見出し画像

2つのWBCが教えてくれた時代の変化①〜野球編

世の中のWBCフィーバーもだいぶ落ち着いてきたが、今回のWBCが世の中に与えたものは、目に見えないものも含めて、人々が思っているよりもずっと大きいのではないだろうか。

普段は野球を見ない私も、今回のWBCばかりは積極的にチャンネルを合わせた。やはり、大谷翔平とダルビッシュが同じチームで戦う姿を見てみたかったからだ。今や2人とも世界レベルのスター選手で、これまでの日本の野球選手とは体格も野球への向き合い方も違う桁違いのかっこよさ。そんなスターを見てみたかったのだ。

そして、実際に見たWBCは予想をはるかに超えて面白く、元気を与えてくれた。日本チームの初戦から決勝までの波瀾万丈なストーリーはもちろんのこと、職業二刀流のチェコチームとの交流などから垣間見えた他国の野球事情も興味深く、試合だけでなく、国際親善の場面も微笑ましい素敵な大会だった。

近年、オリンピックなどの国家意識が全面に出る大会では、選手の人となりや感動エピソードなど競技とは関係ない内容のVTRが流されることが多く、こういうの必要?なんて批判することも多かったが、今回のWBCでテレビを賑わしたのは、メディア側が無理やり引っ張り出してきた子供の頃の感動秘話などではなく、大会中の選手同士の交流エピソードが中心で、作り物感が少なかったのも良かった。チェコの選手がYoutubeで日本のスナック菓子の紹介をしているとか、それを知った佐々木朗希がデッドボールを当ててしまったお詫びにチェコの選手にロッテのお菓子を持ってお詫びに行ったとか、微笑ましいエピソードに事欠かなかった。野球がまだマイナースポーツであるチェコのチームが純粋に野球を楽しむ姿も清々しかったが、日本チームからも「国の威信をかけた」だの、「日の丸を背負って」だのといったおどろおどろしいワードがあまり聞こえてこないのもよかった。これまでの国際大会とは違う風通しの良さだ。かといって、チーム同士の実力は伯仲、すごいプレイの続出で、手に汗握る試合が繰り広げられ、勝ち負け以前に野球というスポーツの素晴らしさを改めて教えてくれた。今回のWBCはそんな稀有な国際大会だったと思う。ちょっと褒めすぎか(笑)

WBCの優勝で、今やメディアは野球の話題で溢れている。大谷フィーバーで政府にとって都合の悪いニュースがかき消されていると言う人もあるし、実際それは由々しきことだが、だからといって、大谷フィーバーがもたらした良い部分は見逃してはいけないと思う。最初は大谷とダルビッシュが見たかっただけの私も、2人に引きづられて試合を見るうちに、彼ら以外にも日本には素晴らしい選手がいること、さらに、日本の野球界も変わり始めていることを知ることになった。もちろん、いい方向にである。

まず、選手がみんな個性を発しイキイキしていた。大谷とダルビッシュ目当てでテレビをつけた私も、試合を見ているうちに、それまで全くといっていいほど知らなかった選手の顔と名前を覚え、その愛すべきキャラクターに愛おしさを感じ始めた。大会中の日曜日、公園のベンチでは子どもたちが野球カードの交換に夢中になっていたが、その夢中になる気持ちが初めて分かった。

派手さはないけど、的確なバッティングと愛嬌のにじむ走り方で快活さが輝きを放つ近藤。ここぞと言う時に的確に決めるアニキ吉田(顔も吉田沙保里さんに似てますよね)。飄々とした岡本のヒーローインタビューにはこれが今の巨人の4番かと驚いたし、佐々木朗希のまっすぐさに心癒された。その他の選手も皆それぞれに個性があって、その個性が打ち消しあわず、いいところがいい形で出ていて、しみじみいいチームだと思った。

日本野球のこれまでのイメージといえば、甲子園は今どき丸刈りでストイック。プロ野球の世界も、ひと昔前までは、古くさい体育会気質を引きずって、先輩が黒と言えば白くても黒と言わねばならないような男社会の封建的なしがらみに縛られたイメージ。そのファッションも、最近はだいぶ変わってきたようだが、かつてはセカンドバッグに金ネックレス、スーツはダブル、みたいな男臭さの極み。封建的体質の極北である任侠の世界の男たちの世界を感じさせるそのスタイルが、こちらも徹底的な男社会である球界の封建的体質を象徴しているようだった。

三浦和良がいち早く本場ブラジルの渡ったサッカー界がその封建的体質を脱し始め、自由の風が吹き始めてからも、野球の世界は旧態依然として、野茂が大リーグに挑戦した後も、海外に出て行こうとする選手への風当たりは強く、つい最近まで、古くさい日本の男社会の象徴のような場所であった。

しかし、近年はメジャーを目指す選手も増え、日本とは違う組織やチームのあり方を目の当たりにすることによって、これまでのような暗黒ピラミッドの外に出る選手も出始めたのだ。個人主義的なイチローなどもそうした1人であるが、やはり、球界を変えるほどの影響力を持ったのは今回の侍ジャパンを引っ張ったダルビッシュと大谷翔平の2人だろう。

ダルビッシュは球界の大先輩の意見であろうと、それが間違っていると思ったらハッキリおかしいと発言していた。特に、Twitter上での、ご意見番張本勲氏とのやり取りでは、あのコーナー無くなって欲しいと発言するなどし、注目されていた。大谷翔平も多くの大先輩から二刀流を反対されていたが、そんな声に負けることなく己の信念を貫いた。そこには当時在籍した日本ハムの栗山監督の理解もあっただろうし、それよりも何よりも、大谷自身が、二刀流に反対する往年の名選手たちが思いもよらないほどの努力をやっていたのだろう。かつての名選手たちは口々に「プロ野球はそんなに甘くない」だの「プロを舐めるな」だの言っていたが、結果的に彼らの方が人間存在というものの可能性を舐めていたという結果になったわけだ。

