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「覚えてる?」


 新幹線姫路駅の改札を出て、迎えのワンボックスカーに乗り込む。
筆者の故郷、兵庫県三木市にもほど近い、加西市へと向かったのは、2022年の夏だった。



 この日の仕事は、講演会。
「一発屋ごときが何を語るんだ!?」
とお叱りを受けそうだが、“中2の夏から不登校、そのまま6年間ひきこもり”という過去を基に色々喋って欲しいとのオファーをいただいたものだからご容赦願いたい。

 道中、ハンドルを握るのは、今回のイベントの主催者である市の職員の男性。
気を遣っているのか、
「いや~、今日は遠いところ、本当にありがとうございます~!」
などとバックミラー越しに何くれとなく話し掛けてくれる。


 コチラと同じくらいの年齢かなと当たりをつけたが、“くらい”どころか、
「山田君、僕のこと覚えてる?」
と尋ねられたのをキッカケに、小学校の同窓生という事実が判明。
……いや、驚いた。


 ちなみに、筆者はこの手のやり取りが、正直嫌いである。
「覚えてる?」と聞いてくる以上、思い出して欲しいのは間違いないだろうが、であれば、「いつ」、「どこで」知り合った「誰それ」ですと、さっさと素性を詳らかにしてくれれば済む話。

それをわざわざクイズ仕立てにする意図が分からぬし、「覚えていない」と答えたが最後、「不誠実な人間」とのレッテルを貼られそうで恐ろしい。
大体、一方的に人間性を試すような真似は失礼だ。

それとも、己の個性や印象の強さに、よほどの自負でもあるのか。
いずれにしても、ちと傲慢……と頭に過った諸々は、億尾にも出さず、
「えっと……ごめんなさい」
とさっさと白旗をあげた筆者。
単純に、億劫、面倒臭かったのである。


 すると、
「あの、一緒のクラスには1回もなってないねんけど……」
……さすがにそれはキツイ。
面影のあるなしどころか、 “面”を知らぬ。

「へー……あっ、そう……」
と口籠るしかない筆者のモヤモヤを、
「おーっ!これは嬉しい!!」
と懐かしさでプラ・マイゼロにまで押し戻してくれたのは、彼が持参していた卒業アルバムだった。

 ページを捲っていくと、「楽しかった運動会」「遠足の思い出」といったホッコリしたタイトルが並ぶ文集ゾーンに突入。
俺のはどこかなぁとパラパラやっていると、あった。

……「戦争と僕」。

(いや、ウソつけー!)

かつての自分、小6当時の痛々しい自意識に心の中でツッコむ。
大人ぶって先生にアピールしたかったのか……赤面しつつ、会場に到着した。



 詰めかけた聴衆は、近隣の小学校の教諭、約200名である。
いよいよ本番……と舞台袖で控えていると、“教育長”による開会の挨拶が、待てど暮らせど終わらない。
事前の打ち合わせで聞かされていた“5分程度”はどこへやら。

「それでは、山田ルイ53世先生にご登場いただきましょう!」

と司会の女性から紹介されたときには、予定の時刻をゆうに20分は過ぎていた。


 芸人の性で、
「いや、話長いわ!」
と開口一番お偉いさんを“イジった”筆者。
絶好の“ツカミ”の甲斐もあり、終始盛り上がったままステージは幕を閉じる。

 さて、お暇しようと楽屋を後にすると、
「ありがとうございます!」
と思いがけない数の客、即ち、先生たちに囲まれた。

自分の講演内容に手応えはあったものの、
(……こんなに!?)
と反響の大きさに戸惑っていると、
「皆、思ってたんです!」
「言ってくれて助かりました!」
「スカッとしました!」
と口々に……どうやら、教育長のお喋り好きは今日に限ったことではなかったようだ。

講演会の模様(別日)



 もはや、その歓待ぶりは『ドラクエ』で、
「洞窟のモンスターを退治して!」
という村人たちの願いを叶えた勇者ご一行様へのもの。
あるいは、悪(ではないが)代官を懲らしめ、次なる世直しへと旅立つ水戸黄門か。


 ドアミラーの中で、いつまでもお辞儀を止めぬ彼ら・彼女らの姿が小さくなっていくのを眺めていると、「じーんせーい、らーくあーりゃ〜……♪」という例の歌が脳内再生される。

……満更でもない。


 まあ、筆者は、天下の副将軍でもなければ、越後のちりめん問屋でもない。
しがない一発屋の貴族。
印籠の代わりに掲げるのは、ワイングラスである。






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