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僕が未来を推敲するまでのある独白

生きてるんだ世界のどっかで

 新型コロナウイルスによって失われたものは多い。僕の場合は、卒業式、卒業旅行、大学生活。(オンラインになっただけで、「失われた」なんて言うのは、失礼だろうか。)成人式は行われたが、会場には生徒だけで、椅子もなかった。そんな状態だった。

誰かに否定されることが恐ろしくて 
いつだって逃げてばかりなんだ

 文章を書くことが好きだ。日本語が好きだ。大学生になったことで時間ができ、さらに言語メディアに執着するようになった。小説、詩、戯曲、エッセイ。でも、学ぶことで身近な存在にはなってはいたが、好きだと言えるようになったのは、最近だったりする。

好きなこと 好きだって言えた
目に付く全てが 輝いて見えた

 新型コロナウイルスの影響で失われたものは多いが、得たものもある。自粛期間中に動画サイトを漁っていたところ、『りゅうしぇん』という歌のうまい緑髪のおにいさん?を見つけて、その人のいろんな歌を聴いていた。それと同時期に、『雑談配信で社長に100万スパチャした結果がやばすぎたww』という動画を見た。

可愛い成人男性が、可愛く泣いている。少し前にハマったゲームとイラストが一緒だなと思った。(この成人男性のイラストを担当されている冬臣様はスタンドマイヒーロズの都築兄弟も描かれていることをあとから知った。)歌のうまいお兄さんと可愛い成人男性。この時はまさか、この2人が同じバーチャルブイチューバーで、同じ事務所だとは思っていなかった。

 そのころ、僕はQuizknockに熱中していた。特に河村拓哉さんの人と違う思考回路に驚かされては、その落ち着きに惹かれていた。Quizknockがどうやらクイズ番組に問題を提供するらしい。しかも、あのみどりのお兄さんが主宰で、可愛い成人男性もでているらしい。気が乗ったので見てみる。長い動画は苦手だったので、短い方の動画から見てみよう。数分が溶ける。驚いた。こんなに完成された番組が動画サイトにあるんだ!と感動した。そこから、僕はバーチャルもう一つの世界に足を運ぶことになった。

首を絞めたその手伸ばして掲げろよ

 バーチャルにいる間は、現実リアルのことを忘れていられる。自分が嫌いな自分を忘れられる。楽しかったり、幸せだったり、とにかく充実していると文章がうまくかけないこと。ほかのことに目移りしやすいからか、文章が進まないこと。プロットだけ書いて終わり、なんてこともよくある。最後まで書ききることが難しかった。それと大学生になっても、何もできていない焦りが出る。オンラインで家から出られないことで、想像していた大学生活を得られていないという焦り。文章が書けないという焦り。将来に対する漠然とした不安。文章を見ては、焦りや不安が滲んでいて落胆している。バーチャルはそういうものを、隠してくれる。隠してくれていると思っていた。

 Quizknockが問題提供していた例の番組は『にじさんじクイズ王決定戦』というものだった。あれから番組を何度も見て、気になった切り抜きも見て、「にじさんじ」が僕の生活の一部になった。中でも一番のお気に入りは、「le jouet」ルジュエ。歌のうまいお兄さん(実際はお兄さんではなく、性別非公開だった。)の「緑仙」りゅうしぇんさんと可愛い成人男性こと「加賀美ハヤト」かがみハヤトさん、それと『にじさんじクイズ王決定戦』で司会をしていた「夢追翔」ゆめおいかけるさんの三人のユニットの総称で、緩く雑談をしたり、ゲームをしたりする。緑仙の主催企画で、夢追翔の司会が聞けると間違いないという気持ちになる。3人で歌うと、そのギャップに圧倒される。特に、夢追翔は配信中、常にしゃべり続けてくれることや会話テンポの良さ、爽やかな声が僕には合っていて、随分と長い間、アーカイブを漁っていた。テレビの生放送も見れなかった僕が、夢追翔をきっかけに、他のにじさんじの配信も見れるようになった。le jouetの歌も、マスコッツも、にじロックも、アラサーランク帯もテープだったなら、擦り切れるであろうほど見ていた。でも、僕がにじさんじのアーカイブを見て楽しんでいたとき、夢追翔は配信をしていなかった。

