見出し画像

ホロスコ星物語179

「さて、では、少し一息つこう。こんな場所で申し訳ないが、君も紅茶を楽しんでくれ。王都の茶葉には劣るかもしれないが、我らがベツレヘム原産の茶葉でね。抜けるような香りが心を落ち着かせてくれるはずだ」

侯爵はあれから、そういえば君の名前は、や、王都では何を、といった、ありきたりな世間話のような問いを続けて、尋問をしていた時とはうって変わった、人懐こそうな笑みなんか浮かべてきて。小恵理も一度気分を切り替え、はい、と頷きます。

名前は、とりあえずキーリと偽名で名乗って、王都では学院生だった、とまでは話しました。調べるきっかけを与えたくはなかったけど、距離があるから、調べるにしても時間はかかるし、生徒はそれなりにいるから、すぐには判明しないはずと踏んで。さすがに魔王も、その前には来るだろうし。

差し出された紅茶は綺麗な琥珀色で、ちょっと家自慢じゃないけど、お坊っちゃん感のある紹介の仕方ではあって、でもたぶん、これが庶民でも同じような感じに話してくれたんだろうな、と感じるフランクさなんかもあって、、この侯爵、どこか、領主としても個人としても、人からは慕われてるんだろうな、と感じるものがあります。少なくとも、根っからの悪人ではなさそうだと。

一応、手を添えてティーカップにちょっとだけ口をつけ、勧められるままに紅茶に口をつけて、でもごめん、私庶民舌だし、ぶっちゃけ紅茶の違いなんてそんなにわからないんだよねーーと、ふとちらっと目を上げると。侯爵様は、何か衝撃映像でも見たみたいに、呼吸も忘れた感じにこっちを凝視していて。若干、、頬とか、赤くなってるよーな、なってないよーな。

うーん、、なん、だろう、このジュノー王子とか、軽くベスタにも通じるような微妙な感じ。角度的に今の、確かにちょっと上目使いな目線だった気はするけどーー

「さ、、さて、紅茶は、君の口には、合ったかな?」
「あ、、はい、美味しいです。ありがとうございます」

戸惑った笑顔で、やや上ずった声で問う侯爵に、小恵理はにっこりと、ティーカップを両手で掴んだまま、一応笑顔でお礼は言っておきます。お世辞でも美味しいって言っておかないと、この後キツーい尋問でお仕置きとかされても嫌だし。そんなのされたら、ネッチネチしたベスタのお説教とか思い出しそうだし。

侯爵は、でもまたなんか衝撃でも受けたみたいに、息を飲んで硬直とかしてしまって。それから、何秒だか、完全に固まってしまったと思ったら、額を一度押さえ、急に、冷静を取り戻したみたいにーーなんかそれはそれで、中等部時代に嫌ってほど経験したような、嫌な予感がするんだけどーー、わかった、とか頷いて。自信ありげな笑顔で、では、と急に話題を変えてきます。

「では、質問を続けさせてもらおうと思う。今度は少し別の話だが」

はいはい。これで急にプライベートなこととか根掘り葉掘り聞かれるようなら、この紅茶ぶっかけてさっさと強行突破して出ていくけど。

遠慮のない、剣呑なことを考える小恵理に、侯爵は、少し真面目な顔になって、その、プロビタス子爵らの死体についてだが、と切り出してきます。うん、真面目な話で良かった。小恵理も、紅茶からは手を離し、はい、と頷きます。

「私への報告では、彼らの死体は、山間の魔物の巣の近くへと遺棄され、何故かタウリス伯の使者がかけておいたという、防腐処理まで解除されていたという。そのため、現地では死体の腐敗が始まり、周囲にはひどい異臭も漂っていたというが、、君は、これに心当たりは?」
「私に心当たりはありません。ただ、想像することならできます」
「ーーというと?」

急に風向きの変わった答えに、侯爵は、少し目を見開き、目の色を変えて、やや前のめり気味に小恵理へと問いかけてきます。

本当は、まだこれで自分に対する容疑が晴れたわけじゃないだろうし、こういうことも言わない方が良いのかもしれないけど、、一応こっちも、一つ確認しなきゃいけないことがあったから。

確かに、わざわざ死体を移動させたり防腐処理を解除したり、そんなことをした理由って、パッと見じゃよくわからないけれど。でもこういう意図があることが明らかな行為って、逆にそれで何が起こるのか、その結果辿り着く、必然的な流れとかから逆算して考えると、案外簡単に理解できたりもするものでさ。