現在の大谷は体格にも恵まれているが、かつては痩せていて食も細かったそうだ。それを高校の寮生活時代に、食べるトレーニングと称してたくさん食べることを自らに課し、あれだけの体を作ったらしい。プロになってどんなに稼いでも遊び回るようなことはなく、外食さえしないで、ただひたすら二刀流を実現するための努力に人生の時間を費やしてきた。そんな選手、他にいるだろうか。大谷は人間の身体能力の可能性を舐めることなく、信じて努力を続けた。他の選手がまだ見ぬ次元を体験していたのだと思う。

先日、テレ朝のモーニングショーで、大谷の愛読書として中村天風という人の本を紹介していたが、この中村天風、当時死の病だった結核を患いながら、世界を旅する途中でヨガの大行者に出会い、ヒマラヤで修行の末、結核を克服。その後、94歳まで生きて、過去の経験を元に生き方哲学を説いたという人物。多分大谷はこうした読書体験から、人間存在というものの無限の可能性を信じるようになったのだろう。

過去のデータに頼っての分析とそれに基づいた努力しかできない選手はその先に行くのは難しいだろう。しかし、大谷は過去に例を見ないことも未来の可能性の中に含めて、自分の努力すべき内容を考える。そうすると他の選手とは自ずと行き着く先も違ってくると思うのだ。

二刀流に反対する多くの人がよく、「昔は大雑把な時代だったからベーブルースは二刀流を実現できたが、細かく複雑な分析に基づいた野球が行われている現代ではそれは無理だ」というようなことを言っていた。しかし、大谷が見ていたものはその先にあって、データ分析が想定する領域を超えたところ、奇跡と言われるような領域にまで人間は到達できるという信念があったのではないか。だからこそ前代未聞の二刀流に到達できたのではないかと思うのである。

そんな大谷翔平がこれまでの野球選手と違うのが、どんな局面にあっても楽しくプレイすること、プレイ中も笑顔を忘れない、のびのびした姿勢ではないだろうか。もちろん、真剣な表情や厳しい表情も見せるが、それは不安や萎縮からではなく、どうすれば難局を脱することができるかに集中しているがゆえの表情であり、基本的には常にのびのびと野球している。普通の選手は調子の悪さにさらに萎縮し、監督の目を恐れ、自信を失って暗い表情になっていくところも、大谷は前向きに乗り越える。

今回のWBCではそんな大谷の姿勢と、大谷に先駆けてチームに合流したダルビッシュの兄貴分としてのフランクさや、ヌートバーの明るさが、侍JAPANチームに笑顔をもたらし、肩に力の入らないチームを作った。監督が栗山監督であったことも大きいだろう。

これまでの日本球界にあった、というか、日本の体育会系を席巻していた先輩は絶対という封建的な空気を一掃し、上下の隔てなく技術を伝え合いチームの強化につなげる。
かつては、厳しさを乗り越えろと檄を入れ、苦しい表情で頑張ることをよしとするような、「北風と太陽」でいえば、「北風」方式の指導法が主流だったところに、大谷やダルビッシュは「太陽」を持ち込んだのだ。他の選手も元々能力の高いアスリートである。私の勝手な見立てでは、こうした空気の変化によって、彼らの自主性や責任感がさらに増し、本当の実力を開花させたのではないだろうか。

今回のWBCでの日本の優勝は、ただ優勝したのではなく、日本野球が「太陽」路線に転換しての優勝であったところにさらなる価値があったと思うのだ。もちろんそれが可能なのは、大谷だけでなく、全ての選手の日々の弛まぬ努力があったからで、努力しないで笑っているだけでは太陽も微笑まないだろう。

侍JAPANのメンバーは再びそれぞれのチームに戻って活躍しているが、このWBCでの体験をそれぞれのチームに伝播させて欲しい。

そして、タイトルにも掲げたもう一つのWBCである。野球のWBCを見ていた同じ頃、私が見ていたものの中に、もう一つWBCと呼ばれるものを発見したのだ。その働きを考えてみると、私が今回、野球のWBCを見ながら考えたことに綺麗に重なった。次回はこのもう一つのWBCの話と野球の関係について書きたいと思う。


※現在、座っての作業しかできないため、仕事が限られており、
 書くことで暮らしを立てるべく模索中。
 早急に収入源を確保せねば厳しい状況です。
 何卒、記事の拡散及びサポートよろしくお願いいたします。
 以下からもサポート可能です(手数料が少ないです)

https://checkout.square.site/merchant/ML9XEFQ92N6PZ/checkout/QJBOWTPES6Y42SAEUEYR6ZRC

また、養生しながら暮らしていけるよう、私の現在の体験や学びを、こうして文章にしたり語ったりすることを仕事にできないかと思っております。
自分で稼いで治療も暮らしも賄わねばならないのですが、こうしたおひとりさまが、同じ境遇に陥ったとき、どうやって生きていけるかの実験でもあります。
生活保護では標準治療しか受けられず、標準治療では余命を告げられる段階で、現在の私の考えている生き方の実験はできません。私も大谷翔平のように人間の体の可能性に賭けたいのです。何卒サポートよろしくお願いいたします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?