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2018/8/14 「凱旋門」

★轟悠の雪組トップ時代の代表作の再演

 久しぶりの宝塚観劇は轟悠主演の「凱旋門」である。このところしばらく観劇からご無沙汰だったが、これは観ないわけにはいかない。初演は2000年雪組、轟悠が雪組のトップスターであった時代だ。私の宝塚観劇歴は2001年からなので、ギリギリ間に合わなかった。

 とはいえ、「パララ、パララ、パララ〜♪」というフレーズが印象的な主題歌は自分でも歌えるくらい繰り返し聞いたことがあるし、轟がこの作品で文化庁芸術祭賞演劇部門優秀賞を受賞したこと、その後個人で芸術祭の優秀賞を受賞したトップスターは一人もいないことくらいは知っている。

 そのわりにはどんな話なのか、ストーリーは全く知らない。「凱旋門」という映画を学生時代に見たという記憶はあるのだが、古いモノクロ映画だったこととヒロインがすごく綺麗な人(さっき調べたらイングリッド・バーグマンだった!)こと、何だか暗い話だったという印象しか残っていない。

 果たして再演「凱旋門」はどんな仕上がりなのか。期待と不安を胸に私は東京宝塚劇場に向かった。

★雪組トップスター望海風斗は二番手役に

 主な配役は次の通り。

ラヴィック(ドイツ人外科医)………轟悠
ボリス(ロシア人のドアマン、ラヴィックの友人)……望海風斗
ジョアン(イタリアから来た娘)……真彩希帆
アンリ(俳優)……彩風咲奈
フランソワーズ(ホテルの女主人)……美穂圭子
シュナイダー(ゲシュタポ)……奏乃はると
ヴェーベル(病院長、ラヴィックの友人)……彩凪翔
ハイメ(スペインから亡命してきた青年)……朝美絢
ユリア(ハイメの恋人)……彩みちる
ローゼンフェルト(名画を持つ男)……永久輝せあ
ゴールドベルク(妻子づれで亡命中の男)……真那春人
ゴールドベルク夫人(その妻)……朝月希和
ビンダー(亡命中の男)……久城あす
マルクス(「死の鳥」の異名を持つ男)……煌羽レオ
デュラン(ラヴィックに代理手術を依頼する病院長)……透真かずき
アベール(警察のお偉方で移民取り締まり係)……桜路薫

 轟悠が主演なので雪組トップスター望海風斗は主人公の友人ボリス役に回っている。後述するがボリスは初演で香寿たつき(現在もミュージカルの脇役として重鎮を務める芸達者な元星組トップスター)が演じた役である。

 ヒロインは雪組トップ娘役の真彩希帆。三番手の彩風咲奈は俳優のアンリ役。主人公のもう一人の友人であるヴェーヴルは彩凪翔が演じる。

★大人のための宝塚歌劇

 初めてみる「凱旋門」は昨今の宝塚では大変貴重かつ希少な大人の男の物語であった。

 大人とは何か。大人とは若者よりも少しだけ「未来を予測する経験に富む者」だ。自分が傷つきそうなこと、相手を傷つけてしまいそうなこと、幸せを求めるにはあまりに厳しい状況であることを知り尽くした男が、それでも愛を求めてしまったが故に傷つき、理不尽にも戦争の波に呑まれていく。

 凱旋門はそんな悲しい話である。

 物語はラヴィックの視点で進むのだが、いちいち彼の気持ちが手に取るようにわかるのには驚いた。映画やテレビドラマでは壮年の男性の気持ちというのは私には理解できないことも多いのだが、轟悠という男役、女性でありながら男性を演じるスキルを持つ稀有な演者というフィルタを通しているからこそ、私にもストンと理解できたのではないだろうか。

 間違いなくこれは轟悠の代表作であり、宝塚歌劇が誇るべき作品だと感じた。が、観劇した私自身もラヴィックの思いを理解できるだけ年齢を重ねていたことも大きいと思う。

★見事な展開のストーリー

 舞台は第二次世界大戦の開戦より少し前のパリ。主人公のラヴィック(轟悠)はドイツ人の外科医だが、今は訳あってパリの「オテル・アンテルナシオナール」という名前だけは立派だが実態は下宿のような宿屋に暮らしている。

 物語は主人公ラヴィックの視点で進んでいくのだが、ストーリーの起承転結が見事だ。

 暗く陰鬱な雰囲気の漂うパリの夜、ラヴィックはイタリアから来た娘ジョアン(真彩希帆)の窮地を救う。三週間後、ラヴィックの友人であるボリス(望海風斗)がドアマンを務めるクラブで歌手となったジョアンを訪ねるラヴィック。カルヴァドス(りんごで作られたブランデー)で乾杯する二人は恋に落ちる。

 が、ラヴィックはドイツから逃れて来た亡命者だった。「本来なら今頃はドイツの大病院で外科部長を務める腕前の外科医」である彼は、友人でもある私立病院の院長ヴェーベル(彩凪翔)の依頼で手術を引き受けることで生計を立てているが、もちろんフランスでの医師免許は持たない。モグリの医師だ。