一応、仮説ですけど、と前置きだけして、侯爵の反応に注意しながら、小恵理はその自分の思う意図について解説をしてあげます。

「死体というのは、防腐処理を解いてしまえば、2日程度で腐敗が始まってしまいます。今は梅雨時で湿度も高いし、運んだ先で放っておく内に腐乱が始まることは、誰でも想像ができると思います」
「ああ、なかなか死者を冒涜するような仮説だが、間違いはない」
「でーー、今この土地には、王都から遣わされた冒険者が溢れていますよね? 勿論、魔物の巣の近くにも」

王城に行って、依頼を出した張本人なんだから、当然知っていますよね? と小恵理は、相手の反応を見るつもりで問うてみます。これに何か他の意味があったなら、侯爵の表情にも変化が出るはずだから。

侯爵は、その、試すような目線に気付いたのか、小恵理へとうっすらと微笑みながら、手を組んだ姿勢のまま、ゆっくりと素直に頷いて見せます。

「、、確かに。我が領土のギルドには、腕の立つ冒険者が少なくてね。彼らには今、私が依頼した討伐依頼が多数請け負われているはずだ」
「はい、冒険者にとって、最もメジャーな依頼は魔物の討伐です。そして、その討伐に来た魔物の巣の近くに腐敗した死体があれば、嫌でも彼らは気付きます」

ーーつまり、必然的な結果として、彼らの死体は遠からず発見されていたということ、、防腐処理が解かれていれば。

つまり、逆に考えれば、わざわざ防腐処理を解いたのは、その異臭を使って人に発見させるため。防腐処理がされたままでは、すぐに見つけてもらえないから。事実、第一発見者は冒険者だというし、だから、魔物の巣の近くまで運んだ、、というのが、自然に考えられる、ここまでの流れです。

侯爵は、けれど、いや、、とそこには懐疑的な見方を示し、その疑問を小恵理へとぶつけてきます。

「だが、魔物の巣の近くに死体があったなら、普通に考えて、彼らは、単に巣の魔物に襲われて亡くなったのだと思われないか? それなら死体など珍しくもないし、場合によっては、子爵らと判明させられる前に埋葬されてしまうかもしれないが」
「最初はそう思う人もいると思います。でも、その巣の魔物が既に討伐されていれば? この巣の近くには魔物がいない、なら何に殺されたのか、という疑問が出てきます」
「君のようにそう、人の死因を気にする人間がいれば、ね」

誰もがそんな人の死の原因など考えないよ、と。侯爵様は子供を諭すような、生暖かい目で否定し、死と常に隣り合わせでいる冒険者なら尚更だよ、と畳み掛けてきます。彼らにとって死体は日常茶飯事なんだ、いちいち気にするものではない、と。

確かに、普通の冒険者ならそうだろうけどーー、時に人とも争い、事件に関わることも少なくない彼らだからこそ、無視できないものがそこにあったら。話は、全然変わると思うから。小恵理は、ええ、と一つだけ頷いて、でも、と切り返します。

「ロープ、ですよ」
「、、ん?」
「あの死体は、護衛を除く全員が手足を縛られていました。冒険者であっても、それなら死因は気になりませんか? あの辺りの魔物は、野生の獣が魔物化して発生した種ばかりでしたから、所詮は獣にすぎない彼らに、手足を縛る、なんていう芸当はできませんし」

そんな風に、明らかに事件とわかる風体をしていて。しかも鎧やら衣服やらの家紋から、明らかに貴族の死体であることがわかれば。いかな冒険者とはいえ、すぐに埋葬して終わらせる、なんてことはできないように思います。縄を使って捕縛したりされたりは、彼らには縁が深いものだし。

面倒事だと思って、自分達が関わってどうにかすることはしなくても、最悪、ギルドに報告くらいはするだろうし。冒険者の全部が関わろうとしなくても、大勢来ている冒険者のうち、ちゃんと報告するパーティが一つでもあれば、死体の身元は判明します。

そしてーーそんな身元を証明できる鎧や家紋を、外したり捨てたりをしていなかった辺り、その死体を移動させた犯人さんは、あの死体はプロビタス子爵だと判明させるための証拠を、わざわざご丁寧に残してくれていたわけでもあって。

だから、ここから来る結論は、この、死体が消えてから再発見される、というこの流れは、何者かの人為が働いているということ、、あの死体の発見から、プロビタス子爵の判明まで、全てが誰かの計算のもとで行われていた、と言うことができるわけです。闇雲に持ち去ったのではなく。

