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✦子どもたちの未来を守る【後編】『おれんじハウス西葛西保育園』が守りたかったもの✦

✦大人たちにできること

「 “密を避けましょう” という感染防止対策の呼び掛けがなされて、気づけばもう2年余りが経つわけですが。園児たちとの関わりにおいて、何らかの変化や、心掛けていることはありますか?
書籍の中では “コミュニケーションの大切さ” というのをとても重要視されているのが印象的でした」

「3歳以上のお子さんについては、マスクを着けた方が良いのかという議論はありましたが、私たちのお預かりしているお子さんは0〜2歳児ですので、マスクの着用はありません。呼吸も苦しくなってしまいますしね。なので、幸いと言いますか、お子さんたち同士で “互いの表情が見えない、分からない” といったことはありません。
ただ、大人である私たちの方は常に着けていなければならないので、子どもたちがそれによって不安になったり “他者の感情を読み取れる力が育たなくなってしまうのでは” という課題はありました。
みんなで話し合いをして “マスクをしてても、私たちは常に笑顔を忘れないようにしようね” という事になって、そうですね、なるべくそういう風には心掛けています」

「今日の名言ですね。常に笑顔を忘れない(笑い)。保育園以外の場所でも、広く浸透していったらなぁと思います」

「ありがとうございます(笑い)。
“コロナだからできないよね” というのではなくて “コロナだけどこうしたらできるよね” とか “だったら、どういう形にすればできるだろう” という様に、園全体で考え方を変えようとして来たとは思います。
その結果として、今までは当たり前と思ってやってきた事も、工夫してやり方を変えてみたら、また違った新たな発見があったりもしました」

「それはとても興味深い進展ですね。何か具体的な例を聞かせて頂けますか?」

「やはり、園内行事が一番大きかったですかね。
それまでは全学年で行っていたものを学年ごとで区切って、一箇所に集まる人数を減らす事で密を避ける様にしました。3部門をそれぞれの日取りで、といった感じです。
でもいざそうやって開催してみたら “みんながより深く関わる” と言いますか、子どもたちの姿や親御さんたちの思いを、より丁寧に伝え合うこともできたんですね」

「なるほど、物理的な密を避けるなかで、感情のやり取りなどが以前よりも緊密になったということですね」

「そうなんです」

「行事なんかですと、そもそも ”やるのか、やらないのか” 一丁目一番地から大問題ですよね。中止は仕方ないことだし “敢えて開いて何かあったら……” という考えは過りませんでしたか?」

「行事はそれぞれに担当者が決まっているので “私はやってもいいと思うけど、あなたはどう?” って尋ねたら “やりたいです” ってみんなが答えてくれました。
そういう意味では、私たちに“やらない”という選択肢はなかったですね。逆に、対面ではできなくてオンラインに切り換えた行事も一部にはあったんですけど “それが本当に残念だったね、来年度は絶対にここでやろうね” って感じでした」

「すごいですね。チームとして、とても前向きな雰囲気が伝わってきますし、何というか、保育士スピリットを感じます。
そこには何か強いこだわりの様なものも感じられるのですが、中陳さんは、行事を行わないことで “何が失われる” とお考えになったのでしょうか?」

「一番にはやっぱり、この時期に体験できることが体験できなくなっちゃうことですよね。子どもにとっては “この歳” っていうのは “その時々の今” しかないですから。
1歳だったら1歳にしか経験できない。もちろん、例えばクリスマス会でしたら、何年か後に他の学年でではできるかもしれませんけど」

「2歳の子には “2歳のクリスマス” があるという事ですね」

「そうです。その経験をしないで3歳、4歳と上がった時に “クリスマス会って何?” って思うよりは、ちっちゃい時にでもそういう行事に参加して  “クリスマス会ってこんな感じで、サンタさん来て、みんなで楽しく歌をうたって、お母さんも先生たちもみんなで笑い合ってやってたなぁ” っていう記憶が子どものなかにあれば、それがその後の成長にも必ず繋がっていくと思うんですよね。それをできなくしてしまうことの方が、私は怖いなと思ったので」

「こだわっておられたのは “時が経ってしまえば取り戻すことのできない、その子にとっての貴重な体験” だったのですね」

✦子どもたちの未来のために〜

「この数年というのは、何かにつけてスケールの大きなニュースが多いですよね。世界も、日本も、自分の住む街も、コロナの問題だけでなく、物事の足場の揺らぐ様な変革期にさらされている様にも感じられます。
そこでは、変わるべきものがあり、守られるべきものもあると思います。
最後に、中陳さんの思う “保育のこれから” についてお聞かせください」

