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2016/9/4 「NOBUNAGA(信長)−下天の夢−」

★龍真咲の退団公演はなんと日本もの!

 月組トップスター龍真咲がいよいよ退団の時を迎える。龍がトップスターに就任したのは2012年だから、約四年間トップを務めたことになる。そんな彼女が自らの退団公演で織田信長を演じるというのはちょっとした驚きだった。

 トップスターは自らの退団演目や担当演出家について、ある程度劇団に希望を聞いてもらえるとも聞く。彼女が日本ものを選んだというのは意外だし、演出家に大野拓史氏を指名したというのなら、もはや驚愕というしかない。

 龍真咲は日本ものが得意なオーソドックスな宝塚スターではない。誰よりも華やかさを好み、地味な日本ものを嫌がることはあっても自ら望むとは思えない。他方、大野拓史といえば「日本もの好き」を自認する演出家であり、大人っぽい洒脱な作風の人としても知られる。私には、龍真咲と大野拓史は同じ宝塚という地平の西と東の果てに位置するかのように見える。

 いろいろな意味で謎の多いこの演目を観劇することになったのは東宝の楽日も近い頃だが、果たしてどんな風に仕上がっているのだろう。

★主な配役

織田信長(尾張の戦国大名)…龍真咲
帰蝶(信長の北の方、美濃の斎藤道三の娘)…愛希れいか
ロルテス(ローマ出身の騎士)…珠城りょう
フランシスコ・カブラル(イエズス会の日本布教区長)…飛鳥裕
足利義昭(室町幕府十五代将軍)…沙央くらま
明智光秀(将軍家に仕える家臣)…凪七瑠海
羽柴秀吉(織田家家臣)…美弥るりか
ねね(秀吉の妻)…早乙女わかば
今川義元(駿河・遠江の大名)…光月るう
浅井長政(北近江の大名)…宇月颯
お市(浅井の妻、信長の妹)…海乃美月
佐久間信盛(織田家家臣)…綾月せり
信盛の妻…憧花ゆりの
毛利良勝(織田家家臣)…紫門ゆりや
柴田勝家(織田家家臣)…有瀬そう
オルガンティノ(イエズス会宣教師)…千海華蘭
弥助(織田家家臣、象使い)…貴澄隼人
前田利家(織田家家臣)…輝月ゆうま
まつ(利家の妻)…花陽みら
妻木(光秀の妹)・森蘭丸(信長の小姓)…朝美絢
織田信行(信長の弟)…蓮つかさ
佐脇良之(利家の弟)…暁千星

 トップ娘役の愛希れいかは信長の正室帰蝶。NHKの大河ドラマなどでは「濃姫」の名で呼ばれる女性である。二番手スターで次期トップスターに内定している珠城りょうは意外にもイタリア人の騎士ロルテス。この役が信長とどう絡むかが見どころになるのだろうか。

 長らく龍真咲を支えてきた凪七瑠海、美弥るりかは明智光秀、羽柴秀吉役。専科からは、かつて月組に在籍し、龍真咲の同期生でもある沙央くらまが将軍足利義昭役で出演する。

★人間五十年、下天の内をくらぶれば

 幕開きは舞台センターに立つ白い衣装に身を包んだ龍ただ一人。「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢まぼろしの如くなり」という、信長が愛好したと言われる幸若舞「敦盛」を歌いながら舞う。

 タカラジェンヌといえば洋楽で日舞を踊るのが定番なのだが、珍しくも正統派の始まり。そんな龍が舞を終えてセリ下がると美弥るりかをセンターに武将に扮した男役の群舞によるプロローグとなる。

 さて、物語の始まりは駿河・遠江を治める大名今川義元(光月るう)との戦いから。信長をうつけ者と侮った義元は戦に敗れる。義元を逃そうとした家臣たちが通りすがりの女たちに衣を貸すよう声をかけると「女に化けて逃げようとは」と一人の女武者が飛び出し、家臣たちに斬りかかる。

