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2016/6/12 「こうもり」(2)

★オペレッタを見るとはどういうことか?

 この「こうもり」という作品、初めて見たときはあまりにドタバタが過ぎて、どこを見れば良いのかさっぱり分からない話だと思ったのだが、並演のショー「The Entertainer!」見たさに何度か観劇しているうちに、私にもようやくこの作品の楽しみ方がわかってきた。

 晩餐会の一夜、人々は踊り歌い、酒を楽しみ、若者たちは恋をする。そんな中で繰り広げられる、ちょっとした悪ふざけと愉快な復讐の結末は何度見ても可笑しい。

 これは物語の成り行きを楽しむというよりも、出演者の芸の力を楽しむ話なのだ。観客は各場面ごとのお芝居に笑い、登場人物たちのダンスや歌を堪能すれば良い。本格的な歌の聞けるコメディータッチのショーだと思って楽しめばいいのだ。

 でも、それは演じる側からするとハードルの高い作品であるとも言える。感情を盛り上げるストーリー展開や胸を打つ感動がない分、歌や芝居の上手さで魅せなければならないからだ。裏を返せば今の星組は「芸」に自信がある、ということでもあるのだろう。

★北翔海莉というスターあっての作品

 主人公ファルケ役の北翔海莉の歌の技術は申し分ない。声量はあるし、声もよく通る。セリフや歌詞が聞き取りやすく、歌声は柔らかく耳に心地良く染み渡る。

 聞くところによれば、この芝居で彼女が使う音域は約3オクターブほどらしい。宝塚のトップスターでも、クラシックの発声ができてこれだけの声が出るという人は珍しい。歌うだけでなく、ファルケという人物のベロベロに酔った姿から、二日酔いの中で復讐を決意する姿、アイゼンシュタインの悪友としての顔、そして晩餐会で見せる品の良い紳士としての振る舞いまで、芝居も達者だった。

 北翔ファルケはいったい何曲歌っていたのか、試みに数えてみた。オープニングで七色の羽根をひろげて主題歌を歌い、女神公園で酔った場面でも、歌いながらの芝居。そして、研究室での復讐を決意する歌。アイゼンシュタイン侯爵邸でのアイゼンシュタインとの掛け合いの歌と、ここまでで4曲。

 オルロフスキー公爵の晩餐会では、ルナール公爵・シャグランと共に歌うメルシー、メルシーの歌。トランシルヴァニアを思って歌うチャールダーシュ、そしてアナスタシア公爵夫人に化けたアデーレとの愛のデュエット、楽しく愉快なシャンパンの歌、そしてキス・キス・キスの歌。刑務所の場面からのアイゼンシュタインを追求する歌、そしてフィナーレの歌。これで11曲。よくぞ、歌いに歌ったものだ。

 この人あっての「こうもり」だったのがよくわかる。

★歌で綴るお芝居を支えた歌手たち

 タカラジェンヌがオペラ歌唱をする作品は珍しい(全くないわけではないらしいが、私は他の例を知らない)。そんな作品で気を吐いたのが星組の歌手の方々。

 まずはなんといってもアイゼンシュタイン侯爵家のメイド、アデーレ役の妃海風。彼女も今回はこれまでと違う「歌手」としての面を見せてくれた一人だ。何しろ登場シーンからいきなり「アーアアー、アーアアー」とものすごい高音を響かせて歌い出す。

 今回、妃海はオペレッタでクラシック歌手が歌うのと全く同じキーのままで歌っているらしい。彼女は元々高音は得意ではなく、声楽の先生からは「歌い続けると声が潰れるかも」とまで言われていたそうだが、初日から約一ヶ月経って、以前に見た時よりもさらに声がよく出るようになったと感じられた。

 実は数日前に見た新人公演でアデーレ役を演じていた真彩希帆は妃海よりさらに声の出る超絶ソプラノ歌唱だったのだが、逆にそれを聞いて私は妃海の魅力を再確認できた。妃海は歌手であると同時に役者なのだ。愛らしい姿とクルクルと変わる表情、ファルケに淡い恋心を抱いた時の恥じらいとうっとりと相手を見つめる表情。お顔はファニーフェイスだけれど表情美人で目の中に入れてしまいたいくらいの可愛さだった。

 「可愛い」を技術で表現する。宝塚の娘役さんというのはそこがすごいのだなぁとあらためて感心した。

 従僕アルフレード役の礼真琴。オペレッタのアルフレードに比べると歌う場面は少ないものの、短いソロもある。彼女ももうちょっと聞いていたいと思わせる「いい声」の持ち主だ。今回はそれにコメディタッチの芝居が加わって十分に楽しませてくれた。ただ、顔立ちのせいか、気取っても子供っぽく見えてしまうのはご愛嬌。そろそろ男役として魅せる演技を期待したい。

