珍しくエンタメ志向で、観客を楽しませ、驚かせることの好きな人な演出家だ。作りごとの多い宝塚歌劇において、「人間臭さ」や「等身大の感覚」を大事にした作品が作れる人でもある。夫婦愛、嫉妬、見栄や意地、心意気、ちょっとしたスケベ心、そして笑いと涙を盛り込むのがうまい。私は彼の作風は割と好きだ。

 だが、そんな石田氏と「ヴァンパイア」という耽美なイメージは全くそぐわない。紹介されていたあらすじによれば、「ヴァンパイアが、不幸な過去を持つ少女との触れ合いの中で命の尊さを知り、「人間」になろうとする物語」だという。

 果たしてこれはいかなる物語になるのか。コメディなのか、悲劇なのか。私が期待する石田節(人はそれを「おやじギャグ」と呼ぶ)は炸裂するのだろうか。

★主な配役

シドニー・アルカード(21世紀に蘇ったヴァンパイア)真風涼帆
マーサ(施設で暮らす老女)京三紗
ジェームズ・サザーランド(ES細胞研究家)華形ひかる
ノイマン・ヘルシング(アルカードの友人、新聞記者)愛月ひかる
ルーシー・スレイター(医大の歯学部の女子大生)星風まどか
カーミラ(天国の正社員になれない派遣の死神)伶美うらら
ランディ(医大生、ルーシーの元カレ)和希そら
グレンダ・ソールズベリー(サザーランドの元妻)美風舞良
クリストファー(病院長、ルーシーの養父)松風輝
ハーマン(民間軍事会社の重鎮)美月悠
ダニエル(マーサの息子)春瀬央季

 出演者は宙組から31名に専科の京三紗、華形ひかるを加えた33名。宙組のトップコンビ朝夏まなとと美咲凛音は他の宙組メンバーと共に博多座公演「王家に捧ぐ歌」に出演中である。

★21世紀のヴァンパイア

 幕開きは老夫婦が植え込みの木に成った果実を眺めて「この木はまだここにあったのだね」と語りあう場面から。木にはレモン、オレンジなど様々な果実が実をつけている。夫の声がやがて遠くなり「遺影はよく撮れているかね」と妻に語りかける。妻は「もちろん、よく撮れているわ」と答える。その後は6名のレモンの精のダンス。そして、主人公アルカードの登場とダンスシーンのオープニングへと続く。

 そして、再び幕が開くと物語の時間軸は現代へ。男たちが会合に出席するためやってくる。迎えるのは大統領補佐官のグレンダ。「非公式の意見交換会」という名の集まりには、科学者でグレンダの元夫でもあるES細胞研究者のサザーランド博士、民間軍事会社の重鎮ハーマンも姿を見せている。

 会合のテーマはヴァンパイア。第二次世界対戦、べトナム戦争、911のテロ事件の写真がSNSに投稿されていた。それぞれの場面に写っている兵士や救急隊員は同一人物に見える。現代のニューヨークに不死身のヴァンパイアが生存している可能性があるというのだ。サザーランドは研究者として関心をあらわにし、ハーマンもまた「死なない兵士こそ最強」と興味を示す。

 プロジェクターを使い、舞台後方に映像を投影する手法は今でこそ珍しくないが、石田演出でこうした場面を見るとはなかなか感慨ぶかい。そう、舞台は現代。今を生きる私たちの時代なのだ。

★ヒロインの登場

 そして、再び舞台は過去へ。燃え盛る炎の中で一人の少女が助けを求める。激しい炎は全身真っ赤な服のダンサーたち。ああ、かつて「傭兵ピエール」のオープニングで十字架に架けられたジャンヌダルクの周りで踊っていたのも真っ赤な炎の精だった、あれも石田作品だったなぁなどと思い出す。やがて防火服を着た一人の男があらわれ、少女を救い出す。

 新聞記者ヘルシング(愛月ひかる)は病院の医師クリストファー(松風輝)に少女の容態を訪ねている。9.11事件のビル火災の中、少女ルーシー(星風まどか)は助かったが、彼女の両親は死亡。医師はその後彼女を養女に迎えたのだった。

 そんなルーシーも今は長じて大学生となっている。彼女は自分を助けてくれた消防隊員のことを心のヒーローとして胸に思いつつも、快活で元気な女子学生になっていた。そんなルーシーの周りに幼馴染みで元カレのランディ(和希そら)がつきまとう。ルーシーはランディとの関係をもう一度考え直す代わりに、彼にパーティーで吸血鬼の役をやってくれるよう頼む。

 ルーシー役の星風まどか、この人の芝居をじっくり見るのは初めてだが、芝居はまずまず。歌はなかなか上手い。だが、顔立ちが幼く、見た目と雰囲気は女子大生と言うより中学生である。調べてみたらまだ入団して3年目。しかも中卒の一発合格らしい。年齢は確かに女子大生くらいなのだろうけれど、いいのかこれで?