 女武者は信長の妻、帰蝶(愛希れいか)だった。続いて信長方の家臣である羽柴秀吉(美弥るりか)、前田利家(輝月ゆうま)らが続々と駆けつけ、今川勢を襲う。ついに信長が義元に止めをさし、戦いは織田勢の勝利となる。

 そんな信長の下へ明智光秀(凪七瑠海)が進み出る。光秀はかつて帰蝶の父である美濃の斎藤道三に使えていたが、道三が息子龍興に討たれ、今は足利将軍家に仕官している。帰蝶、そして彼女に使える妹妻木(朝美絢)との再会を喜ぶと光秀は、信長に将軍家からの使者を紹介する。

 足利将軍義輝の弟である僧覚慶(のちの足利義昭:沙央くらま)は、信長に今日へ登り将軍の治世を支えるようにと求める。だが、信長が京へ上るには妻帰蝶の故郷である美濃を滅ぼさねばならない。帰蝶の懇願も虚しく信長は美濃へ、そして都を目指して進軍開始を命ずる。

 尾張と近江から美濃を挟み討ちにするため、信長は妹のお市(海乃美月)を近江の浅井長政(宇月颯)に嫁がせるのだった。

★日本ものを現代風にアレンジ?

 タイトルに「下天の夢」という言葉が入っている以上、「敦盛」をやらないわけにはいかないのだろうが、冒頭に持ってきたのには驚いた。でもこれを龍真咲にやらせて良いのだろうか?

 が、観る側がそう思い始めた頃に突如音楽はロック調に一転し、華やかな衣装を纏った武将たちが登場してガンガンダンスを踊り始める。確かに、月組で日本物をやるならこちらの線だろう。かつてゲームを原作とする「戦国BASARA」(2013年花組)という作品があったが、それに似ているとでも言えば良いのか。今の月組には正統派の和物よりずっと似合っている。

 ストーリーも史実通りではない。薙刀を手に颯爽と現れる帰蝶の姿は格好良いが、この時点でもう史実に忠実にとかいう話は吹っ飛んでいるとみて良いだろう。龍を筆頭に武将役の男役は全員ブーツ姿。華やかな甲冑風の衣装を着、手には刀を持って踊りまくる。

 龍真咲演ずる織田信長は、傲慢不遜。恐れることを知らずに敵に向かって突き進んでいくのだが、日本ものの衣装や鬘が今ひとつしっくりこない。うまい例えが思いつかないが、強いて言えば動く菊人形とでも言えばいいのだろうか。これが「日本もの慣れしていない」ことの表れなのかもしれない。

 帰蝶役の愛希は堂々たる女武者っぷりが潔い。光秀役の凪七瑠海は猛々しい織田勢に比べるとスッキリした公家風の姿が美しい。秀吉役の美弥るりかも「猿」という呼び名が似合わないほど華がある。

 と、ここまではあくまで戦国もののゲームのオープニングを見るような感じだ。

★謎の南蛮人ロルテス登場

 そんな桶狭間の戦いから10年が経過する。南蛮船でやってきたイタリア人宣教師オルガンティノ(千海華蘭)が、日本に滞在している宣教師フロイスの報告書を読み上げるという形で、信長の活躍ぶりを騎士ロルテス(珠城りょう)に語り始める。

 オルガンティノはキリスト教を日本に広めるため、そしてロルテスは表向きはそんな宣教師たちを警護するためにやってきた。二人は幼ななじみなのだ。

 信長の戦い方に興味を示すロルテスに、「お前が誰かに興味を持つなんて珍しい」とオルガンティノは驚く。日本に着いた二人は出迎えのイエズス会士に連れられ都へ向かう。

 道に迷った宣教師の一行は比叡山で将軍足利義昭配下の僧兵たちに囲まれる。そこへ明智光秀、秀吉らが現れ、宣教師たちが信長の客人であると弁明する。一方、将軍義昭はなかなか姿を見せない信長に腹を立てている。信長は浅井勢との戦の仲介を義昭に頼んでいたのだった。

 そこへ巨大な象に乗って信長が登場する。信長はロルテスの手にした短銃に目を留め、彼に「この比叡山を何として攻め滅ぼす」と問う。ロルテスはこれに「山を焼き払って全滅させる」と答えるのだった。その言葉通りに、信長は比叡山を焼き討ちし、浅井勢を殲滅する。