だからーー、本当はここにもう一つ、無視できない要因もあるけれど。それは黙っておいて、小恵理は、もし調査をするなら、主眼はこの、死体の紛失から発見までのプロセスを仕組んでくれた、何者かを探すことに置かれることなるはず、と結論付けます。

これら小恵理の説明を一通り聞いて、侯爵は難しい顔で上体を起こし、腕を組んで、倒れかかるようにしてソファーの背もたれへと身体を預けて。

同意や納得の声はないけれど、少なくとも、ここには反論もない、、つまり、侯爵もこの誰かの意図は認めたわけです。誰かが紛失から発見までを演出したのだと。

侯爵はそれから、しばらく難しい顔で唸ったと思ったら、手を固く組み合わせて、渋い顔でこちらを見つめてきます。

「、、君は少し、私を困らせてくれるな。なるほど、君の言い分は至極もっともだが、そうプロビタス子爵発見のプロセスをそこまで詳細に解説できてしまうというのは、私としては、君がそれを行った張本人であるから、という可能性に目を向けざるを得ない」
「や、そっち!?」

いや、やっば、、しまった。や、そりゃ考えてみたらそうなのかもしれないけど、、とんでもないカウンターもあったものです。考えればわかることだからと、調子に乗って解説しすぎました。むしろ本気で調査したいと思ってるなら、って協力してあげるつもりで色々答えてあげてただけなのに!

「いや、だからあの、」

私は違くて、ただの通りすがりで、ともう、しどろもどろになって慌てて手を振る小恵理に、けれど侯爵は、それで満足でもしたように、ふっ、と笑顔なんか作ったりして。

「なに、冗談だ。私も相手が悪意で答えているのか、善意で答えてくれたのかの見分けくらいつく。ーー君は、私の勘では白だよ」
「、、へ?」

手を前に出した格好のまま、思わず固まってしまった小恵理をよそに、では、しばらくゆっくりしているといい、と侯爵はあっさりと席を立って、重い扉を強引に引き開けます。

や、意味不明にピンチは脱した、みたいだけど、、どゆこと?

侯爵は、何を思ったのか、去り際に、小恵理を振り返って、優しげな笑顔で微笑みかけてなんかきて。大丈夫だ、と。

「先程の言葉通り、まだ完全に容疑が晴れたとは言えないから、今すぐに君を自由にしてあげることはできないが、、なるべく君を不快にさせないよう、住環境については善処しよう。メイドを一人置いておくから、何か入り用があれば彼女に申し付けてほしい。可能な限り用意させよう」

侯爵は、どうか寛いでくれ、と冗談っぽく微笑むと、では失礼、と断って、颯爽と外へと出ていってしまいます。鍵は一応マスターキーみたいなもので閉めたものの、肝心の部屋の鍵自体は部屋に残ったメイドさんに手渡していて、警戒する気、全くのゼロです。そんなの、普通にぶん捕ったら出られちゃうっていうのに。

とはいえ、、おそらくは、自分がいなくなった後、そんな行動に出るかどうかも見られてるんだろうから、ーーついでに、メイドさん相手にうっかり何か口を割ったりしたら、警報結界の盗聴機能も使って全部聞いておいて、それについて突っ込む気もあるだろうから、何かする気なんてないけど。

こんな風に、一見油断はして、心を許したように見せておいて、良い人アピールまでして、完全には警戒解いてない辺りとか、、この侯爵、もしかしなくても本当面倒くさいんじゃ、とか思ってしまいます。それだけ有能なんだろうけど、、本当にあのデブいおっちゃんの子供なのか、疑問になってくるよね。人徳なのか人柄なのか、それでも嫌いって感情は生まれないし。すぐ大っ嫌いになれた父親とは天と地の差って感じ。

「何かご入り用でしたら、何なりとお申し付けくださいね?」

扉の脇に姿勢良く立ち、茶色のポニテを揺らしたメイドさんは、とてもにこやかにそんな申し出をしてくれて。小恵理はひとまず、ありがと、と作り笑顔で返事だけしておきます。せっかく屋敷の人間がいるんだから、本当は侯爵について、もうちょっと話も聞いておきたいけど、、ここで無意味に会話を始めるのは、今はなんだか怖い気もしていて。

ひとまず、小恵理は大きく息をついて。
ようやく解放された、ここまでの緊迫したずっしりとした疲労感に。疲れた、とばったりとソファーに身を横たえるのでした。


皆様のためになる記事、読んでてクスッとできる面白い記事を目指して書いています。 日々更新に努めていますので、よろしければサポートよろしくお願いします♪