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同じ音をくり返す(反復とずれ・01)

 この記事では、同意語や同義という言葉とそのイメージ、そして同じ音をくり返す行為を観察し、反復と「ずれ」(差違)について考えます。


しるしという「印」、しるしという「物」


「しるしという「印」、しるしという「物」」という見出しを付けましたが、こんなふうに書ける日本語が私にはおもしろいし、つかっていて楽しくてたまりません。

 しるし――これはひらがなで書かれた大和言葉(和語)です。「しるし」という音と文字を見ていると、次のような連想が私には起きます。

 しるべ、しるし、しるす、しる。
 しるし、印、標、徴、証、著し、験、症、効、章、符、誌。
 しるす、印す、標す、徴す、記す、誌す、識す、銘す、録す、紀す、注す、註す、志す。
 しる、知る、領る、痴る、察る、識る。

 和語である shirushi という音が、「しるし」というひらがなの文字で書かれることによって、私に上のひらがなと漢字からなる一連の言葉を呼びおこしてくれるとか、私から誘いだしてくれる感じがします。

「ずれ(る)」がくり返される、変奏の反復とも言えそうです。いま「ずれ(る)」という和語に変奏という漢語を当てました。「くり返される」には「反復」を当てました。

 粗雑な言い方で恐縮ですが、これは、昔々にこの島々にあり無文字だったと言われる和語という「意味のある音」に、大陸から来た「意味のある形・模様」である漢字を当てたとも言えるでしょう。

 いまの日本語があるのは、そうした「当てる」という作業がつづいてきたからだろうと私は理解しています。

 同時に、「当てる」と「当てられる」は一方向的なものではなく、双方的なものだったのだろうと考えてもいます。

     *

 いっぽうで、印を「いん・in」と読む、つまり音読みする場合には、次のような連想が起きます。

 印、印象、印刷、印字、印画紙、封印、刻印、捺印、押印、印鑑証明、印章、印度、印欧語族……。

 印という漢字をつかった熟語はまだまだあるでしょう。それにしても、漢字の造語力に、私はおどろかないではいられません。漢字からなる熟語のイメージの喚起力にも驚嘆してしまいます。

 おどろく < 驚く < 驚嘆する

 ひらがなよりも、漢字+送り仮名、漢字+送り仮名よりも、漢字熟語(漢語)という順で、力強さや迫力を感じるのです。漢字や漢語の存在感はひらがなや和語よりずっと強いという気が私にはします。

 人それぞれですけど。

     *

 漢字の熟語にかぎっていえば、印を「しるし」と読む、つまり訓読みすると、次のような言葉が浮かびます。

 無印(むじるし)、目印(めじるし)、旗印(はたじるし)

 和語に漢字を当てただけなせいか、迫力に欠けるような印象をうけます。和語はやわらかいし、やさしいのです。私には。

漢字・漢語、ひらがな・やまとことば


 さらに私の印象を言いますと、漢字や漢語は、音読みすると喉につかえます。また、文字の形に目が行きがちで、その意味を理解するのにちょっと時間がかかります。頭に入ってくる感じがするのです。

 いっぽうの、ひらがなで書かれたときの大和言葉は、口にすると舌になじんで、おなかに来るというか、からだにじわっとしみてくるようなのです。音として、するりと入ってくる気がします。

「妊娠した」よりも「赤ちゃんができた」のほうが、すんなりと入ってくると言えば分かりやすいかもしれません。

 音の流れとして、あれよあれよと入ってきながら、意味もちゃんと入っている和語はオノマトペに似ています。

オノマトペ


 こころがはずむ(和語)、興奮する(漢語)、エキサイティング(外来語)、わくわくする(オノマトペ)

 身震いするほどの高ぶり(和語)、興奮して動揺を覚える(漢語)、スリリング(外来語)、ぞくぞくする(オノマトペ)

 上の例では、オノマトペがいちばんわくわくぞくぞくします。

 辞書に載っているのですから言葉なのでしょうが、オノマトペは音の流れ感がとても強くて、言葉ではない感じが濃厚で、意味以前の意味とか言葉以前の言葉だと言いたくなる不思議さがあります。

     *

 オノマトペとは、私の好きな言い方をすれば、実物(本物)のない複製であり、起源のない引用なのです。それが指ししめすものやその出どころが不明なのにリアルであり、おそらくリアルさそのものなのです。

 人のいだくリアリティや臨場感に実体(事実)が必ずしも要らないことの見本が、オノマトペです。

 指ししめす実体がないにもかかわらず、その意味不在の音の響きがみょうにリアルで、指ししめすものを待ち受けている音の流れと言えばいいのか――。

 言葉が実体不在で成立することをすんなりと実感させるという意味で、オノマトペは究極の「言葉」であり、言葉の「不在証明」(意味をずらせてあります)なのかもしれません。

     *

 上の例では、意外にも、外来語であるエキサイティングとスリリングが私にはわくわくぞくぞくするのですが、これは文字というよりも音のつらなりで感覚的に覚えているからかもしれません。

 そのために意味と直結した音として入ってくるみたいなのです。その意味では外来語はオノマトペに似ている気が私にはします。とはいうものの、語感は人それぞれだと思います。

