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みんな笑顔でマンチーズ―万事快調《オール・グリーンズ》感想

全308ページ。ひと晩で読みました。とにかく面白かった!
舞台は茨城県のとある村、底辺工業高校。
帯には以下のようなあらすじ?パンチライン?が。

このクソ田舎とおさらばするには金!
とにかく金がいる!
だったら大麻、育てちゃえ
(学校の屋上で)。

主人公の秀実・真子・美流紅は高校2年生。クラスに3人だけの女子生徒ですが、特につるんでいるわけではありません。
彼女たちは何がきっかけで結束し、いかにして大麻を入手・栽培・販売したのか?
「大麻でひと儲けして、この閉鎖的な環境から脱出したい」
途方もなく向こう見ずなこの犯罪計画は、果たして成功するのか?

個羊的にはベスト小説オブザイヤー2021でした。
自分用の備忘録も兼ねてレビューします。

①主要人物
②あらすじ
③個羊的おすすめポイント

※ネタバレは②、③のみにとどめたつもりですが、羊は日頃ネタバレに無頓着なため線引きが激甘です。
全文ネタバレと思ってください。

※おまえの御託はいいからとりあえず試し読みしたい!という方は、下のリンクから一部読むことができます。好きなシーンなので読んでほしい。


①主要人物

・朴秀実(ぼく・ひでみ)
在日4世。クラスで浮いている。
ヒップホップとSFが好き。
家族構成は祖母、父母、弟。
父親はいわゆる典型的な昭和の父親。子どもたちにすぐ手を上げる。
母親は子どもや義母の気持ちをあまり慮ろうとしない。鈍感で、どちらかといえば放任主義。
弟は中学生。何をするにも間が悪く、お人好し。苛烈ないじめにあってから不登校になっている。
父母ともにいわゆるクチャラーで、秀実は家族揃っての食卓を何より苦痛に感じている。
放課後は公園でサイファーに明け暮れていて、朝帰りすることもしばしば。
MCネームは「ニューロマンサー」。
人並みに喜怒哀楽はあるものの、どちらかといえば淡白な性格。相手が家族であっても自分のことを容易には打ち明けず、「何を考えているかわからない」「冷たい」と評されがち。
恋愛には今のところ興味がなく、他者に対して恋愛感情を抱いたこともない。色恋にまつわる悲喜こもごもを創作の中だけのものと思っている節がある。
ペア実習や昼休みの手持ち無沙汰の時だけ便宜的に真子とつるむが、真子のあまりの口の悪さに閉口気味。
何かを思いついた時などに指を鳴らす癖があるが、毎回音が出ない。

・岩隈真子(いわくま・まこ)
毒舌文学少女。クラスで浮いている。
家族構成は父母、姉。
父親は小さな傷でも出血が止まらなくなる体質で、母親は米を研ぐだけで突き指するほどの虚弱。
家に膨大な数の少女漫画(母親の趣味)があり、幼少期からそれにどっぷり浸って育った。
漫画だけでなく文学作品も幅広く読んできていることが会話からうかがえる。
中学時代は漫研に所属していたが漫画の腕は全く上達せず、もっぱらシナリオライター一辺倒だった。
自意識過剰でヒロイックな妄想癖があり、3人の中ではもっとも臆病で繊細。大麻の栽培と販売にも「誰かのためになる」という大義名分を求めている。どちらかといえばドライな秀実と性格面で好対照をなす。
ナイーブな内面を覆い隠すため、武装として必要以上に憎まれ口を叩くタイプ。典型的な内弁慶。
幼少期のケガの後遺症でひどいガチャ目。片方のレンズのみ度ありの眼鏡をかけている。そのためか、片目ずつ交互にぎゅっと瞑る奇妙なまばたきをする癖があり、からかいの的になっている。
男子生徒に「横綱級のデブ」と揶揄される描写があることから、太っていることがわかる。
初恋はポケモンのヒトカゲ。

・矢口美流紅(やぐち・みるく)
スクールカースト上位女子。成績が良く、陸上部のスプリンターで足も速い。快活で、生徒の大多数が男子である工業高校においてもクラスの中心にいる。
家族は母のみ。他に祖父母がおり、母親に経済的援助をしているという記述があるが作中には登場しない。
父親はかつて原発に勤めており、そこで事故があったことが原因で美流紅が3歳の時に自殺した。
母親は夫の自殺によるショック、周囲の人々の目、放射線や震災に対する不安から徐々に退行的言動をするようになり、現在は美流紅いわく完全な「子どもおばさん」になっている。美流紅が酒、煙草、男遊びに手を出しても一切咎めない一方、読書をする、眼鏡をかける、暗い映画を一人で観るなどのいわゆる「陰キャ」的言動は激しく嫌悪するという歪んだ教育方針を持つ。
母親と折り合うためか、美流紅は相手の求める人間像どおりの演技をする能力を身に着けている。学校での陽キャ的振る舞いも全てその延長であり、陸上に至ってはきっかけがあれば辞めたいとさえ思っている。
映画が好き。マイナーな作品まで幅広く観ている。上京して映画制作に携わり、ゆくゆくは自分で映画を撮りたいという夢を持っている。

