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ホロスコ星物語184

やー、、そっか、そうだよねえ、、でも、この状況はまずすぎる。目の前に現れたまさかの姿に、完全にやらかしたこれ、と小恵理は顔色を青くして、しばらくフリーズします。なんでここに来てるのよっていう、勿論悪い意味で。

彼は、失礼します、と少し焦ったように部屋へと入ってきて、いかにも小恵理を心配しているように見せかけつつ、目だけが本気で怒りを伴っていて。冷たく眼光煌めかせてくるのがまじで恐怖です。頼むから屋敷壊したりしないでよ、、と、無意味にそんな心配もしてしまいます。

彼はーーベスタ、は、失礼します、ともう一度同じ言葉を繰り返し、メイドさんへと会釈して断ってから、さっきまで侯爵が座っていた、小恵理の目の前のソファーにスッと着席します。それから、これから判決を下す裁判官のように手を組み合わせ、こちらから何かを言う前に、心配しましたよまったく、と苛立ち声で話しかけてきます。

うん、どう見ても尋問しに来た相手が変わっただけって感じです。むしろ鬼教官に正座でもさせられた時みたいに、反射的に背筋も伸びるし、絶対容赦してくれないでしょっていう雰囲気がありありで、侯爵を相手にしていたときより緊張感があります。これ絶対ネチネチされるやつ、って条件反射で頭もフリーズしてしまって、目だって合わせられないし。ええっと、、と思わず口ごもってしまいます。

侯爵こそ出ていったけど、部屋には監視役も兼ねて、メイドさんがしっかりと部屋の隅に残っていて、だから当然ベスタもそれを意識して、彼女の目に不自然じゃないよう、振る舞ってるつもり、、だといいんだけど。それにしては眼光ギラギラ苛立ちMAX全開で、プレッシャーをかけすぎというか、怖すぎというか。逆に気にされてるんだよ、メイドさんにっ。

背筋を変な汗が流れていくのを自分でも感じつつ、小恵理は、目を明後日の方に逸らしたまま、困り顔で、いつになく気まずい気分で、どうにか、あー、そっかぁ、、と受け答えをします。いくら意味不明に怒りをぶつけられていても、ずっと黙ってたら、それこそ変に思われちゃうし。

一応ベスタには、先にしばらくかかる旨、事件に巻き込まれた話はしてあったわけですから、そんなに怒らなくても、、っていうのが、正直な気分ではあったりして。でも、

「えっと、、ごめんね、心配かけて」
「ええ、1週間も連絡もせず、何をしてるのかと思いました」

うん、ブチっときてる声。とりつく島もなし。ていうかまずそのダークオーラをやめてほしい。ちらっと目線を戻すと、冷酷無比な目からは、言い訳を聞く気もない、みたいな雰囲気まであるけれど、レターで事前に事情だって話してあるのだからーー、そこまで怒られるのは、逆に、不自然でもあって。

一見本気の怒りにも見えるんだけど、、これはつまり、何か意図があっての演技、、だったりしないかなと、軽く希望的観測も入りつつ、思い当たります。少なくとも、長年ベスタと付き合ってきて、こんなしばらく連絡がないくらいでここまで怒るベスタというのも、幾分か不自然さがあって。いや、待たせ過ぎってキレてる可能性自体は、ありすぎるくらいあるんだけど。

ただ、どうせ来てくれたならーー、こっちもそんな茶番に、いつまでも付き合ってもいられなくて。小恵理は、あー、と、内心冷や汗を流しながら、気まずい気分を振り切るように、できるだけ明るい声で話を切り出します。

「あの、さ。心配かけたのはごめんだけど、ベスタは、今までどうしてたの? それも、わざわざこんなところまで来てくれて、、」
「それをあなたが聞きますか。あなたがいつまで経っても約束の場所に来ないから、さんざん探し回って、仕方なくここまで来たんですよ、、!」

うわー、、言葉がキツいー。ピシャリと冷たく怒られてしまって、小恵理は思わずシュンとして、反射的に、ゴメン、と小さくなってしまいます。

約束の場所、、というと、確かに、あの近くで待ってるとは聞いてたけれど。でも居場所は先に教えてあったから、探し回った、というのはあり得ないし、演技は確定、、で、いいよね?