 浅井長政とお市の方は手を取り合って走り去っていく。

★「象」に乗った信長

 ロルテスという謎の男は歴史上実在し、日本に渡来したと伝えられるローマ出身のイタリア人騎士である。どうやらこの男との関わりを通じて信長という人物が描き出されるというのがこのNOBUNAGAという作品の趣向らしいが、意外にもこのオルガンティノとロルテスの会話はこの破天荒なロックミュージカルの中で、実に真っ当にセリフの応酬でじっくり見せていく場面になっている。

 ロルテス役の珠城りょうは次期トップスター。舞台上に立つと存在感がある。オルガンティノ役の千海華蘭は小柄で愛らしい風貌の男役だが、台詞まわしが巧みで引き込まれる。二人とも歌やダンスより断然芝居が得意なタイプ。演出家はそれをよく理解しているようだ。

 ヨーロッパから見れば遠く東の果てとも言える日本にやってきたオルガンティノは布教という使命に命を賭けている。彼はロルテスもまた神の教えを説く道を歩むと思っていたが、そうではなかったことを知ってがっかりしているように見える。

 比叡山の場面では信長が象の背に乗って登場し、観客の度肝を抜く。演出の大野氏は、以前も「馬」を登場させた人だが今度は象。この象の造形が素晴らしい。生々しい象ではなくまるで鉄板を張り合わせて象の形に造形したかのような巨大な乗り物なのだ。その象の背中の上に据えた輿に乗って信長が登場する姿は圧巻。

 この人を食ったような姿が龍真咲にはまたよく似合う。対する将軍義昭の乗る輿はこの象の迫力に比べるとお話しにならないチャチなものに見える。信長と義昭の力の差がはっきりと目に見えるのが素晴らしい。

★信長暗殺計画

 将軍義昭は、自分の仲介を無視して比叡山を焼き払った信長に我慢ならない。が、そこへ秀吉がやってきて、イエズス会の日本布教区長であるフランシスコ・カブラル(飛鳥裕)とロルテスらを紹介する。

 彼らは京都に南蛮寺(要するに教会である)を建築する許しを得た礼に来たのだった。だが、義昭は許したのは信長であり、礼は信長にすれば良いとにべもない。ところが、カブラルとロルテスが「武将を束ねるのは王者である将軍にしかできない」と褒めたたえると義昭はすっかり機嫌を直すのだった。

 他方、信長は清洲城の妻帰蝶に会うことなく岐阜へ向かう。美濃を攻め滅ぼしたことを帰蝶が恨みに思っていると慮ったのだ。が、そんな中、前田利家の弟である佐脇良之(暁千星)だけは嬉々として清洲城へ向かい、帰蝶を守る女忍たちと戯れる。彼は忍の一人であり光秀の妹でもある妻木と恋仲だったのだ。

 帰蝶は妻木を呼び、信長に彼の弟である織田信行(蓮つかさ)の形見の衣を届けるよう命じる。信行はかつて信長との家督争いで、家臣たちに殺され若い命を散らしていた。衣を受けとって岐阜へ向かおうとする妻木をロルテスと怪しい伴天連たちが取り囲む。彼らの使う妖術によって、妻木は意識を失う。

 岐阜城の信長の下に衣を携えた妻木が現れる。彼女は怪しい色香で信長を惑わし籠絡しようとする。隙を見て襲いかかった妻木を信長は切り捨てた。妻木の兄、明智光秀は「なぜ妹を切ったのか、理由を教えて欲しい」と信長に問うが、信長は事情を語ろうとはしなかった。

 妻木を操って信長を殺害しようとしたロルテスは、目論見が失敗したことを知る。が、そんなロルテスの前に象使いの弥助(貴澄隼人)が現れ「信長様の邪魔をする者は許さない」と彼に告げる。黒人の弥助はかつて奴隷だった自分を拾いあげ、家来として取り立ててくれた信長に忠誠を誓っていた。さらに弥助はロルテスにこう告げる。「名前のない男、俺はお前を知っている。インドのゴアに居た頃、お前の姿を見かけた」と。