 現在も、そして将来にも見通しの立たない彼は「二人でアパートを借りて一緒に暮らしたい」という若いジョアンの熱くまっすぐな思いに応えることができずにいる。彼は大人なのだ。

★宿敵の登場、医師の誇り、そして事件は起きた

 そんなラヴィックの周りで小さな事件が積み重なっていく。

 パリの街角で偶然、亡命者となる原因を作ったドイツのゲシュタポ(秘密警察)のシュナイダー(奏乃はると)を見つける。ラヴィックはドイツにいた頃、身に覚えのない罪でゲシュタポの拷問を受け、恋人を殺されていたのだ。ラヴィックの心に復讐の思いが芽生える。

 ヴェーベルに紹介された別の病院で、院長デュラン(透真かずき)から亡命者を取り締まるパリ警察の幹部アベール(桜路薫)の手術を頼まれたラヴィックは大金をふっかける。少しでもジョアンに何かしてやりたいという思いと、この手術で金儲けをする気満々の院長への腹いせからだ。

 ラヴィックとジョアンは太陽を求めてフランス南部のアンティーブへ。ジョアンはそこで俳優のアンリ(彩風咲奈)に出会う。彼女は華やかで豊かな暮らしへの憧れを無邪気にラヴィックに語るのだった。

 ああ、気の毒なラヴィック。彼は自分が彼女にそんな暮らしを与えてやれないこと、明るい未来のないことを誰よりもよく分かっている。私自身が共感するのも常に「大人」の側、つまりラヴィックの側にある。

 短いバカンスを終えてパリに戻る二人だが、事故にあった人を助けようとした好意が仇となってラヴィックは不法滞在者であることがバレてしまう。パリ警察のアベールは自分の命を救った男とも知らず、パスポートを持たないラヴィックに国外追放を宣告する。

★戦争の影が忍び寄る

 「一週間で戻る」とジョアンに告げていたラヴィックだったが、病気で身動きが取れず、再びパリにたどりついたのは三ヶ月後だった。彼を迎えたボリスは「ジョアンは店を辞めた。行方はわからない」と告げる。

 ほどなくラヴィックは街でジョアンと再会する。彼女はアンディーブで知り合った俳優のアンリを頼り、女優としての道に進もうとしていた。豪勢なアパートに招かれたラヴィックは、彼女がアンリと一緒に暮らしているのを感じ取り、彼女に別れを告げる。

 アンリへの嫉妬、彼女へのたちきれない思い。その一方でこれで良かったのだと安堵する。轟ラヴィックの揺れ動く思いは見ているだけで胸を打たれる。

 他方、ラヴィックの暮らすオテル・アンテルナシオナールにも暗い影がさす。住人の一人であるマルクス(煌羽レオ)は、そこに身をひそめる亡命者たちの名簿を自身のアメリカ行きのビザと引き換えにゲシュタポのシュナイダーに渡そうと取引を持ちかけていた。

 さらに、住人の一人ゴールドベルク(真那春人)の遺体が中庭で見つかる。アメリカ行きのパスポートとビザが得られないのが分かって自ら死を選んだのだ。ゴールドベルク夫人(朝月希和)の心が別の男に移っていたのは住人すべてが知るところだった。重苦しい雰囲気がオテル・アンテルナシオナールを包む。

 ラヴィックはボリスにシュナイダーへの復讐を打ち明ける。ボリスの協力を得て、偶然を装いカフェでシュナイダーに近づこうとしたラヴィックの前に、折り悪くジョアンが現れる。彼女はアンリにピストルで脅されていると語り、ラヴィックの元に戻りたいと懇願するのだった。

 さて、ラヴィックの復讐は達成されるのか。ジョアンとの恋の結末は、となるのだがこの物語の結末は明かさないでおこう。

★年の差カップルは思いのほか良かった

 「凱旋門」のラヴィックは今の轟悠のためにあるような主人公だ。壮年の男性で医師として優秀、自分が亡命者という立場になっても苦しむ人をつい助けてしまう心優しい人間だが、それ故に彼はより辛い立場に追いやられ、その苦しみは増していく。

 たしかに轟悠はかつてのように若くはなく、声の張りや艶は昔ほどではないのだけれど、「大人の男」としての存在感、人間としての厚みのようなものがしっかりと感じられるのが素晴らしい。

 対照的にヒロインの真彩希帆はバーグマンのようなさ整った美女タイプではないけれど、若さのきらめきを感じさせるには十分だった。彼女は素晴らしい美声の持ち主だ。よく通るかろやかで美しい声で、まだ若く、純粋で、心が弱くて脆い、世間知らずのヒロインを作り上げていた。

 轟さんと真彩ちゃんのカップルは、「凱旋門」という作品にはぴったりだった。私はタカラジェンヌの見た目よりも声に惹かれる。轟さんの低く時にかすれた声は年齢を重ねた男性のものだし、真彩ちゃんの鈴が鳴るような声とは絶妙のコンビネーションであったと思う。