ベスタは、どういうことなのよ、と目線だけでチラチラ見上げて問う小恵理に容赦なく睨みを利かせつつ、演技に気付いたことを察知してくれたのか、それ以上の苛立ちを一旦は表からは下げて、本当に仕方ない感を出しつつ、はあ、とまずは露骨にため息なんかついたりします。

それから、懐に手を入れ、待っていてください、と何かを探す仕草をしながら、小恵理から目線を外して。

、、ここに来てくれた自体は、渡りに船とは思ったんだけど、、なんか、ずっと睨まれたりキツい言葉を吐かれたり、こちらから頼み事なんて切り出せそうな雰囲気がありません。でもなんかそれも、こっちに話しかけにくさをわざと演出してるみたいで、よっぽど何も言わせたくないか、先に片付けたい用でもあるのかな、という印象も、ないではありません。

仕方ない、先にベスタを待つかなあ、、何か緊急事態があった、という雰囲気まではないし、とにかく、余計なことは喋るな、とでも言われてるみたいだし。

切り出すに切り出せず、反省中の犬のように、ベスタに伺いを立てるように見つめていると、ベスタは、懐の何かを探り当て、ああ、ありました、と顔を上げて、今度はいくらか表情を和らげて、もう一度小恵理へと話しかけてきます。

「幸い、噂であなたのことは耳にすることができました。殺人容疑だか、虚偽申告の容疑だか、大変だったようですね。僕が街に買い物に戻っている間に、あなたもつまらない事件に巻き込まれたものです」

そう、不自然なくらいあっさりと怒りを引っ込め、声質も改めたベスタは、涼しい顔でそう言って、テーブルの上に、真新しいペンと紙を置きます。

うん、、この辺に普通に売ってる日用品といった感じで、ペンも紙も、特に何かが仕掛けられているような様子はありません。急にそんなものを置いた意図がわからず、それも、買い物に戻った、、? と全く予定のなかったはずの行動に、思わず小恵理が首をかしげるーーその一瞬前に、ベスタは、それですね、と素早く話を続けます。はいはい、余計なアクションもするなってわけです。よく見てるよね、ホント。

「こんな状況ですが、あなたに頼まれていたものを持ってきました。どうぞ」

うん、どうぞ、って差し出されても、、私なにも頼んでないんだけど。ただ、そう言ってこちらを見るベスタは、どこか挑戦的に、さああなたの番ですよ、とでも言いたげに微笑んでいて。あー、まあそう、そういうことね、、ここで、ようやく小恵理も合点がいって、それを素直に受け取ります。ここで何故話しかけにくさを演出していたのかも理解して。

監視の目はーー、メイドさんだけじゃ、ないからね。この部屋では、声も在不在も、人数だって会話の内容だって、全部が全部筒抜けなのです。事件捜査の責任者である、屋敷の主には。

「えっと、ありがとう。ここで試し書きしても良い?」
「ええ、どうぞ」

うん、、ベスタは、紙をこちらに寄せて、書く文字をさりげなく注視していて。ーーなるほど、ここで、何を書くかがものすごく重要になってくるわけです。

要は、声が出せないなら、筆談で。警報結界自体はどこにでもあるものだし、当然どんな機能があるのかも、ベスタは熟知しているから。もちろん、そこに盗聴機能があることも。

だから、会えて良かったとばかりにこちらがあれこれとお喋りを発揮する前に、余計な挙動をさせないよう振る舞って、侯爵からの余計な突っ込みをさせるような隙を作らせなかった、、ということ。

確かに、ベスタが出てきた衝撃と、やっと会えたっていう、安心感もちょっとくらいはあったから、最初は盗聴機能のことも忘れかけていて、実際助かった面はあるけれど。せっかく会えたんだから、もうちょっと優しくしてほしかったな、と内心苦笑しつつ、小恵理は一度、何を書こうかな、と少しだけリアルにも苦笑して、時間を稼ぎます。

メイドさんの目は、部屋に残っているけれど、、ベスタにそちらを気にした様子はなく、部屋に監視が残っているくらいは、最初から想定済みということでしょう。だから当然ここで書くべき文字は、ごく短いキーワード、それも、ベスタであれば読み解けて、メイドさんや、伝えられた侯爵にはわからないようなものを選ばなければならない、ということ。センスが問われます。

ーーじゃあ、、こんな辺りかな。

小恵理は、花、王、血、という三文字を書いて、どう? とベスタへと手渡します。本当はあと一文字書こうともしたけれど、メイドさんはずっと、こちらが気が付かないよう明後日の方を向きながら、やはり目線だけでさりげなくこちらを見ていて、小恵理はそれだけでペンを置き、本当に文字の出来だけを聞いているように、どうかな、と首をかしげて見せます。

