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せつない曲

せつない思い出のつまった曲は、どうしてこうもせつなくなるのか。
「せつない」は他のどんな感情よりもリアルに、まるで手にとるように当時の感情がリアルに蘇ってくる気がする。悲しいことが起きる予感がした春の空気感、気持ちの窮屈さ、心に落ちる影の濃さ。全部覚えている。せつない傷はなかなか癒えないらしい。

当時を思い出すと、思わず胸がきゅうっとなるような曲はいっぱいある。
本当は昔の失恋たちを語って堂々と悦に浸りたいところだが、あまりにも近しい多くの人たちにこのアカウントを周知されているので、遠慮しておくことにする。

せつない曲といえばこれも前に書いた話だが、浪人が決まった春によく聴いていたBTSのSpring dayが真っ先に思い出される。これは韓国のセウォル号で亡くなった修学旅行中の高校生に向けた追悼のための曲と言われているが、私は本当に仲の良かった友達たちと同じタイミングで進学できなかった寂しさや後悔や絶望がものすごい色になってこの曲を際立たせる。
何度も繰り返す「보고 싶다(ぽごしぷた)」、会いたいというメッセージはそのまま私から先に人生の駒を進めた友人に向けた悲痛な叫びとして胸に響いた。

大学2年生の2月。コロナという未知のウイルスがクルーズ船と一緒に日本にやってきたニュースを横目にしながら、上京してはじめて住んだ寮を出た。
寮のルームメイトは今でも、大学時代にできた交友関係の中でいちばん好きな友人だ。私の中でとっても大事で、いつもインスパイアを受ける大切な人。そんな人と毎晩のように挨拶を交わし、寮の近くのファミレスで夜な夜な語りあって夜明けと共に歩いて同じ部屋に帰る生活もおしまい。
退寮する春によく聴いていたのは踊ってばかりの国のサリンジャー という曲だ。2月のまだ冷たい風の中、少しずつ引っ越しの準備を進めていく憂鬱なさみしさを思い出す。
曲中の「すれ違う一人一人 違う名前があり 花束抱いて生まれ 種がいつか花になり 飛び跳ねれば 宇宙にだってなれるよ」というフレーズが好きだ。冷たい風に吹かれながら、寮の近くの花屋で花を買って共用の洗面台の前に生けていたのをよく思い出す。踊ってばかりの国のライブはそのルームメイトとも一緒に行ったこともある。今も時々会う仲だが、二度とあんな時間は過ごせないだろう。せつない。

大学1年生の1月か2月くらいに、当時東京に暮らしていたいとこの家へ遊びにいったことがあった。いとこの一個下の彼氏も東京に出てくるというから、貯金をはたいて新築のアパートに新しい家具家電と共に引っ越してきたのだ。私が引越し祝いを持って訪れたときには、まだアパートの外壁が工事途中でビニールを被っており、中もギリギリ工事中だった。本当に出来立てほやほや、人が住める最低ラインをやっと超えたような新築に住んでいた。
部屋は二人で選んだらしいこだわりづくしの、将来は結婚も視野に入れている覚悟すら漂ってくる幸せなインテリアがコーディネートされていた。ゴミひとつなかった。愛情を持って配置された家具をひとつひとつ、選んだ決め手をいとこが丁寧に説明してくれたのもよく覚えている。「これが世のカップルかあ〜」と感心しながら一晩をそこで過ごさせてもらった。

微笑ましいカップルの愛の巣にお邪魔して迎えた翌朝、それはそれはもう素晴らしく晴れた、美しい朝だったのをよく覚えている。あんなに綺麗な青色の空をそれまでにもそれ以降にも見たことがない。
愛のつまった朝の新居に、いとこが不意に流し始めたレコードが忘れられない。Yogee New WavesのRide on wave、climax night だ。Ride on waveのジャケットに印刷されたブルーと空のブルーが全く一緒、曲の爽やかさも完全に一致していた。レコードは彼が選んだものだったそうだ。レコードと一緒に朝支度をして、私たちは一緒に部屋を出た。

1年後、そんな幸せそうに見えたいとこが同棲を解消した。

彼に他の女ができて、あっさりと別れてしまったのだ。もちろん、借りていたあの新居は出ることになった。いとこは東京の仕事もやめて、実家のある広島に大量の家具を引っ提げて帰ることになった。別れた後、広島のいとこの実家に遊びに行ったことがある。家具や家電が多く、自室に入りきらない冷蔵庫はコンセントにも繋げられず廊下に放り出され、二人用のソファは小さないとこの自室のど真ん中に幅を利かせて置かれていた。

以来、climax nightは私の中で、いとこを思い出す立派なせつない失恋ソングになってしまった。
愛に溢れた空間に並べられたピカピカのインテリア、それらに囲まれて迎える気持ちの良い朝、新居に差し込んできたまぶしい朝の光、それすらもう慣れ始めてきた幸せそうないとこの顔、「これがカップルなのか」と実感した私のアハ体験...climax nightが流れた瞬間に、これらの今ではむなしい輝きが痛いほどリアルに思い出される。そして、広島の実家で邪魔扱いをされることになった同棲用の家具の顛末も。
あれから2,3年が経ち、現在のいとこは広島で新しい仕事につき、新しい恋人と円満に過ごしている。が、私の中でこの曲はせつない思い出の中でも特にトップに入る曲となってしまった。



せつない曲のタチの悪いところは、あとぐされがすごいことだ。
泣くほどではないが、胸の奥が少しだけうずくような鈍い痛み。激しく痛みんで豪快に治るならまだしも、こういう「せつない」という中途半端な感情は意外と尾を引いて長くなり、いつまでも感傷に浸れてしまうのだ。

そして音楽はなぜか、どの自分が聴いても琴線に触れる能力を持っている。だから、何度でも聴くたびに同じ鈍さで傷がうずいてしまう。

なんでこんなことを書いたかというと、Yogee New Wavesのメンバーのひとりが辞めるというニュースを目にしたからだ。ヨギーは、東京で恋に敗れたいとこの大好きなバンドだった。今の彼女が元気に幸せでやっているのがせめてもの救いだ。

あなたのせつない曲はなんですか?


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