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ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(1)考察編

目標中心温度プラスマイナス1℃の正確さで、誰でも同じにステーキを焼く方法

本当に世の中には、「肉を焼くこと」になると、こだわりのある方がたくさんいらっしゃいます。そしてまた、その焼き方・こだわり方も千差万別。
一方で「肉を焼く」ことについては、科学のメスが入り、以前より多くのことが分かってきています。
あとは、そうした知見を生かし、Reproと言う精密な温度管理ができる道具を使い、どれだけ狙った焼き具合のステーキを精緻に再現できるのか?
それはもう「工学な世界」です。今回は、

「目標中心温度プラスマイナス1℃の正確さで、誰でも同じにステーキを焼くことは可能か?」

を追求してみるという試みです。

実験の論点・条件

肉の焼き方についての議論は、時に内容が噛み合わっていないことも。それは多分、人によって「想像する理想のステーキ像」が全然違っているからなのかと。
なので今回の実験について先に論点と実験条件・実験目標を整理しておきます。
ちなみに当然ながらの前提条件は「最終的にはReproでフライパンを使って焼くこと」、つまりはオーブンは使いませんのであしからず。

  • どんなサイズのどんな部位のどんな牛肉を焼くのか?

  • どんな焼き方をするのか?

  • 焼く前に常温に戻すべきか?

  • 最も美味しい目標温度は何℃か?

  • 最適な加熱温度は何℃か?

  • 肉の休ませ方はどうするべきか?

  • 前塩をするべきか否か?

どんなサイズのどんな部位のどんな牛肉を焼くのか?


厚さ4cm x 幅4cm x 長さ4cmにカットした赤身のランプ肉

肉を焼く議論の時に、話が噛み合わない最たる原因は肉のサイズです。キャンプに行って豪快に1kgぐらいの塊肉を焼くのか?おしゃれなフレンチ・レストランでメインディッシュに出てくるような小さなサイズの肉を焼くのか?
それはこの後の他の要件定義にも大きく影響します。結論から言えば、今回の実験では、後者を採用します。今回の実験では、

厚さ4cm x 幅4cm x 長さ4cmの立方体(正六面体)にカットした赤身のランプ肉(国産牛)

を使用します。
なぜ「立方体」にカットするのか?と言えば、最近の先端的なフレンチ・レストランで立方体とまでは言わなくても、それに近い直方体カットの牛肉を目にすることが多いからです。
牛肉を1辺4cmにカットすると68〜70gぐらいになります。(もっと脂肪が多い部位だと比重が小さくなりますが)
コースの最後に食べる牛肉だからそのぐらいが適量なこともあるでしょうが、素敵レストランの料理法にも起因しているのかと想像しています。

例えばオイルバスで加熱したり、小さな立方体(もしくは直方体)にカットした牛肉を直径10〜12cmのstaubのココットなどに入れ、「高温のオーブンに2分入れて、常温で2分30秒休ませる」みたいなことを繰り返して加熱する、とか。
または薪火で焼いて「火のそばの温かい場所で長時間休ませる」(と言うか、じっくり火を入れる)などなど。
こうした焼き方は、ほぼ全方位から肉が加熱されているわけで、「肉の中心温度」を意識するとすれば「中心からすべての表面が等距離=真球状」が最も効率的かつ理想的なはずです。
ただ肉で「真球」を作るのは現実的ではないので、現実的かつ理想に近い形状は「立方体(もしくはそれに近い直方体)」となるのかなあと。

なので今回の実験では、オーブンや薪火を使わなくても、フライパン1枚でそんな感じのステーキが再現できないか?と言うのも一つの目標です。
それともう一つの理由は何回も実験して試食するのに現実的なサイズであること。(かなりの回数の試行が予想されます)
さらに赤身のランプ肉を使うのは、正直この実験による「コレステロール値の増加を最小限に食い止めたい」と言う意図もあります。(苦笑)
同じ理由から、当然バターや油は使いません。なので「アロゼ」することもありません。
ちなみに今回は国産牛のランプ肉を使用しています。(「それなら、目標温度まで低温調理器で湯せんしてローストビーフにしてしまえば簡単じゃないか?」という意見は残念ながら受け付けません。「湯せん」と言う方法を前工程として使うことがあっても、今回はあくまで「最後はステーキとして焼いていく」という行為にこだわり、メインの加熱工程はフライパンを使います。)

