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2018/10/15 「エリザベート」

★愛と希望のエリザベート

 久々の「エリザベート」上演は月組。ついに来たか、という感はある。

 タイトルロールのエリザベートを演ずるのは月組トップ娘役の愛希(まなき)れいか。彼女は今年で入団10年目、トップ娘役になって7年目。背が高く、首が長く顔が小さくてドレスが似合う。彼女はこの役を演ずるのに十分な資質のある人だ。さらにこの役を演ずるに必要なだけのエネルギーを持ち合わせている。

 トート役は月組トップスター珠城りょう。彼女は172センチの長身と男らしい体躯、そして大らかな性格が魅力的なスターさんであるが、基本は「芝居の人」である。トートというのは「どう演じてもそれはアリ」という役だが、どんな風に演じてくるのか実に楽しみだ。

 しかも、今回は宝塚友の会の先行チケットが当選した。エリザのチケットが友会で当たるなんて、2005年の彩輝トート&瀬奈エリザの時以来だ。これはもう奇跡といっていい。

 チケットを握りしめ、私は久しぶりの東京宝塚劇場に向かった。

★主な配役

トート(死、黄泉の帝王)…… 珠城りょう
エリザベート(オーストリー皇后)…… 愛希れいか
フランツ・ヨーゼフ(オーストリー皇帝)…… 美弥るりか
ルイジ・ルキーニ(アナーキスト)…… 月城かなと
ルドルフ(オーストリー皇太子)…… 暁千星・風間柚乃
少年ルドルフ…… 蘭世惠翔
ゾフィー(皇太后、フランツの母)…… 憧花ゆりの
ルドヴィカ(エリザベートの母)…… 夏月都
マックス(エリザベートの父)…… 輝月ゆうま
ヘレネ(エリザベートの姉)…… 叶羽時
グリュンネ伯爵(皇帝の側近)…… 紫門ゆりや
ラウシャー大司教(皇帝の側近)…… 千海華蘭
リヒテンシュタイン伯爵夫人(女官長)…… 晴音アキ
ツェップス(オーストリーの反体制派)…… 光月るう
エルマー(ハンガリーの革命家)…… 蓮つかさ・暁千星
シュテファン(ハンガリーの革命家)…… 風間柚乃・蓮つかさ
ジュラ(ハンガリーの革命家)…… 春海ゆう
マダム・ヴォルフ(娼館の女主人)…… 白雪さち花
マデレーネ(娼婦)…… 天紫珠李
ヴィンディッシュ嬢(精神病院の患者)…… 海乃美月

 今回も宝塚エリザベート恒例の役代わりがある。私が観劇した日はルドルフ:暁千星、エルマー:蓮つかさ、シュテファン:風間柚乃だった。

★歌詞がクリアに聞こえる?!

 宝塚版のエリザベートがこれだけ再演を重ねても人気が衰えないのは、物語の構造が非常によくできている、楽曲が素晴らしい、演出がこなれている等々、舞台作品としての完成度の高さによるところが大きい、ある意味改良の余地はもうないだろう、私はそんな風に感じていた。

 ところが今回の月組エリザは様々な点で私の予想を大きく裏切ってくれた。

 最初に「あれ?」と思ったのは、歌詞がクリアで想像以上に聞き取りやすかったこと。宝塚の出演者は全員女性なので、どうしても低音域が出ないことがこの作日では当たり前なのかと思っていたのだ。

 若き皇帝の執務室での重臣たちの歌、エリザベートの部屋の前で扉を開けてくれというフランツの歌の出だし、これまで「音が出てなくて当たり前」だったところが今回はなぜかきちんと聞き取れる。

 出演者の皆さんの研鑽の成果なのか、それとも女性の音域に合わせて音程を少しあげているのか、あるいは東京宝塚劇場の音響設備が変わったせいなのか、理由はよくわからないけれど「明らかに違う」のはそうしようという意図があってのことだろう。

 歌詞がクリアに聞こえてくれば、芝居としての面白みもぐっと増してくるというものだ。

★宝塚らしい「愛」あるエリザ

 珠城トートは外見とは裏腹に少年のように純情に、そして優しくエリザベートを愛していたのが新鮮だった。それでいて従者たちを引き従えて踊る姿は男らしくダイナミックで迫力がある。