 ランディ役の和希そら。こちらも今売り出し中の若手男役だ。確か新人公演の主演もしているのだっけ。この人も結構可愛い。タカラジェンヌさんの演じる「大学生」はどう頑張っても「高校生」くらいにしか見えないのはどういうわけだろう?

★BL風味?のヴァンパイアとヘルシング

 実は、ルーシーの吹く犬笛の音を聞きつけて、炎の中から彼女を助けた消防隊員はアルカード(真風涼帆)その人だった。人間には聞こえない周波数の犬笛が聞こえるのは、彼が普通の人間ではない証。新聞記者のヘルシングは少女を救出した謎の男の噂を嗅ぎつけ、バラックで暮らすアルカードを見つけ出した。彼が傷を負ってもすぐ回復すること、中華料理屋で必ずニンニクぬきの餃子を頼むことから、彼がヴァンパイアではないかと疑う。何しろヘルシング自身もヴァンパイア退治で有名なヘルシング教授の末裔なのだ。

 アルカードがあっさり自分はヴァンパイアだと白状して以降、二人は友人関係となっている。すでに700年も生きながらえているというアルカードの話を元にヘルシングは小説を書き、その代償として彼にアパートを用意し、身のまわりの世話をあれこれと焼いている。と、ここまでの下りはアルカードとヘルシング、二人の会話によって明かされていく。

 真風も愛月も長身のスターで身なりも現代風でなかなかオシャレ。いかにも生まれ・育ちが良さそうで世話好きのヘルシング愛月と、見た目はワイルドだが実はおっとりした世間知らずの真風アルカードの組み合わせは悪くない。だが、この二人きりのシーンにはふんだんに石田ギャグが詰め込まれているのだ。

 アルカードのためにヘルシングが借りた部屋は「事故物件」。つまり自殺か他殺か、誰か死人のでた部屋なのだ。が、ヴァンパイアが棺桶で眠るにはそれで十分と二人は言う。とんだ屁理屈だ。ヴァンパイアであるアルカードは鏡に映らないので、ネクタイが上手にしめられないのだが、「ネクタイぐらい俺が直してやるよ」と、アルカードのそばにヘルシングが歩み寄ると、街を行く女性たちが「ククク、二人ともイケメンなのに惜しいわね」と囁くのだ。

 しかも、通りすがりの女性たちが、次々と二人をゲイカップルと勘違いする場面が何度も繰り返される。石田先生、大丈夫ですか?今どき、男同士のカップルで宝塚見に来る人たちだっているご時世だというのに、こんな風に揶揄しちゃダメでしょうに。これだから一部のファンから毛嫌いされてしまうのですよ、とヒヤヒヤする。

 「あの時助けたルーシーという少女にもう一度会ってみたくはないか。今は大学生だ」とヘルシングが誘う。アルカードが興味を示すと、「彼女も来るから」と、出版パーティーを兼ねたハロウィンパーティーの余興でドラキュラ役を押し付けられてしまう。21世紀のヴァンパイアは人が良すぎて人間に翻弄される一方だ。が、その姿が真風涼帆という役者の個性にはよく似合う。

★漂う死の影

 物陰でヘルシングとアルカードの様子を伺う怪しい二人組がいる。サザーランドとグレンダの二人は何気ない素振りで、アルカードの姿をカメラに収め、その姿が写真にはっきりと映らないのを確かめると「彼こそヴァンパイア」と色めき立つ。

 アルカードの前に、ケバケバしい服装の若い女が現れる。彼が声をかけると彼女は「あんた、私が見えるの?人間じゃないね」と答える。彼女は自称「死神」のカーミラ(伶美うらら)。「天国の正社員になれず、派遣社員のままだ」という彼女に、アルカードは自分が人間ではなくヴァンパイアであると告げる。