 でも、宝塚歌劇の演目としてこれで良いのか?となると話は少し違ってくるだろう。多分、この作品もこの二人のカップルも若い女子の皆さんにはウケないのではないかと思う。ジョアンの視点で物語を見るとモヤモヤした気分になるばかりだ。

 人生には思い通りにならないことがある。それは時代のせいだったり、社会システムのせいだったりするのだが、どんな時にも一度生を受けたら人はその時代を生きて行かなくてはならない。

 幸せとは、運命とは何なのか。自分の人生というステージである程度経験を重ねてからの方が、この作品の持つメッセージに共感できるのではないかと思う。

★ボリス=タータン説

 ボリス役の望海風斗は少々柄違いだった。初演で香寿たつきが演ていた役柄を振られただいもんは損をした、と言った方が正確だろう。

 歌えてきっちりと芝居のできる男役、この点で現在の宝塚でボリスができるのはだいもん(望海さんの愛称)くらいしか考えられないのだけれど、見れば見るほどこの役はタータン(香寿たつきさんの愛称)に向いている。

 ボリスの男としての懐の深さとどこからともなく偽造パスポートを持ってくる得体のしれないいかがわしさ、これらをミックスした人物像に比べると、だいもんはちょっと貫禄があり過ぎたし、誠実さが勝ち過ぎた。「うちの店で(ジョアンが)歌えばいい」とボリスが言ったとき、私はボリスがロシア人の富豪か何かで、クラブのオーナーだと勘違いしたくらいだ。

 そして、だいもんは大先輩である轟を前にするとたまに「下級生スイッチ」がオンになる。可愛いのはだいもんの持ち味の一つだけれど、それがどこからともなく漏れている。多分、この辺りが学年の離れた轟さんと共演する男役トップスターにとっての「難しさ」なのではないかと思う。

 ボリスという役を演じるには轟さんと一学年しか違わなかったタータンが適任だったんだろう。ボリスがラヴィック向かって言うセリフの数々に、私はモーレツな香寿たつきへの飢餓感を感じてしまった。

 轟悠は宝塚に残ってくれたが、タータンのような職人的な芝居巧者の男役は今の宝塚スターには見当たらない。時は常に流れる。

★見どころ、見せ場のあった人々

 オテル・アンテルナシオナールの女主人は専科の美穂圭子。その存在感は芝居を引き締めた。不法な移民であることを知りながら、彼らに住む場所と食べ物を提供する肝っ玉の太い女性を演じている。柴田作品の上演にはこういうベテランの脇役が欠かせない。

 敵役であるゲシュタポのシュナイダーを演じた奏乃春人も良かった。実はドイツからパリに羽を伸ばしにやってきているエロおじさんでもあるのだが、それを宝塚らしく下品にならないレベルでやってるのが絶妙だった。

 私立病院の院長でラヴィックの友人ヴェーベル役の彩凪翔。轟の友人という立ち位置がとても自然に見えて良かった。本来これが雪組二番手スターの役だろうが、華のある彩風咲奈をアンリ役にした今回の配役はこれで良かったと思う。

 スペインから亡命してきた青年ハイメ役の朝美絢は主人公が未来への希望を託す美味しい役回り。こういう普通の若者の役で見たのは久しぶりかも。スターらしい華は抜群だ。

 若手スターの永久輝せあは、名画を持つ謎の青年ローゼンフェルト役。オテル・アンテルナシオナールの道化者という役割をうまくこなしていた。

 亡命仲間をゲシュタポに売ろうとするマルクス役の煌羽レオ。この人のポジションはおっちょん(OGの成瀬こうきさん)にかぶる。雪組見るたびに少しずつ役が大きくなっている。こういう人をちゃんと育ててほしいものだ。

★間に合って良かった

 最後になるが、私は今回色々な意味で間に合って良かったと思う。

 今の轟悠の方が18年前よりも役柄には合う。柴田先生がまだご健在で、謝先生が演出家として熟練の域に達していたこと、初演の香寿並みに歌えるトップスター望海風斗が居てくれたこと、実にグッドタイミングだった。今のような世相の時代に再演を決めた宝塚歌劇団にも拍手を送りたい。

 そして、個人的には長年の謎が一つ解けたことが嬉しい。主題歌の「パララ、パララ、パララ」という印象的だけれど謎のフレーズは、実は雨の降る音だったのだ。そういえば「雨が目にしみる、愛が胸にしみる」と轟さんはずっと歌っていたではないか。

 TCAスペシャルや宝塚スペシャルでこのメロディーを聴きながら、哀しい響きの歌だなぁと思って来たけれど、これは恋をした男の歌だった。人生で最後の心震わせる恋を恐れ、戸惑い、でもその輝きに魅了されていく男の歌だったのだ。

【作品データ】「凱旋門」はエリッヒ・マリア・レマルクの小説の舞台化。初演は2000年の雪組で主人公ラヴィックは当時雪組トップスターだった轟悠が演じた。脚本は柴田侑宏、演出・振付は謝珠栄。2018年6月8日〜7月9日宝塚大劇場、同年8月7日〜9月2日東京宝塚劇場で月組により上演。

#宝塚 #takarazuka #雪組

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