どんな焼き方をするのか?FLIPステーキ


牛ランプステーキ(3.5cm厚)

これはRepro開発チームのレシピ「牛ランプステーキ(3.5cm厚)」の写真です。

このレシピは、伝統的な「肉は一度しか返さない」方式で焼いたもので、上下面を140℃と、かなり弱火で、それぞれ6分間づつ=合計12分かけて焼いています。
まあ、本当は伝統的な技法にこだわったわけではなく、Reproがあれば、ホームパーティーでワインを飲みながらでも簡単にステーキが焼けることをアピールしたかったのが目的でした。

ピッと鳴ったら肉をフライパンに置き、ピッと鳴ったら裏返す、そしてピッともう一回鳴ったら取り出すだけ

と言うReproの利便性をアピールするためのレシピだったのですが…
この焼き方のデメリットは、

(1)写真の通り、外側の火が通った灰色の部分が厚くなる
(2)焼き上がるのに時間がかかる

ということです。メリットは「焼くのにあまり手間がかからない」ってことでしょうか。

それに対して、料理家の樋口直哉さんは、あの名著「マギー キッチンサイエンス」で有名なハロルド・マギーさんの論文を紹介しつつ、こまめに(30秒づつ)天地を裏返して焼く方法を動画で紹介しています。

詳細は、この動画を見ていただければ良いのですが、この料理法のメリットは、

(1)同じ加熱温度でも、伝統的な「置きっぱなし方式」より早く火が入るので水分の蒸発量が少なく、ジューシーに仕上がる
(2)30秒ごとに天地を返しているので、上の写真のステーキより外側の灰色の火が入った部分の厚さを薄くできる


と言うことです。
一方、置きっぱなし方式に対するデメリットは…見当たりませんね。せいぜい「30秒づつ裏返すのが面倒くさい」ってことぐらいでしょうか。
今回は、外側の灰色部分を限りなく薄くして、かつジューシーな「現代風なステーキ」を目指したいので、頻繁に上下面を裏返す樋口さん(ハロルド・マギーさん)方式を採用しました。
ちなみにこのコロコロ裏返す焼き方の一般的な呼び方が見つからなかったので、勝手に

「FLIPステーキ」

と呼ぶことにしました。
今回は「立方体」にカットしてあるので、できる限り全方向から均等に中心に向かって加熱されるよう、6面すべてを30秒づつ均等に加熱します。そしてその順番も、一つの面を加熱したら、その対称面に裏返す、両面が焼き終わったら他の面も同様の順番で加熱していくことにします。

焼くまえに常温に戻すべきか?

これも実験の場合、考えどころです。
実験条件(加熱開始時点の牛肉の中心温度)を揃えるなら冷蔵庫から出したての肉を焼くのがベストな気もします。
しかし当然ながら、中心温度が低ければ低いほど、フライパンの表面温度=牛肉の表面温度との温度差は大きくなるので、加熱温度が高ければ高いほど加熱中の温度勾配はきつくなり、グラデーションが強くなるはずです。
それは、「外側の灰色の火が入った部分の厚みを限りなく薄くする」という目標には決してプラスには働かないでしょう。
ちなみに、この常温に戻すことについても樋口直哉さんがソレドコの「肉を美味しく焼く技術-料理家・樋口直哉が教える、肉の焼き方「新常識」【保存版】」と言う記事で紹介してくれています。

これも詳細は、この記事をお読み頂きたいのですが、実験する上で気になるのは、冷蔵庫から肉を常温に置いたとしても、
「肉のサイズと形状によって、同時間に中心温度がどれだけ上がるか?は異なる」
と言うことです。
今回実験する4cm四方の立方体にカットした牛肉を室温25.8℃のキッチンで、常温に戻してみました。


冷蔵庫から出したばかりの肉の中心温度は3.8℃(うちの冷蔵庫冷えすぎですかね…)