 大柄な身体から迫力ある声量たっぷりの声を聞かせたのはオルロフスキー公爵を演じた星条海斗。エネルギッシュに歌うかと思えば、芝居では一転威丈高に出てみたり、憂いに満ちた顔を見せたり、拗ねてみたりと様々な面を見せる。一節だけソプラノで歌う場面もあって、その意外性も良かった。

 そして、意外と言ったら失礼だが素晴らしい歌手っぷりでを作品を締めたのがラート教授役の汝鳥伶。ラート教授は宝塚オリジナルの登場人物で、見た目はずんぐりした初老の男性だが、愛の妖精、愛を語る詩人でもある。晩餐会の夜と刑務所の場面をつなぐ幕前芝居で一曲ソロを歌うのだが、これが何とも言えぬ味わいがあった。これこそ「芸」だ。

★星組のコメディエンヌたち

 アイゼンシュタイン役の紅が物語のコメディ場面の多くを担っていたこと、その相方を務めたのが刑務所長フランク役の十輝いりすだったことは前回の感想にも書いたが、他にも芝居で目立っていた人たちがいた。

 オペレッタでも「歌わない役」として知られている看守フロッシュ役の美稀千種。鍵がないと知っていながらオルロフスキーに手錠をかけて、結局ずっと二人で手首をつながれたままでいるという役だが、軽妙な仕草とセリフの間の良さはお見事。何をやっても可笑しい、ちょっと変な酔っ払いおじさんという感じが実にうまく出ていた。

 前回見たときより格段に良くなっていたのが弁護士ブリント役の七海ひろき。ブリントはアイゼンシュタインの邸からほうほうの体で逃げ出した後、再び刑務所の場面に現れる。真面目で職務に忠実だが、全く融通が利かずどこか小心な弁護士と、傲慢でいい加減なアイゼンシュタインとの「噛み合わない可笑しさ」が公演終盤になってようやく出てきた感じだった。

 オルロフスキー公爵家の侍従長イワン役の天寿光希も、大仰でタメのあるセリフ回しで笑いを誘っていた。「殿下がマデイラワインをご所望だ」という台詞ひとつでもっていくのは流石。

 ただ、私には彼女の侍従姿には見覚えがある。それだけ天寿は侍従をやらせると上手い、ということなのかもしれないが、タカラジェンヌの旬は短いのだから、似たような役を繰り返すのは気の毒だなぁとも思う。

 ファルケ博士の四人の助手たちの中では、瀬央ゆりあが良かった。研究室の場面で、ファルケが「銅像に縛り付けられた」と言うたびに、「銅像ではなく大理石像です」と突っ込むのだが、本気でファルケに噛み付く芝居で笑いを取っていた。

★歌声と笑いとシャンパンと

 芝居の中では、メイド(に化けたロザリンデ)にシャンパンを頭から浴びせられたカンカンに怒ったアイゼンシュタインに、オルロフスキー公爵は「シャンパンは酒の王、その洗礼は甘んじて受けなければならない」と告げる。

 そこでファルケが「せっかくですからお客さまにもシャンパンを味わっていただいては」と言い、幕間に劇場売店でシャンパンが飲めますよ、という宣伝があってから有名なシャンパンの歌が歌われるわけだが、実はこのシャンパンこそが、物語のもう一つの主役だった。

 東京宝塚劇場の二階のカフェでは、以前からアルコール類が売られていて、私も以前にビールやワインを飲んでいる人を見かけたことはあった。だが、今回ほどアルコールが売れたことはないんじゃなかろうかというくらい、老若男女、大勢の観客がシャンパンを飲んでいた。一杯千円は決して少なくない金額であるにも関わらず、だ。

 せっかくだからと私もシャンパンを頼んでみた。シャンパングラスを模したプラスチックのカップに入った液体は意外に辛口で、でも口の中で弾ける泡が爽やかで、飲むうちにアルコールがほんのりと効いてくるのがわかる。

 シャンパンの歌を聴き、幕間にシャンパンを飲むのは最高だ。何より舞台上で繰り広げられた面白い晩餐会の末席に見ていた自分も連なっているかのような気分が味わえる。ああ、こういうことだったのか、と私もようやく腑に落ちた。

 華やかな舞台と、心地よい歌声と、笑いと酒。それがあれば後は何も要らない。あたりを見回すとやはりそんな思いを抱いているのか、グラスを手に笑顔の溢れるご同輩ばかり。飲んで楽しむ宝塚もいいじゃない。ありがとう、星組。

【公演data】「こうもり−こうもり博士の愉快な復讐劇−」はヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ「こうもり」を原作とするミュージカル。2016年3月18日〜4月25日に宝塚大劇場で、5月13日〜6月19日に東京宝塚劇場で上演された。脚本・演出は谷正純。並演はショー・スペクタキュラー「THE ENTERTAINER!」。

#宝塚 #takarazuka #星組

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