 カーミラに人間の生き血を吸うのか?と聞かれ、アルカードは自分は退化という名の進化を遂げて、もはや血は必要のない体だと答える。要するにバージョンアップね、というカーミラの言葉はアルカードには通じない。彼はパソコンもスマホも使えないIT音痴なのだ。

 人間にあこがれるアルカードは、ヴァンパイアが人間になる方法はあるのか?とカーミラに尋ねる。「永遠の命を持つヴァンパイアがなぜ人間になりたいのか分からない」と言いつつも「誰かを本気で愛し、その人に愛されるとヴァンパイアは人間になれる」とかつて上司から聞いたとカーミラは語る。どうやら、これがこの物語の鍵らしい。

 それにしてもこの伶美の死神、見た目も派手で押し出しが強くてなかなかよろしい。さすが「王家に捧ぐ歌」で大役アムネリスをこなした後だけのことはある。このインパクトは彼女でなければ出せないものだ。

 そこへカートを押して歩く一人の老女が現れる。老女のカートには植木が載っており、そこにはレモンやオレンジなど様々な実が実っていた。「私は継ぎ木が趣味なの」という老女を家まで送ろうとするアルカードだったが、老女は「デートの邪魔をしては悪い」と断る。老女にはカーミラの姿が見えていたのだ。カーミラは「自分の姿が見えたのなら、もう死期が近いのだろう」と、アルカードに告げる。

 ヴァンパイアと死神と老女、不吉な組み合わせだが、芝居はあくまでコメディタッチで進められていく。

★ルーシーとの再会

 続く場面はハロウィンパーティーの会場、吸血鬼に対する宗教裁判のアトラクションが開かれている。吸血鬼役はランディだが、そこへドラキュラ伯爵の古典的コスチュームをまとったアルカードが登場する。ちょっとしたダンス場面もあってなかなかの見せ場だ。

 パーティーにはめかし込んだ死神のカーミラも姿を見せるが、アルカード以外の誰の目にも止まらず不満顔。一方、ランディは余興に協力したのだからもう一度付き合ってほしいとルーシーに迫る。だが、ルーシーは「ごめんなさい。私には付き合っている人がいるの。この人よ」と言って、咄嗟にアルカードの腕にしがみつく。ルーシーの頼みでアルカードはしばらく彼女の恋人のフリをすることになる。

 ルーシーはお礼に、と機械音痴のアルカードに代わって、彼のプロフィールをSNS「フェイスノート」に登録する。アルカードのスペルはALUCARD。ドラキュラ伯爵として登場した男の綴りを逆から読むとDRACULAになる。ルーシーはこの奇妙な符合を無邪気に喜ぶ。

 アルカードとルーシーの並びは恋人同士という年恰好には見えない。教師と学生くらいの感じで今ひとつアンバランスなのだが、そんなカップルもあり得るのが今という時代、ということらしい。

★アルカードをめぐって絡み合う思惑

 サザーランド博士は、ハロウィンパーティーに忍び込み、こっそりアルカードのグラスから指紋を採取していた。戦争博物館に残っていた指紋や、9.11で少女を助けた消防隊員の防護服に残された指紋とも一致することがわかり、グレンダやハーマンらは、アルカードこそ21世紀に現れたヴァンパイアであると確信する。

 他方、アルカードはルーシーと共に出かけた老人ホームのバザーで、以前出会った老女マーサと再会する。「風と共に去りぬ」のDVDを買おうとするルーシーに、マーサはそれが昔、亡き夫と見た思い出の映画だと語る。

 ルーシーがマーサにDVDを譲ろうとすると、彼女は「思い出は心の中にあるから十分、もうDVDは要らない」という。二人がお礼に自分たちに何かできることはないか、というとマーサは彼らに「来週孫のフリをして、墓参りに連れ出してほしい」と頼む。夫の眠る墓地が遠くて一人では外出許可が出ないのだと言う。マーサの息子ダニエル(春瀬央季)とその家族は、マーサと折り合いが良くない。

 他方、サザーランド博士はルーシーの父クリストファーとランディを呼び出し、ルーシーの付き合っている男はヴァンパイアだと告げる。二人はルーシーの身を案じ、アルカードからルーシーを引き離そうと決意する。

 翌週、マーサの墓参りの日はあいにくの雨。マーサとアルカード、ルーシーの三人は仕方なく宿に泊まる。マーサが気をきかせ、アルカードとルーシーは同じ部屋に泊まることになる。暗い部屋では眠れないといい、雷鳴を恐れて思わずアルカードにしがみつくルーシー。

 彼女が眠りにつくと、アルカードの心の中でヴァンパイアの血が目覚める。「今、首筋を噛めば、ルーシーもヴァンパイアになれる」という心の声に、一度は彼女に手をかけようとするが、アルカードは心の声を抑え込むのだった。

 と、ここまでが第一幕なのだが、まあ、随分ととっちらかった印象だった。大胆に広げた風呂敷はたためるのだろうか?