どうしようもなく 大きらいだ

 僕は、文章を書く仕事がしたくて、たくさんのメディアに触れたくて、今の大学を選んだ。大学では、映像、演劇、ニューメディア(NFTアートとかゲーム作っている人がいる。)、出版、文芸、デザイン。たくさんのメディアがあった。たくさんの人に出会った。そんなに年も変わらないのに、NFTアートで有名になった人、ハンドメイドアクセサリーでお仕事をしている人、文学賞を取った人。一度自分の無力を感じれば、自分の全てがいらないものの様な気がする。体調を崩しやすい。集中力のエンジンがかかるまでに時間がかかる。怠惰が酷い。一度眠る起きれずに時間を無駄にする。自分が文章を書く意味や必要性を感じないようになって、気がつくと僕は、書くことを諦めていた。

忘れはしないさ あの悔しさも
痛みだす 傷痕も

 ある期間を経て、夢追翔はコラボ企画を極端に控えはじめた。le jouetでのコラボも歌もない。太陽が落ちた。夕焼けから染み出した声で歌って、朝焼けが見えたら、歌に関する配信を増やした。大きな企画で響く笑い声が好きだった僕と、バーチャルシンガーソングライターに戻るために取捨選択をしたその人。なんだか物足りないとも、もったいないとも思った。彼は歌をうたうために、自らの翼を剥ぎ取った。僕はしばらく彼の翼を抱きしめて動けなかった。自分の翼にしてしまいたかった。僕にはうたをうたうため、翼を棄ててしまうような覚悟はないから、ひどく羨ましかった。

 le jouetの歌がなくなった、と言ったが、夢追翔がコラボを控えるようになって以降、一つだけ歌動画が出ている。それも、夢追翔のホームで。曲名は『Viking』。

この曲の初お披露目は、ライブビューイング限定ライブ『AR STAGE Light up tones』。(通称ARライブ。現在はBlu-rayもでている。)映画館で見ていた僕は、遂にリアルタイムでle jouetを見ることができる、と喜んだ。大喜びのあげく、友達にも連絡した。しかし、お披露目から数か月、動画で公開されたときには、うまく喜べなくなっていた。これは、彼らのやりたいことなのだろうか。配信サイトでのリリースが決まっていた。前回のオリジナル曲から、約一年半経った待望の一曲。それでも、僕は上手く喜ぶことができなかった。と、同時に彼らには、やりたいことをしてほしいと思った。なんだか知らない気持ちだった。(それはそうとして、le jouetはかっこよかった。)

最高にキャッチな文章ナンバー 悪足搔き

 好きなことをしてください。だれにも指図されず、あなたがやりたいと思うことだけを選んで、そのための道へ進んでください。それが僕の希望です。それだけが、僕の祈りです。

『Viking』を見たあと、僕が書いたもの。

 こんなものを匿名で送っておいて、僕はどうなんだ。周りのすごい人たちを見て、勝手にあきらめている。やっても無駄だと思っている。だからといって、自分の好きなものを棄てれずにいる。好きなもののためにほかのものを置いていけない。うたを追いかける彼と彼らに、お前はどうだ、と問いただされている。僕は、やりたいことをやっているのだろうか。

 新型コロナウイルスに奪われたものは多い。帰ってくることもないだろう。けれど、僕はこの期間が十代のうちにあったことを感謝しなければならない。着物を着るようになった。本を今まで以上に読むようになった。いろんなコミュニティを持つようになった。もう一度、文章を書くようになった。挑戦することのハードルを下げながら歩いている。それと彼らが好きなことをしているのを配信を通して見せてくれていることにも、感謝しなければ。やりたいことをやめてもいいけど、あきらめない。彼らに出会ったおかげで、僕は自分自身を推敲しはじめた。誰かに文章を書くことを求められているわけはない。でも、もうすこしやりたいことを夢中になって追いかけてもいいだろうと思えるようになった。彼らのように。

どうか 見たことない未来に

辿り着けるように。



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