同じ音をくり返す


 しとしと

 わんわん

 ひりひり

 わくわく

     *

 同じ音がくり返されています。私には、前の音と後ろの音がずれて感じられます。自分で口にしても、他人が口にしているのを耳にしても、です。

 頭で考えると、前の音と後ろの音は同じはずです。反復された同音は同じであり同一なはずだ考えるのです。

 音がどう聞こえるかは見えないし、音は発せられた瞬間に消えますから確認できませんが、文字にすると同じ文字ですから、両者は同じだということになります。

 文字にして、それを見ても、文字をなぞるときには、頭や心や魂や身体でとなえていますから、私にはやはりずれて感じられます。

 言葉で説明するのはとても難しいのですが、次のような感じです。

     *

 前の音と後ろの音では、濃淡がすこし違う。力強さが微妙に異なる。

 前の音のほうが、濃く力強く、後ろの音のほうが淡(あわ)いし薄いし弱い。

 前の音は有無を言わせない感じでぶつかってきて、後ろの音はすっと入ってくる。

 前の音は明瞭、後ろの音は曖昧。

 前の音は「あっ!」と迫ってきて消えて、後ろの音は「あれっ!」と通りすぎていく。

     *

 上の文章を読みなおしてみると、なんだか詩のフレーズみたいに感じられます。たぶん、詩みたいなものなのだろうと思います。

「みたい」です。あくまでも「みたい」なのです。

 それがオノマトペの存在感なのだとも思います。「らしい」みたいにもっともらしくはありません。「っぽい」みたいに投げやりでもありません。「みたい」みたいなのです。みたいみたい。

     *

 しとしと。

 同じ音をくり返すと、前の音は導入みたいで、後の音は確認みたいにも感じられます。

 前の音は切羽詰まっていて緊張感をもって受けとめますが、後ろの音は気が緩み、ほっとしながら見送っている感じです。

 こういうのは、朗読や音読、そして歌詞で出てくる、オノマトペや同音のくり返しを聞くと実感できそうです。

 ちょっと誇張して、こころもち前を強めに後ろを弱く、次にこころもち前を弱めに後ろを強く、というふうに自分で発音してみるのが、いちばん分かりやすいかもしれません。

同じ音をくり返さない


 しと

 わん

 ひり

 わく

     *

 しと、使途?、使徒?、ひょっとして嫉妬?

 わん、湾?、お椀のこと?、それとも one かな?

 ひり、ひり?、ヒリ?、hiri?、ひょっとして、り(「る」の活用形です)?

 わく、枠?、惑?、湧く?、沸く?

     *

 しと。

 同じ音をくり返さない。

 これは駄目です。つっかえてぜんぜん入ってきません。ありえないのです。

 単独だと、多義的で多層的すぎて収拾がつかなくなる、とも言えるでしょう。

 しとしと。

 くり返せば、すーっと入ってくるのに不思議です。不思議すぎて気が遠くなりそうです。

 しと
 しとしと

     *

 微妙な「ずれ」を聞き取ってみてください。感じ取ってみてください。とても、びみょうな差違なのです。

 重度の中途難聴者である私には、音としてはもう聞き取れない「差」なのですが、この「ずれ」は身体に染みこんでいて反復されている気がします。

 雨がしとしと降っていた


しとしとぴっちゃん しとぴっちゃん
(0:35から)


雨がしとしと日曜日

反復とずれ


 この「反復とずれ」という連載では、音や文字に限らず、くり返すことの不思議に触れてみたいと思います。

 ふれる、振れる、震れる、触れる、狂れる。ぶれる。ゆれる。ふりふり、ふれふれ、ぶれぶれ、ゆれゆれ、ゆらゆら。
 なぞる、なぞ。なでる。なぞなぞ、なでなで。
 うつる、移る、写る、映る。うつうつ、うつつ。
 反する、写する、反する。ふく・ぷく。
 復する、減する、別する、伝する。版、翻、返、変。はん・ぱん・ほん。

 こうした動詞や文字による連想がテーマになる予定です。

まとめ


 今回の記事のまとめというか、いちばん言いたかったことを書きます。

1)
 こころがはずむ(和語)、興奮する(漢語)、エキサイティング(外来語)、わくわくする(オノマトペ)

 身震いするほどの高ぶり(和語)、興奮して動揺を覚える(漢語)、スリリング(外来語)、ぞくぞくする(オノマトペ)

「同意語」とか「同義」という言葉がありますが、人の言葉において「同じ」とか「同一」はありえず、かならず「ずれ」があると思います。「同一」とは抽象なのです。

2)
 しとしと
 わんわん
 ひりひり
 わくわく

 
 同音をくり返す。人の言葉においては、「同一」の反復はありえず、かならず「ずれ」をともなって反復されると思います。その「ずれ」は具体的には強弱であったり長短であったり、意味やニュアンスや意識の上での「ずれ」として立ち現れます。人にとって「同一」とは抽象なのです。

     *

 大切なことなので、くり返します。

「同一」とは人にとっては抽象なのです。つねに「ずれる」のが人の言葉であり、人の意識だと思います。


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