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私にとってビジネスとは何なのか。

みなさまこんにちは!RENです。

ずっと【自己中心的な言動と自己主張との違い】の記事を書いているのですが、まだまだ納得いっていないので、今日はブログのような感覚で自分の思っていることをダラダラと書いていこうと思います。

私にとってビジネスとは

今のお仕事になる前までは、様々な職種で雇われて働いてきたのですが、いただいくお給料に見合った働きをすることと、プラスアルファーの働きができたら100点という感覚でお仕事をしていました。

ちなみに人に雇われて働くのはとても好きです。しっかりやっていれば、毎月計算できるお金が入ってくるのは、とても豊かな事だと思っているからです。
けれど過剰に評価されてお給料が上がりすぎたり、プチボーナスをいただいてしまうと困惑し“そんなに貰えるほどの働きはしてないから“と、何故か悲観的になり、その状況に耐えられなくなります。

変なやつですよね。多く貰ってると思っても喜んでおけって話です。
でも“自己肯定感の低さが異常“であった私にとっては“苦痛“になってしまっていました。

今は誰にも雇われずに1人で働いていますが、上記のような感覚を持っていると“ビジネスにすごく向いていない人間なのではないか“と思うのです。

よく「稼ぐ気あるの?」って周りから言われます。生活に困っているから、稼ぐ気はもちろんあります。

いつも言っている通り、お金に困っている人を助けたいからという気持ちが一番にあるので、なるべくならこうやってYouTubeで皆様が無料で見れて、私は広告費としてGoogle(YouTube)からお金をいただけるような状況でお金を多く稼げたらそれが一番ベストだと思っているのです。

ただ、現在YouTubeの占い師とは別に数個の新しいビジネスについて着手しています。それらに投資もしてなければ、お金もいただいていない状態。

“え?それってビジネスじゃなくない?“

って言われるかと思いますが、一応ビジネスではあるのです。

“私にしかできないことをお手伝いさせていただいている“ということと“成果報酬“のような形を取らせていただいているのです。
つまり“初期投資はボランティア“のような感覚に近いのです。

ただ、その物事を承諾するにあたって、私が大事にしている条件は“相手への信頼性の高さ““売れる物なのかどうか““本当に私じゃないと出来ないことなのか““私がそれらを手伝って、わくわくするかどうか“という事です。

なので承諾しているものは全てクリエイティブ性があり(発想なども含め)ワクワクする物であり、愛が循環しそうな事柄です。

まだ結果が出ていないので、どうにも言えることではないのですが、私は自分自身の評価がそもそも低いので“本当に私じゃないといけないことなのか“というのは、最も重要になります。

これらは対人関係においてもそうなのですが、恋人でも友人でも“本当に私じゃないとダメな理由“がないと、一緒にいる意味がないと感じてしまうし、私も相手に対して、あなたじゃないとダメな理由が他者ではなく、その人そのものに存在しています。

こういうことを言うと俗に言う“メンヘラ“みたいな感じになってしまいますが、これはとても大切なことだと思っています。

“その人に光る物“を感じるからこそ、引き受ける。人生においてとても重要なことだと、素人ながらに思っています。じゃあそれ以外の人は?と問われたら“成長と育成“の段階が必要というだけで“光るものを持っていない“というわけではないということが一点。

もう一点が、“技術としてクリエイト“する人・“企画者としてクリエイト“する人・“サポートとしてクリエイト“する人など、人の持っている能力や技術によって、クリエイト方法が変わるので、タッグの組み方も変わります。
人々の能力はオーケストラと一緒なので。


話を戻して、よくハンドメイド品を売っている露店を見かけますが、どれも前にも見たことがある・似たようなデザインばかりが並びます。だけどハンドメイドって高い。
私は“似たようなもの“に対して購買欲を持たないので、こういう時は買いません。

私の祖母は、工芸品や陶芸、アンティークの物を買い集めるのが大好きでした。お店を一度たたんだ時に、20畳くらいある広いお店の中に、それらがたくさん並んでいました。
祖母は集めては売って、また新しい物を買っていたので、遊びに行けば常に新しいアンティークものが並んでいました。

それらと触れてきた私にとって、古いもののデザイン性の良さがわかる反面、じゃあ新しいものは“どうあったら面白いのか、ほしいのか“を良く考えます。

時代の流行はまた回ってくると言いますが、やっぱり昔と全く一緒ではありません。いろんな要素が混じり合って“昔にも流行った雰囲気“を持っています。

私は新しいものが好きです。
だからこそ“その人にしか作れない物“のお手伝いをさせていただいています。

私にお金が回ってくるかどうかは二の次三の次です。

なんで忙しい中、そんなことをわざわざするのかと言われたら“世の中がつまらないから“かなーと私は思います。

ここ数年、全く新しい商品に興味がない状態が続いています。
“これあの店でも似たようなもの売ってたなあ“と思うと、買わないので。

だからこそ、これは今までにないなー美しいなーと思うものや、その発想は新しいね絶対やった方がいい!と思うことにはどんどん手伝って、面白い日本を作っていきたいなと思っています。

昔から日本は、変態大国です。つまり発想の豊かさの宝庫です。鎖国していたからこそ日本には独自のカルチャーが根深く、開国してからも、大正ロマンの袴にブーツスタイル、昭和〜平成初期にかけてのアニメ・ゲーム文化だって、他の国に負けてなかった。

昔の東京にはタケノコ族から始まり、渋谷系のヤマンバメイク・ギャルファッション・裏原・ロリータ・ゴスロリ・V系ファッション。はたまた茨城が発祥のルーズソックス、ヤンキー独自の長ラン単ランボンタンなど、それらがおしゃれかどうかは別として、日本は独自のファッションスタイルを持っていましたし、低価格の服屋にも変わった服が並んでいました。
そんな時代の波がもう一度やってきたらいいのにと思っています。

だから任天堂がSwitchを出してからというもの、また盛り上がっていることに私はめちゃくちゃ喜んでいます。

正直、様々な分野において、他の国のそっくり真似事に飽きているんでしょうね。(もちろんアンティーク・他国の文化やデザイン性は大好きですが、新しい発想力が欠けすぎているという意味でのお話です)

だから微力ながらでしかなくとも、そんな面白い日本になってくれたらいいのになと指を咥えるのではなく、その1ミリにでも携わっていたいなと思うのが、私の願いでもあるのかなと思います。

そんな感じで、まだまだ貧乏なのですが、私流のビジネスがうまく流れていってくれたら、高次元の存在やスピリチュアル界隈で言われる“風の時代“の本領発揮を肌で感じることができるのではないかなと実験のような感覚で楽しんでやらせてもらっています。

REN

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