ベスタは、それを、悪くないですね、と頷いて軽く眺め、ではこれは処分しておきますよ、と適当に折って懐へとしまいます。

ーーそのあっさりした振る舞いと、一瞬だけ宙で目線を止めた後、口許を緩めた微かな表情の変化から、ベスタにこちらの意図が伝わったことも、確認して。ちなみにメイドさんからは、角度的にベスタの表情は見えません。抜かりなく。

たぶんベスタ、なかなかこっちが屋敷から出てこないことから、手こずっているということは、察知してくれていて。だから、一週間を区切りとした、、のかまではわからないけど、とにかく一度乗り込んできてくれて、もし自分に協力できることがあるなら、伝えたいことがあれば、それをメッセージにしてくださいと、そういうつもりで、こんなものを用意してくれた、、というわけです。

こういうところ、本当ベスタらしいというか、、本当、この中での暮らしは盗聴だの尋問だの、基本的には犯罪者という目で見られるわけだし、精神的に色々キツすぎたから、その気遣いは身に摘まされました。最初は、睨まれ過ぎてキツかったけど、、その頭の回転の良さや、そろそろ小恵理が困っているだろうな、と察してここまで来てくれた勘の良さ、行動力は、本当にありがたいと思います。

あー、やっと味方に会えた、それも、解決の道が開けそうな連絡までできた、、という安心感が今更やってきて、うっかり涙腺まで弛みそうになって、慌ててそれは抑制します。ダメだよね、買い物してきてくれただけで泣くなんて、そんなの、ここまでのベスタの気遣いを全部無に帰すレベルで不自然だもんね。

小恵理は、ありがとう、と声が震えないようにお礼を言ってから、ベスタへペンを返そうとしてーー、一瞬迷ってから、あのさ、と切り出します。

「このペン、書き心地も良いし、せっかく買ってきてくれたから、これ、ここから出られるまで、私が持ってても良い?」
「ええ、どうぞ」

うん、ベスタはあっさりと頷いてーー、つまり、これも予想通りというわけ。たぶん、侯爵の人柄や小恵理への接し方についても、事前に情報を仕入れておいたのだと思います。ペン一本を外から持ち込むくらいは許可するだろうし、小恵理であれば、それを望むだろうと。それじゃ、これは後でありがたく活用させてもらおう。

それだけ答えると、では、とベスタは名残惜しむこともなく、さっさと席を立ちます。その呆気なさからは、おそらく、先に侯爵から、最低限の用件だけ済ませたらさっさと部屋を出るように、みたいな忠告でも与えられていたのかなと感じます。そしてベスタも、次また面会ができるかはわからないけど、その前に、先んじて怪しまれたり警戒されたりしないよう、今回はおとなしく従おうというわけです。

だったら、と小恵理は、自分に背中を向け、メイドさんに扉を開けてもらったベスタに、そのタイミングで、ねえ、と呼び掛けます。

「あのさ、私からも一つ聞いてもいい?」

その、一瞬。
メイドさんの意識が、一瞬だけ再び小恵理へと向けられ、ベスタからは同時に、また一瞬だけ、このまま出ていこうとしたのに、という迷惑そうな目を向けられて。けれどベスタは、何かに気付いたのか、思い直したように立ち止まり、少し考えてから、なんですか? と聞き返してくれました。

「手短にお願いします。これで僕もあなたの無事は確認できましたし、あなたがいなくなってしまった分、色々と忙しいので」
「うん、そうだね、、」

小恵理はここで、ごほん、と軽く咳をして、ん、と不自然にならないよう咳払いをしながら、えーっと、と喉を押さえながら、ちょっとゴメン、と何度か咳払いを続けます。下手な演技だとは自分でも思うけれど、せっかくここまで、不自然はない流れを作ってくれたんだから、これを利用しない手はありません。

「あの、探し人は見つかった? なんだっけ、あの、北の方に来てるって言う、ん、王の子、だっけ?」
「ーーいえ、、まだですが」
「そっか。魔の気配に敏感だっていうし、ん、いてくれたら、今回の件も早く決着が付きそうだからさ、早く出てきてくれるといいね?」

ね? と微笑みかける小恵理に、ーーベスタは、一瞬だけ瞠目して、そうですね、と頷いて。
あとはもう振り返らず、部屋を出ていきました。

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