★永遠の命と死への恐れと

 雷鳴の一夜を経て、アルカードとルーシーの距離はぐっと縮まる。が、そんな彼女に義父クリストファーとランディは「あの男はヴァンパイア、近づいてはならない」と忠告する。

 ルーシーはアルカードを呼び出し、十字架やニンニクを見せてその反応を見ようとするが、アルカードはあっさりと自分はヴァンパイアだと認める。ルーシーのスマホを借りて自撮りした写真を見せ、自分が写真に写らないことでそれを証明しようとするのだった。

 そんな二人に三人のチンピラたちが絡んでくる。アルカードはチンピラに刺されるがその傷をものともせず、彼らを叩きのめす。その姿に怯えるルーシーに「君にはランディこそふさわしい」と優しく語りかける。様子を伺っていたランディがルーシーの肩を抱いて二人は去っていく。

 一人になったアルカードの前に再び死神カーミラが現れる。「正社員になれたのか?」と声をかけるが、彼女は首を振り「実は、人間としての自分は未だ死んではいない」と言って、アルカードを病院のICUに連れていく。そこでは無理心中の末かろうじて命を取り留め、生命維持装置に繋がれた女性が眠っていた。ヴァンパイアの自分ならカーミラに永遠の命を与えられる、とアルカードは女性に近づくが、カーミラはそれを遮るのだった。

 他方、ヴァンパイアの行方を追うサザーランドやハーマンの元に、グレンダが、ヴァンパイアをめぐるプロジェクト中止という政府の方針を伝えていた。死なない兵士を研究するよりも、AIやロボット兵士の研究に資金を使う方が有効なのは自明である、と。

 物語はここへ来て予想外の方向に転がりだした。ルーシーとの別れは予想の範囲内だが、カーミラが死神どころか死に損ないだったのには驚いた。が、「人が死ぬということ」それ自体がこの物語の大きなモチーフであることは見えてきた。

★マーサの死

 老人ホームからの電話でマーサの死を知ったルーシーは、葬儀の席で久しぶりにアルカードと再会する。マーサの死にホッとしたと語る彼女の家族にアルカードは食ってかかる。マーサがどれほど家族を思っていたか、彼らの面倒を避けるために自分の思い出の品まで次々と処分していたのに、と怒りを爆発させる。

 民間軍事会社のハーマンは、アルカードを捕らえ、生きたヴァンパイアとして中東の指導者に売りつけようとしている。捕獲には彼の弱点であるルーシーを利用すればいいとほくそ笑む。そして、足がつかぬよう、ヴァンパイアの秘密を知るグレンダにも消えてもらう、とつぶやく。

 アルカードは体に異変を感じていた。そろそろまた長い眠りにつく時期がやってきたとヘルシングに別れを告げ、彼はニューヨークを去ろうとする。が、そこへクリストファーとランディが現れルーシーが誘拐されたことを告げる。相手の要求は身代金ではなくアルカードの身柄。さぁ、どうするアルカード。

(さて、物語の結末を知りたくない方はここから先を読むのはご遠慮願いたい。この文章は私自身の備忘録を兼ねているので、しっかりネタバレしている。)

★愛は全てを救う

 ハーマンの元に、一人の男が「ヴァンパイアを連れてきた」と大きな棺を運び込む。棺の小窓から手を出させて指紋を確かめ、中身がアルカードに間違いないとハーマンらは喜ぶが、実は棺を持ってきた男こそアルカード。棺の中に隠れていたのはランディ。先ほどの手は医学生であるランディが用意した指紋つきの偽物だった。彼らはハーマンらの隙をついてルーシーを無事に救い出す。