30分後には14.0℃まで上昇しました。もっと薄い肉の場合は、これでも「アリ」かもしれませんが、この厚さになると実際にフライパンで焼く前に、もう少し中心温度を上げておかないと心もとない感じもします。
ちなみに、この樋口さんの記事では、ハロルド・マギーさんの「40℃で5分間 湯せんする」という、積極的に肉の温度を上げる方法も紹介されています。

30分常温戻しをして10℃台まで中心温度が上がった肉を5分間湯せんした後、取り出して10分ほど置くと中心温度が27〜28℃に上がります。
このぐらいの小さいサイズ(おしゃれフレンチ・レストランサイズ)だと、湯せん方式を使えば、比較的短時間で中心温度を上げることは可能なようです。
しかし一方で前塩する場合(後述します)に、最低でも30分〜1時間は加熱前に時間を置きたいので、

(1)「冷蔵庫から出した肉を常温戻しで一定の温度まで戻した上で、40℃・10分間湯せんして室温で10分休ませる」
(2)「前塩する場合は、冷蔵庫から出した肉に塩をして、すぐまた冷蔵庫に戻して30分待ってから、40℃で10分間湯せんして室温で10分間休ませる」

と言う方法を採用しました。これでたぶん加熱開始温度を25℃ぐらいまで上げることができ、実験の際の加熱開始温度のバラつきも小さくできると思います。

最も美味しい目標温度は何℃か?

これまた樋口さんのnote記事「肉を焼くときは強火で何度も裏返せ!」によれば、各焼き具合の中心温度は以下の通りだそうです。

  • レア        52℃

  • ミディアムレア   53〜57℃

  • ミディアム     58〜60℃

  • ミディアムウェルダン 61〜63℃

  • ウェルダン      64〜68℃ 

これこそまさに、肉質と食べる人の好みの主観的な世界になりますが、最近のおしゃれなフレンチ・レストランに行って「焼き加減はどうなさいますか?」なんて聞かれた事はついぞありません。
ステーキにどれくらい火を入れるのが最も美味しいかを決めるのは、今どき「シェフの専権事項」になっています。そしてこれまでのそう多くない経験から言うと、そんなレストランで焼き加減がミディアム以上になっていることは一度もありません。
レア」もしくは、「レアに近いミディアムレア」のいずれかです。ということで、今回の実験での第1段階の目標温度(中心温度)は、

「レアに近いミディアムレア=54℃」

とします。(まず「54℃」ができたら、次のステップで好きな目標温度を設定できる実験をします)

最適な加熱温度は何℃か?

「低温で時間をかけて焼くより、高温で短時間焼いた方がジューシー」
2cm厚ぐらいのステーキだとこうなりますが、厚みが4cmもあると普通は低温でオーブンに入れたりします。
その主な理由は、4cm厚のステーキを高温で焼き続けたら、中心に火が入る頃には、外側が真っ黒焦げになってしまうから。
でも表面の褐変が許される範囲内だったら4cm厚でも「高温の方がジューシー」は妥当するのでしょうか?
これも今回の実験で検証してみたいところです。Reproは1℃刻みで温度制御できるので、選択肢は無数にありますが、今回は、これまた「主観的(もしくは若干の経験から)」に自分なりの答えは決まっています。

高温=180℃
中温=160℃
低温=140℃


低温側は、ステーキの表面にメイラード反応を起こす下限に近い温度なので、これ以下になると焼き目が付きにくくしんどいかな、と。高温側は、これ以上の温度になると肉の中心部分と表面側の温度勾配がキツ過ぎて、そもそもの「外側の灰色の部分をできるだけ薄くしたい」という目標が実現できなくなりそうだからです。

肉の休ませ方はどうすべきか?