「その人が幼少期にどういう経験をして、どういう環境で育ってここまで来たのか。大人になって、社会に出て、色んな事を言われたり揉みくちゃにされる。そういう、ある意味では過酷な “人生を生きていく上での土台” というのは、大人になったからすぐにできるものではなく、やっぱり小さい頃からの積み重ねで時間をかけて成り立ってきているわけですよね。
幼少期にどんな事をして、それは失敗でもいいと思うんですけど、そういった経験を “どういう風に積んできたか” によって、大人になった時に、社会にポンと出された時に、どうやって生きていくかの支えになり得ると思うんです。とっても大事だなって。
自分の息子もそうなんですが、うちは障害を持って生まれて来て、得られる経験は人よりは少ないと思うんですね。でも、だからこそやれるうちは、動けるうちは、彼に色んな経験をして欲しいなと思っているんです。
下半身が自分では動けないんですけど、それでも “やりたい” って本人が思うのだったらやらせてあげたいし、それをちょっと補助してあげたらできるのであれば “やればいい” と思うし、大きな補助であっても大人が手を貸してあげてそれを経験できるんであったら “今のうちにやっておこうよ” って思うんです。
今も車椅子で生活していますけど、行ける所にはどうしても限界があるじゃないですか。でも例えば、階段を上ってじゃないと辿り着けない様な場所でも、大人がおんぶしてあげれば彼は行ける、だったらおぶってあげて今なら行ける。大人になっておんぶはちょっとムリですけど(笑い)。
今だったらまだ、おんぶして行けるから、上まで行ってその景色をこの子に見せてあげようって、私は思うんです」

「行事のところでもあった “体験をさせてあげたい” という子どもたちへの強い思いは、お子さんに少しでもたくさんの経験、それに伴う景色を味わわせてあげたいという、中陳さんの実際の子育てから来ていた信念なのですね」

「経験、体験って、小さな頃にどれだけさせてあげたかで、将来が変わってくるのかな、そう私は信じています。
経験に伴う “人との関わり” も、そこではすごく大きいと思っていて。
生きていく上では、親だけでなく、親戚だけでなく、他人ともいっぱい関わっていかないといけません。世の中には色んな人がいますよね。親だったら “よしよし、いいよ” って許しちゃう事であっても、他人はそうではないかも知れない。厳しい事も言うし、別の考え方もあり得るし、そういう関わりの中で、人は作られていくと思うんです。
ただそのなかでも、何かあっても、ここに行けば自分のことをちゃんと受け止めてくれると思える人は必要で、それは親だったり、こういう施設に入っていれば先生だったりすると思うんですね。
そういう “自分が不安になった時に、ここに戻ってくればちゃんと自分を受け入れてくれる” そんな大人が近くにいることも大事なんだと思います」

「そうやって、多様な信頼関係を構築して行くのですね」

「まだ小さな頃からそういった大人との関係性を結んで行けたら、そこでもコミュニケーション能力は育まれていくのだと思います。
“大きな表現をすれば、スゴいね” っていうのではなく、表現が上手な子もいれば、自分をなかなか出さない様な子もいます。でも、しない子はしない子なりに “小さな表現” をしていて、それをちゃんと私たちは見てあげなければいけないと思っているんですね。 コミュニケーションもそうですが、子どもって本当に多様なんです。一人一人ちゃんと違うんです。
お預かりしている子たちの中でも、本当に重症なケースだと、寝たきりで目だけが動いているお子さんもいらっしゃいます。
“反応があるのかな、ないのかな……”  大きな反応はなくても小さな反応は必ずあると思っていて、それは実際にそうなんです。
その小さな反応に気づいて “今楽しかったよね、これ好きだよね?” って私たちがそれを言葉で表現してあげることによって、その子が “あっ、今楽しい” “これって、楽しいってことなんだ。ボクこれ好きなんだ” って思うと思うんですよね」

「関わりのなかで、自分というものの幅が広がっていくのですね」

「なのでやっぱり、そういった小さな変化を見つけるのが仕事でもあるし、それが私たちの役目なのかなと思ったりもします。
特に0〜2歳では個の差があるので、そこを集団ではなく一人一人で見て、その子のいいところとか、伸ばしてあげられるところを見つけてあげる。その意味でも、私たちのお預かりしている0〜2歳というのは、とても大事な学年なのかなとも考えていますね」

「そうした子どもたちとの関わり方は、コロナ渦にあっても、これから先も、継続されて行きますか?」

「何も変わらないです(笑顔)。変わらないと思います」

「今日は、保育事業の現状やこれからについて、とても貴重なお話をたくさん聞くことができました。  ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」


✦インタビュアー付記✦

インタビューを受けたのは、園内のバックヤード的な小さな部屋でした。
その壁越しに、何かを訴えかけたり、笑ったり泣いたり、時にははしゃぎ回る子どもたちの声が聞こえて来ました。
小さな子どもの声というのは、よく通るのですね。
何だか久しぶりに人の活気や賑わいに触れた様にも感じられて、改めて
“今の社会の静けさ” を思うと同時に、どこか少し救われた様な気もしました。
気づけば『第六波』と呼ばれる、何度も繰り返される感染蔓延期。
ご自身やスタッフのリスクもそこにはもちろんあるし、種々の不安や長期戦のストレスもあったハズですが、中陳園長は、自分からはその事について一度も触れませんでした。
本当に大変なことだろうとは分かりながらも、「この場所で感じられた“子どもの無邪気さ”を守り続けてほしいな」と、取材を終えて強く思いました。

“誰かのために前を向いている……”
そんな印象の残る、素敵な園長さんでした。


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