 ルーシーとアルカードはお互いへの愛を確かめあう。が、そこへ銃を持ったサザーランドが現れ、「私の命をかけた最後の実験だ」と言ってアルカードに迫る。が、サザーランドが撃ったのは彼自身だった。瀕死のサザーランドを救おうとその首すじに噛み付くアルカード。だが、サザーランドは「私はヴァンパイアにはならない。君はもう人間なのだから」と囁いてこと切れる。飛び込んできたグレンダが、「彼から自殺を匂わせるメールが来たの」と言い、彼の死が覚悟の自殺であったことがはっきりする。

 白いドレスをまとったマーサの亡霊が現れ、サザーランドの魂を冥界へと導いていく。サザーサンドは末期癌に侵されており、余命いくばくもなかった。SNSに謎の兵士の写真をアップしたのは、かつての妻グレンダとの再会を願ったサザーランドの仕業だったと判る。研究で成功し社会的な名声を得るより、家族の愛に包まれて生きる人生の方を選ぶべきだった、と彼は後悔に苛まれていたのだ。

 晴れて人間となったアルカードは、スマホで自撮りして初めて見る自らの姿に喜び、「人間初心者」として自分をリードしてほしいとルーシーに申し出る。そんなアルカードの元に、ヘルシングが一人の女性を連れてくる。「奇跡的に植物状態から生還したばかりで、まだうまく歩けないんだ」とヘルシングが紹介したその女性は服装や髪型こそ違えど、あの死神のカーミラだった。

 人間として目覚めたカーミラに死神の記憶はないのだろうかとアルカードはいぶかしむが、ヘルシングの姿が見えなくなった途端「バージョンアップできてよかったな!」と、カーミラが叫ぶ。アルカードとルーシー、ヘルシングとカーミラ、二組の幸せなカップルの誕生で物語は幕となる。

 が、再び幕が開くと、そこは天国。マーサが新たに天国にやってきたサザーランドとグレンダを案内するというオマケ場面が追加されている。たぶん、この後のショー場面のための繋ぎコーナーなのだろうが、グレンダまで天国にいるのはちょっと切ない。ハーマンらに殺られちゃった、ということだろう。

★ファンタジーとリアリティの間で

 久しぶりの石田芝居はハッピーエンドで終わった。1幕でバラ撒かれた様々なピースが、2幕の最後には全て綺麗に収まり、伏線はもれなく回収された。さすがベテランらしい見事な手際だった。

 唯一難を言えば、物語の中に登場する「様々な実をつける木」は進化の系統樹を象徴するもので、ヴァンパイアも人間も根は同じ、という比喩だったようだが、理屈が勝ちすぎてかえって分かりづらかったように思う。

 が、人が死を迎えることの意味とは何なのか、人生における「選択」が正しかったのかは死ぬ間際にならないとわからないのでは、というこの物語の問いかけは、すでに両親を失い、友人たちも何人かが鬼籍に入っている私のような年頃の人間にはちょっとキツいところもあり、幾つかの場面で身近な人の死を思って涙した。

 とりわけ「人は思い出に包まれて死んでいくことが幸せ」という老女マーサのセリフは胸を突いた。生命科学での成功を願ったサザーランドが余命を賭けて愛を求めた姿は悲しく、そして哀れだった。マーサ役の京三紗、サザーランド役の華形ひかる、専科の二人をこの物語のために呼んだ理由がわかるような気がする。

★石田先生、健康状態は大丈夫なんですか?

 最後に。石田氏はなぜ「人間の死」をここまでクローズアップしたのだろうか。「幸せなうちに死ぬ方がいい」なんて、いかにも誰か身近な人を亡くしたか、あるいはご自身の健康に問題を抱えている人が言いそうなセリフだ。

 石田氏お得意のおやじギャグこそ満載ではあったが、かつて「傭兵ピエール」や「長い春の果てに」などの大劇場作品で見せていた、無駄なくらいの観客へのサービス精神や勢いといったものが、今回は感じられなかったように思う。演出助手の代わりに「演出補」として稲葉太地氏がスタッフリストに入っているのも気になる。

 誰かドラマシティかKAATの客席で、お元気そうな石田先生の姿を見かけたよ、という人がいたら是非ご一報頂けないだろうか。私の心配が全くの杞憂であることを祈りたい。

【公演data】 ミュージカル・プレイ「ヴァンパイア・サクセション」は宙組二番手スターの真風涼帆の主演公演。宝塚歌劇団宙組によって、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで2016年5月3日〜11日、KAAT神奈川芸術劇場で5月17日〜23日に上演された。作・演出は石田昌也。


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