 「名前のない男」これがロルテスのもう一つの名であり、彼の過去にまつわる秘密を示すキーワードとなる。

★女忍と色仕掛け

 大野演出は今風のアレンジかと思いきや、冒頭の敦盛を見てもわかるように「宝塚の日本もの」の要素を小出しに挟んでくる。スパイスのように効いているのが日本もの経験の豊富な沙央くらまだ。

 月組のトップコンビと凪七・美也の二番手格の二人はスターらしいハッタリこそあれど、細かい芝居が得意な方ではないので、義昭役に沙央という配役はグッジョブ。将軍とは名ばかりでプライドは高いが義昭の卑小さを実にうまく見せている。

 ロルテスは突如怪しげな男たちと共に妻木を襲う。ロルテスが何者であるのか、そしてどんな意図で日本にやってきたのかはこの時点ではよくわからないのだが、話はどんどん史実から遠い方に向かって駆け出していくかのようだ。

 「娯楽時代劇といえば女忍の色仕掛けですよ」と、作・演出の大野氏が思ったかどうかは知らないが、物語はそのように展開する。そもそも奥方の帰蝶に仕える女たちが忍なのもヘンだがそれも「娯楽時代劇だから」という理由かもしれない。その一人である妻木がその役目を担う。ただここは宝塚なので色仕掛けもラブシーンもいたって控えめである。

 妻木役の朝美絢は押しも押されぬ若手男役スターなのだが、大きな瞳を持ったシャープな顔立ちの人で、こうした役目にはまさにうってつけ。ロルテスに操られるまま信長に迫り、最後は斬られて死ぬ。ファンの間では「死ぬ役は美味しい」と言われているが、確かにスター候補生にはまたとない見せ場だ。

 そういう目で見ると、この作品はストーリーこそハチャメチャだが、幾つかの場面ではピタリっと役者と芝居がはまっている。物語が始まって最初にセリフを口にする前田利家役の輝月ゆうま然り、信長の前に倒れる戦国武将今川義元役の光月るう然り、孤独なロルテスの心にただ一人寄り添おうとするオルガンティノ役の千海華蘭然り、水も滴る美しい武将ぶりの光る浅井長政役の宇月颯然り。

 月組はやはり芝居の組。短い場面、多くはない台詞のうちに印象を残していく役者があちらにもこちらにもいる。またそんな彼らが生きる場面が用意されているのには感心する。

★ロルテスの秘密とは

 さて、物語に話を戻そう。

 京都の南蛮寺ではイエズス会のカブラルが将軍義昭を招き、彼こそ日本の王だと相変わらず持ち上げている。その言葉に自信をつけた義昭は、早速全国の武将たちに打倒信長の文を送る。

 義昭が去ると、カブラルはロルテスに「日本が我々の思いどおりになったら、お前の家の名誉回復を私から法皇さまにお願いしてやろう」と告げる。カブラルからまたしても「名前のない男よ」と呼びかけられるロルテス。

 そんな二人の様子を物陰から伺っていたオルガンティノが、ロルテスに声をかける。ロルテスの一族はかつてマルタ騎士団を裏切ったために家名を廃されたのだった。オルガンティノはそんな彼の秘密を知っていた。ただ一人自分を気にかけてくれる幼馴染を前に、ロルテスは幼い頃から家名を名乗れず「名前のない男」として周囲の人々から蔑まれてきた恨みを思わず口にする。

 そんなロルテスの次の手は、将軍家に仕える明智光秀を利用し、信長を倒そうとする。信長に妹妻木を殺されたことを、光秀は決して許してはいなかった。ロルテスの暗躍の中、物語は本能寺の変へと進んでいくのかと思いきや、思わぬ展開を見せる。