 高校の運動部のキャプテンが、好きな女の子の後を付け回して、拒絶されるたびにがっかりする。たとえは悪いが、そんな青臭い若さを感じさせるトートだったのが面白い。珠城が五組でもっとも若いトップスターであることをあらためて思い出した。

 トートというのは案外演ずる人の芸歴の現れる役なのかもしれないなどと思う。

 美弥るりかのフランツは見た目にも細くひ弱で、母ゾフィーなしではやっていけない感じ。そんなフランツが初々しい少女エリザベートに惹かれ、美しく成長した彼女を失いたくないと思い、晩年になっても彼女を求め続けてやまない。その姿はどこか痛々しく胸をついた。

 そうは言ってもやはりエリザベートはミュージカル。率直に言えば珠城も美弥も歌はかなり苦戦していた。これまで珠城・美弥が歌が苦手だなんて思ったことはなかったのだが、この作品ではほぼ全てのセリフが歌で綴られていく。トート、フランツは歌う曲数が多く、その上、必ずしも彼女たちの得意な音域ではない。

 その苦しい状況でもエリザベートへの愛を貫こうという姿を見せてくれたのはさすがだった。「二人の男が一人の女性を愛する」というラブロマンスの王道的な枠組みをきっちりと抑えたことで、実に宝塚らしい味わいの「エリザベート」だった。

★現代的な愛希エリザベート

 束縛を嫌い、自由を求めるエリザベートの姿は演じ方によってはわがままで迷惑な女性にも映りがち。愛希エリザは自分の運命は自分で切り開く凛々しさと覚悟が見えて好感が持てた。

 愛希れいかは美人ではない(と思う)。「その美貌で国を動かす」というのには少し無理がある(と私は思う、あくまで個人的見解です)。でも、ドレス映えのするプロポーションで歌えるのが強みだった。溌剌とした生命力に溢れており、それがトートとフランツを惹きつけるという点には説得力があった。

 演じ方の点でも新しかった。彼女は「美貌の皇后」という言葉から連想されるクラシカルな佇まいからはほど遠く、娘時代はじゃじゃ馬、結婚式では田舎者丸だし。これほど優雅さのかけらもないエリザベートは初めて見た。

 が、そんな少女がやがて大人の女性となり、美貌を武器に自信をつけ、発言力を勝ち得ていく様を見るのは痛快でもあり、いつしかその姿に私も引き込まれていた。

 女性の人生では家族との軋轢はつきもの。愛希のエリザベートはそれを乗り越えてなお強く生きる姿が美しく勇敢だった。現代の若い女性観客が共感できるエリザベートだったと思う。

★暁ルドルフの意外なはまり具合

 二幕では皇太后ゾフィーの策略でフランツとエリザベートの結婚生活は破綻し、エリザベートの出番もぐっと減る。彼女に代わってトートと絡むのが皇太子ルドルフである。

 登場してから約15分間の出番で、国の将来を憂い、父と対立し、かつての母の姿に憧れ、革命を夢見て破れ、母とすれ違い、トートの手に落ち自死するまでを演じきるという大役だ。

 この日のルドルフは月組若手スターの暁千星。暁ルドルフは登場したときからその「大きさ」がひときわ目立っていた。ひ弱なフランツと痩せ型のエリザベートからどうしてこんな立派な体格の健康優良児が生まれたのか、という感じではある。

 とはいえ、大きな体の割に表情にはどこか幼さが残っていて、中身はまだ大人になりきれていないアンバランスな青年という雰囲気が悪くない。暁の男役らしからぬベビーフェイスが、この役では功を奏した。

 歌はまだまだ研鑽の余地ありだが、体格に見合った声がよく出ていたのも好ましかった。

★一番の驚きはルキーニ

 珠城トート、愛希エリザ、美弥フランツはそれぞれにこれまで見かけなかった演じ方が面白かった(そして暁ルドルフは好みだった)のだが、今回一番驚かされたのはルキーニ役の月城かなとである。

