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共依存

人はなぜ恋をして、恋人を作るのだろう?

今日は私の友だちの話をしようと思う。


Aちゃんは自分に自信のない実家に難ありの23歳の女性で、恋人がいる。

その恋人のBというのは少し年上で実家暮らし。現在無職。趣味はネトゲ。モラハラ気質。


このカップルは幾度となく揉めては仲直りを繰り返し、仲直りの度にセックスをしている。Bのここが嫌だあそこが嫌だと言いつつ結局元サヤに戻る。

当然、周りの人間は家族も含めて大反対で応援などしていないし、友人一同も勝手にすれば?状態である。


Aちゃんは必ず「私にも悪いところが…」というが、大体Bの優しさの押し付けや、心配という名の束縛、別れるという言葉の多様による脅しなのだ。

共依存の典型的な例だと思う。

家に居場所がなかったり、親と折り合いが悪かったりすると別なところに依存先を探し、見つかるとそこに依存する。快楽と逃げ場がワンセットなら誰でもそこを根城にしたがるのもわかる。


せっかく手に入った自分だけの場所なのに、自分からそれを捨ててしまうのは勿体無い。怖い。

そんな気持ちが理不尽な要求を飲み込んでしまうんだろう。


私は幾度となく同じような話を聞いてきた。

結論として自分で蹴りをつけるまではずっとこのままだと思っているし、止める気もない。友だちとしてどうなのか?と問われれば間違っているかもしれないが、共依存はどちらかの目が覚めなければどうにもならない。

人肌の様な、暖かい歪んだ優しさの底なし沼から引き上げる力など友だちには無い。つまり無力。


出来る事は這い上がってきたときに、「おかえり、お疲れ様。飲みにでも行こうか!」と前と変わらぬ態度で接することだけ。

今、もし共依存してる人がこれをみていたら、一つだけ参考にしてほしい。


貴方は今、周りから見て不幸せに見えていて「もう別れなよ」と言われているなら今が華です。

「またかよ」は最終通告で、音信不通は友だちクビ。


たった一つの居場所を守るために、たくさんの自分の心と時間、居場所を失う、なんて事の前に見切って燃えるゴミにいれた方が身の為だ、と。

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