 なお、ここから先は物語のネタバレを含む。結末を知りたくない方は読むのはご遠慮ください。

★絶体絶命のピンチからの起死回生

 岐阜に戻った信長は、自らの弟である信行の墓参りをしてきた女たちに出会う。信盛の妻(憧花ゆりの)、ねね(早乙女わかば)、まつ
(花陽みら)らは、自分たちは信長に命運を託しているのだと彼に告げ、夫たちを存分にこき使って欲しいと申し出る。

 他方、清洲城では帰蝶が妻木が信長に斬られたと聞き、何者かが信長を狙っていることに気づく。信長の周囲を探るよう忍たちに命じ、場合によっては自ら岐阜に赴くと言った帰蝶の前にロルテスが現れ、清洲にとどまるよう脅す。

 岐阜城には上洛を目論む甲斐の武田信玄との戦を控え、信長配下の武将たちが集まっていた。信長は総大将に佐久間信盛(綾月せり)を指名し、自らは共十数騎と共にあとに残ると告げる。

 秀吉の心に、今なら主君信長を討って自らがその座に成り替わることができるのではないかという野心が芽生える。妻ねねに自分の器量をどう思うかと問う。ねねは「私にはあなたこそが日本一の武将です」と答えるのだった。

 信長の元に将軍義昭の裏切りの報が届く。その時、信長に斬りかかったのは佐脇良之、あの妻木の恋人である。秀吉、光秀ら武田勢を攻めに行ったはずの家臣たちも続々と姿を見せ「もうお屋形様にはついていけません」と信長を取り囲む。

 絶対絶命のピンチに陥った信長。がそこへ「織田信長は私の獲物」と薙刀を持った帰蝶が割って入る「殿、すべて終わりにしましょう」と、今後の天下国家のことは家臣たちに任せ、自分と共に清洲に戻るようにと信長に迫る。

 だが、そうした状況にも信長はひるまなかった。天下の統一を夢見て、その夢に向かって突き進むだけ。「お前たちもその夢を一緒に見ていたのではなかったのか」と叫び、「私に代わって滅ぼされた者たちの恨みを引き受ける勇気のある者はいるのか」と問う。

 そこへ一発の銃声が響く。ロルテスが信長を狙って発砲したのだ。が、弾を受けたのは信長をかばった帰蝶だった。見る夢は違っても二人は愛し合っていた。苦しまずに死にたいと願う彼女を、信長は自らの手で介錯する。

 家臣たちは信長の器の大きさに感じ入って、続々と帰参する。再び結集した織田勢を前に、自らの企てがすべて失敗したことに気づいたロルテスは、信長に銃を差し出して名誉ある死を願う。信長が撃った弾はロルテスを貫いたかに見えたが、懐のロザリオに当たりロルテスは死を免れる。

 信長はそんなロルテスに目もくれず「いざ、信玄坊主を倒さん」と再び戦いの雄叫びをあげるのだった。

★龍真咲とNOBUNAGAの関係

 本能寺を迎える前に家臣たちが一斉に反逆し、ストーリーは一気にクライマックスに達する。エンタテインメントは観客の予想を裏切ることで成立する、とでも言わんばかりだ。

 だが、私はようやくこの物語に潜むある意図が見えたような気がした。若い頃は「うつけ」と呼ばれ、のちに「魔王」と呼ばれる傍若無人、ひたすら前に突き進む信長とは龍真咲その人のことではないのか。

 スター龍真咲には永年手強いライバルがいた。現花組トップスター明日海りおだ。明日海は月組にいた頃から龍よりも人気の面では勝っていた。龍がトップスターに就任してしばらくは、明日海が「準トップ」として主演の役替わりをしていたことは記憶に新しい。

 が、明日海の花組への組み替え後は、龍はトップスターとして過去の名作と言われる作品の再演でも次々と主演を務めていく。が、その間に組長の越乃リュウが退団し、代わって飛鳥裕が専科から月組組長に就任する人事があった。さらに、沙央くらま、星条海斗の二人のスターは月組から専科に異動していった。

 一介のファンにはは詳しい事情はわからないが、彼女の四年にわたるトップスター時代が平穏無事なものだったとは私には思えない。おそらくは反発する月組生やファンがいたのだろう。本人の耳も批判の声が届いていたのではないか。