 過去に彼女が出演していた作品では、役の後ろに必ずそれを演ずる月城かなと、美しい顔立ちでちょっとシャイだけれど真面目な性格の男役の姿が見え隠れしていたのだけれど、今回、それが全く感じられなかった。舞台に登場したときから最後まで、そこに居るのはイタリア人テロリスト、ちょっと頭のイカれたルイジ・ルキーニしか見えなかった。

 ルキーニは狂言回しであり、ほとんど他の演者とは絡まない。それ故とても「演じにくい役」だと聞いている。にもかかわらず月城はこの役を実に楽しそうに演じていた。役への入れ込みようが半端ではないというのがはっきり分かる。

 まるで月城かなとだけがもう1000000回くらいルキーニを演じていて、セリフも歌もすべてが自分のもの、と言わんばかりの状態。これはいったいどうなっているのかと思ったら、どうやら彼女は宝塚に入団する前から熱烈な宝塚ファン、しかも「エリザベート」の大ファンであったらしい。

 しかも、大劇場では一時体調不良で休演した美弥るりかの代役でフランツ役も一週間ほど務めたというのだから恐れ入る。いずれはこの月組エリザこそ彼女が「大化け」した作品だったと語られることになるだろう。

★積年の謎が解けた?!

 月組エリザベートは私の心に予想外の作用をもたらした。私がこの作品に感じていた違和感の謎が結び目をほどくようにするすると解けていったのだ。

 私は長い間、エリザベートとトートをめぐる物語は終盤で破綻していると感じていた。ルドルフの棺にすがり死を望んだエリザベートに対し、トートが「まだ私を愛してはいない」と拒絶し、その後再び彼女への思いを込めて「愛と死の輪舞」を歌いあげる。これはあまりにも不自然だ、と。

 ところが今回、この展開に合点がいった。ストンと腑に落ちた、と言ってもいい。

 トートがエリザベートの願いを受け入れてしまうとルキーニにとっての「あるべき正しい結末」にならない。「トートがその愛ゆえに自分にエリザベート殺害の使命を与え、自分はそれを遂行した」というのが狂人ルキーニの主張であり、彼自身が手を下すことで初めてトートの愛は成就する。そうでなくてはならない。

 不自然だと私が感じた展開は、実はルキーニがその歪んだ心で描いた妄想なのだ。そもそもエリザベートをめぐる物語はルキーニが皇后殺害の理由を問われて彼女にまつわる人々の魂に語らせるところから始まった。そう、タクトを振っているのはすべて彼、物語は始まりから終わりまでルキーニの妄想の中の出来事なのである。

 長年宝塚エリザを見続けてきたが、今回初めてその構図が鮮明に眼前に立ち上がってきたことに私の心は震えた。月城ルキーニおそるべし。

★エリザベートに正解なし

 「黄泉の帝王トート」という存在はルキーニというイカれた男の皇后エリザベートに対する歪んだ執着を具現化したものだったのかもしれない。そう考えると「偉大なる愛、グランドアモーレ」は、ルキーニの自画自賛の叫びにも聞こえる。

 何度も見てるはずなのに、これ、すごく面白いじゃないの。

 「エリザベート」という物語は再演されるたび、それを上演するスターや組によって様々に形を変えて私たちの前にあらわれる。初演雪組版から受け継がれたオーソドックスな「エリザベート」とはかなり趣は違うけれど、私はこの月組版エリザベートを心から楽しむことができた。ありがとう月組さん。

 そして、さようなら愛希れいか。宝塚屈指のショースターだったあなたが去るのは寂しい。退団後もまた舞台で活躍してくれることを心から祈ります。

【作品DATA】「三井住友VISAカード ミュージカル エリザベート−愛と死の輪舞−」脚本・歌詞 ミヒャエル・クンツェ、音楽 シルヴェスター・リーヴァイ、オリジナル・プロダクション ウィーン芸術協会、潤色・演出 小池修一郎。宝塚大劇場で2018年8月24日〜10月1日、東京宝塚劇場では10月19日〜11月18日に宝塚歌劇団月組が上演。


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