おしゃれレストランの「ココットで2分毎オーブン出し入れ法」や「薪火の炉端で放置法」になると、肉に火入れしているのか?休ませているのか?、もはや分からないかんじですが、いずれにせよ休ませながら加熱した方が肉の中心と外側の温度勾配は緩やかになり、「外側の灰色の部分」は薄くなるはずです。
フライパンで焼くような厚さのステーキ(2.5cm〜3.5cmぐらい)だったら、「加熱し終えてから休ませる」が普通ですが、今回の実験では4cm厚のステーキなので、目標温度に到達するまで「一定時間加熱したら一定時間休ませる」を繰り返してみます。
休ませる時間を決めるルールは、

フライパンから取り出した肉の中心温度の上昇が止まるまで」=「加熱時間の2倍の休ませ時間

にしたいところです。しかし、このルールは「一気に焼いて最後に休ませる」と言う普通の焼き方の場合には有効なのですが、「焼いている途中でも休ませる」場合には、どうもうまくいかないようです。


加熱温度140℃で天地30秒づつ3回加熱→6分休ませる

実は予備実験で、

加熱温度=140℃に設定し、6面を30秒づつ裏返して3回焼く=加熱時間3分→休ませ時間=6分

をやってみたところ、上のグラフのように順を追うごとに中心温度の上昇速度は遅くなり、最後は漸近線的になり、52℃以上温度が上がらない、という結果になってしまいました。
つまり中心温度の上昇が止まる「6分の休み時間」を取ると、肉の表面温度が冷え過ぎて、中心温度の上昇率がどんどん逓減してしまいます。
この場合だと140℃・30秒で6面=トータル加熱時間=3分で、10回も繰り返しているので、加熱時間=30分、休ませ時間=60分で、52℃にするのに合計1時間30分もかかってしまっています。


加熱温度160℃で天地30秒づつ3回加熱→6分休ませる

こちらは加熱温度=160℃にして、同じ焼き方をしたもののグラフです。160℃に加熱温度を上げると、140℃よりは遥かにマシになりますが、それでも4回、つまり加熱時間=12分、休ませ時間=24分で合計36分かかってしまいます。
なので、今回の実験では、

休ませ時間=3分(加熱時間と同一)

としてまずはやってみます。

前塩をするべきか否か?

肉に前もって塩を打つと、コイル状になっているタンパク質の構造がほどけて、肉が柔らかくなります。しかしデメリットととしては「噛み心地がハムみたいになる」と言う人もいます。
筋繊維がほどけているのですから、まあそれもその通りでしょう。それからもちろん、ステーキにソースをかけて食べる場合に、塩味が邪魔になるというのもデメリットとしてあります。
今回の実験では「ソースはなし」にして、重量の0.8%の塩を事前(加熱する1時間前)に打った場合と、加熱後に塩をかけて食べてみるという比較もしてみます。
厚みが4cmもある赤身ランプ肉は、前塩をして柔らかくなって美味しいと感じるのか、やっぱり後塩の方が美味しいと感じるのか、これもかなり主観的な評価になりますが、それなりに興味深いところです。

実験方法のまとめ

ということで、まずは1回目の実験方法をまとめます。

(1)冷蔵庫から出した肉を1辺4cmの立方体にカットする。
(2)前塩する場合は、塩をしてからすぐに冷蔵庫に戻し、30分間待つ。
(3)カットした肉をすぐに(前塩の場合、冷蔵庫に戻して30分経ったら)
ジップロック・真空パックして40℃・10分間の湯せんを行ない、取り出して10分程度置く。(中心温度を上昇させるため)
(4)フライパンで6面すべてを均等に30秒ずつ焼く=合計加熱時間3分。
(5)加熱時間と同じ時間=3分間アルミホイルをかけて休ませて中心温度を測る。
(6)(3)と(4)をワンセットにして、中心温度が54℃近くになるまで繰り返す。
(7)54℃近くまで温度が上昇したらプラス3分(合計6分間)の「休ませ時間」を置き、中心温度の上昇が収束するのを待つ。
(8)最終的な中心温度を計測して完成


Reproのマルチステップ(レシピ)的には上のようになります。STEP05〜STEP12まででワンセット。STEP12の待機中に中心温度を計測して、まだ目標温度に達していなければSTEP05にループバックし、もし目標温度近くになっていればSTEP14に移行し、温度上昇が収束させ、最終的な中心温度を測定します。
それでは早速この実験方針に従って、実験してみましょう。

以降の記事は、Repro公式サイトコラムに掲載中です。

ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(2)54℃実験編

ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(3)53〜57℃実験編

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