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北海道マラソンを走り終えて

2022年8月28日日曜日、8時30分。曇り時々晴れ。
人生で初めて経験する長い闘いが始まりました。
そもそも、2021年大晦日に家族と2022年の目標を語ったとき「来年はマラソン完走する」と言葉にしたことが北海道マラソンに出場する発端でした。
とはいえ「死ぬまでに一度はフルマラソンを完走したい」と若い頃から思っていたことも事実。心身のピークを越えた47歳での初挑戦は時期を誤った感もありますが、そんなときは「行動に移すか、移さないか」マインド!。出場することに迷いはありませんでした。

おっさん鈍足ランナーなりに練習を積み重ね、完走できるペースを試算。時計を見ながらペースを考えて走るものの、他の参加者のテンションが肌感覚で伝わり、否が応でも加速してしまいます。「勝負は30km過ぎてから」と自問するものの、2時間・3時間と経過するに伴い、集中力が途切れていくのがわかりました。
新川通に突入してからが正念場なのはご承知の通り。が、25km付近には高校の先輩家族が沿道で応援してくれているため、それを励みに走りました。このとき明らかにペースアップしており、いっちょ前に「ランナーズハイ」になっていたと思います。「行けるとこまで行ってみよう」という妙なポジティブ思考になってしまい、結果としてこれが地獄を見ることに。

先輩家族の応援を背に受け残り15km。しかし、気付けばエネルギーはゼロに近付いてました。それに加えて、今まで感じたことのない下肢の張りと痛みが襲ってきました。ここからは関門の制限時間との闘いへ移行。表示される制限時間を見ては「あと20分余裕がある」と確認し、挫けそうな心を奮い立たせます。このときの沿道の応援、給水所のボランティアの学生の元気は涙が出る程嬉しかったです。

北大構内に入ればゴールもあと少し。ゴール付近には妻と息子も待っていてくれるので、せめて二人には歩いている姿ではなく、走っている姿を見せたいと思うものの両足痙攣するシマツ。昔、24時間テレビで見た欽ちゃんのような走り方、いや歩き方になりながらも、奇跡的に走っている場面を妻と息子には見せることができました。

そしてゴール。憧れだったメダルとバスタオルをゲット。

メダル

フルマラソンを走る前は、完走後に「やったぞ」と達成感に浸ることができるのだろうと思っていましたが、それは上級ランナーの感じること。私のようなおっさん鈍足ランナーは達成感よりも、様々な人たちに支えられている充足感の方が大きかったです。見ず知らずのランナーを真剣に応援してくれるちびっ子、休みにも関わらず声を枯らして給水を用意する高校生。そして大会前に色々とコンディション調整してくれた家族、友人など。サポートする上で大事なことを北海道マラソンを通じて実感できました。

レモンサーズとして公式大会に記録することが出来て良かった。次は10月2日開催の札幌マラソンにガイドランナーとして出走します。

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