 信長という役からは、様々な批判も全て受け止めた上でトップを務めてきたのだという彼女の強い自負が感じられる。慣れない日本もので卒業を飾ることにしたのは、大野氏が龍自身と信長とを重ねて描くという意図を龍本人に伝え、それを彼女が了承したからなのではないか。あくまで私の想像ではあるが、そんな風に感じられた。

★旅立ちの時を迎えて

 さて、物語はまだここで終わりではない。信長の生涯といえばやはり最後は「本能寺の変」だ。だが、この物語は「NOBUNAGA」。誰もが知るの信長の最期とは異なる、あっと驚く結末が待っていた。

 明智光秀が信長に叛旗を翻して本能寺を襲うまでは史実通りだが、炎に包まれた本能寺に姿を見せたのはなんとロルテス。「上様、海の向こうの国へ行ってみたいとは思いませんか」と井上陽水よろしく信長を誘うのだ。

 龍の描かれた帆を下ろした船に乗り、信長が外洋へと旅立っていくところで舞台の幕が降りる。宝塚を卒業し、外の世界へ羽ばたこうとする龍真咲の姿を新たな冒険へと向かう信長に重ねてみせるエンディングは、まさに「祝ご卒業」の趣だった。

 宝塚卒業を船出になぞらえている点では、柚希礼音の退団公演「黒豹のごとく」によく似ている。が、柚希が大勢の下級生に見送られなが旅立っていったのに対し、龍信長はロルテスに「お前はもう少しここでやることがあるだろう」と後を託し、たった一人で船出する。別れを惜しむ者、見送る者の姿はどこにもない。

 龍真咲らしい潔いエンディングだった。

★さらば、ドラゴン

 龍真咲の時代がようやく終わろうとしている。私が龍真咲というタカラジェンヌを初めて意識したのは前任トップの霧矢大夢の時代だが、第一印象は「宝塚の男役スターのモノマネをしているお嬢さん」だった。この子はきっと瀬奈じゅんみたいになりたいんだな、と思った記憶がある。

 トップスターに就任してからはさすがに「モノマネ」は影を潜め、龍真咲スタイルが確立されていく。歌うのが好きで、舞台上では誰よりも目立つ存在でいたいというのが傍目にもはっきりとわかった。その一方で、お芝居では奇妙な抑揚のついたセリフまわし(ファンの間では「まさお節」と呼ばれていた)を多用して、何度も感動をぶち壊しにしてくれた。

 宝塚百周年のイベント続きだったこともあり、マスコミは彼女を「新しいタイプのトップスター」として持ち上げたが、芝居好きな私は冷めた目で見ていた。彼女は芝居の役を生きるより、龍真咲というスターとしてスポットライトを浴びることに喜びを感じる人なのだ、と。

 だが、このNOBUNAGAという作品を通して、龍真咲が自分の力を信じ、スター街道を全力で走り続けてきたことだけはよくわかった。考えてみれば、彼女は一度たりとも弱気なそぶりを見せたことはない。できることはやる。やりたくないことにははっきり「NO」といって悪びれることがない。ある意味、心臓の図太さだけは誰にも負けていないスターである。

 彼女の歌う主題歌の「私の中には巣食う龍がいる」という歌詞は何度聞いても「私の中にはスクーリューがいる」としか聞こえなかった。だが、そんなことは些細な問題の一つに過ぎない。水面下でスクリュープロペラをフル稼働させ、日々前へ前へと進み続けてきたドラゴン龍真咲に今は惜しみない拍手を送りたいと思う。

 さらばドラゴン!その未来に幸多からんことを祈る。

【作品データ】「NOBUNAGA(信長)−下天の夢−」は作・演出大野拓史によるロック・ミュージカル。宝塚歌劇団月組により2016年6月10日〜7月18日に宝塚大劇場、8月5日〜9月4日に東京宝塚劇場にて上演。並演はシャイニング・ショー「Forever LOVE!!」。トップスター龍真咲の退団公演。

(写真は東京宝塚劇場の公演デザート「Forever DRAGON」)

#宝塚 #TAKARAZUKA #月組


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