・佐藤幸一(さとう・こういち)
DJノスフェラトゥ名義で音楽活動をしている男。クラブDJとしての知名度はそこそこあるが、内面は女好きのクズ。
ラップのレコーディングという名目で秀実を自宅に誘い、レイプしようとした。結果、ドラッグを盛られて錯乱した秀実に大怪我を負わされ、自室の金庫に隠していた大麻の種を持ち去られる。
秀実が落としていった生徒手帳と自宅の鍵を利用して種を取り返し、仕返ししようと目論んでいる。
ネザーランドドワーフを飼っている。



②あらすじ(※ネタバレ)

秀実・真子・美流紅
学校での様子および家庭環境の紹介

美流紅
実習中、誤って右手小指を切断。
それによる精神的ショックを口実に、
辞めたかった陸上部を離れる。
サイファー中の秀実を偶然見て声をかけ、
何となくつるむようになる。

秀実
レコーディングのため佐藤宅へ。
薬を盛られ暴行されそうになり、
必死で抵抗する。
佐藤の部屋で偶然大麻の種を入手し、
負傷しながらも何とか帰宅。
地震速報で目を覚ました祖母と鉢合わせる。
驚いた祖母は階段から転落、死亡する。

佐藤
秀実が落としていった生徒手帳と合鍵で
深夜、秀実宅に侵入。
祖父母が生活していた一階を物色中、
秀実の弟に見つかる。
とっさに自分は追われており、
しばらく空き部屋に匿ってほしいと頼む。
弟は佐藤には何か事情があると判断し、
匿って面倒を見ることを承諾。

秀実
上京資金が欲しいと語る美流紅に
大麻の栽培と販売を持ちかける。
美流紅、承諾。

秀実・美流紅
大麻の栽培場所を確保するため、
屋上に放置され続けている
ビニールハウスを下見する。
偶然やってきた真子を計画に誘う。
真子、計画に加わる。

佐藤
秀実の弟をいじめていた
主犯格の生徒を二人で暴行。
犯罪行為をしたという弱みを握り、
弟を言いなりにさせようと試みる。

秀実・真子・美流紅
校内に協力者を増やしつつ
大麻を栽培、収穫。
おおむね順調に売り捌く。

佐藤
言いなりになると思っていた秀実の弟が
暴力沙汰をきっかけに自信をつけ
学校に復帰してしまったため、
やむなく秀実宅を去る。

秀実
すっかりやんちゃに様変わりした弟と、
これまでのことを語り合う。
佐藤を家に匿っていたことや、
卒業式の日、佐藤が保護者に紛れて
屋上の大麻ハウスに侵入しようと
計画していることを聞かされ、
屋上で張り込むことを決める。

秀実・佐藤
卒業式の最中、屋上で対峙。
腕力では敵わないと判断した秀実は
自分のブレザーに火をつけて放り、
そこへブタンガスのボンベ
(大麻ワックス製造のために化学部から
持って来ていた)
を投げつける。
爆発で佐藤は大火傷を負う。
大麻ハウスにも引火。
隠してあったバッズが燃え、
大麻の成分を含んだ煙が広がる。
2人は煙を吸ってハイになりながら
再び対峙する。

真子・美流紅
同時刻、卒業式に参列。
2人は佐藤の存在を知らないため、
秀実は卒業式をバックレたと思っている。
窓から煙が流れ込んだと同時に
参列者が次々に異常行動を始めるのを見て、
大麻ハウスが燃えたことを知る。
混乱に乗じて体育館を抜け、
屋上へ向かう。

秀実・真子・美流紅
屋上から血だらけの秀実が現れる。
佐藤の描写は無い(死んだ?)
真子と美流紅が左右から肩を貸し、
3人はとりあえずその場を離れる。
(完)


③個羊的おすすめポイント(※ネタバレ)

あらゆるジャンルからの膨大な引用

秀実はヒップホップとSF小説、真子は漫画と文学、美流紅は映画とそれぞれ異なる趣味をもっており、3人とも自分の得意分野に関しては相当な知識量を誇ります。
そんな彼らの会話や独白の中には、いわゆる名作・名盤と呼ばれるタイトルが大量に登場します。
以下、登場作品の一部を紹介。括弧内にタイトル、括弧外に著者・監督。表記は文中のものをそのまま引用しています。


・「侍女の物語」マーガレット・アトウッド
物語冒頭、秀実が読んでいるディストピア小説。
小指を落とされる女性が登場することから、美流紅が小指を切断するエピソードもこの作品を踏まえていると思われます。

・「ブレイク・ヤ・ネック」バスタ・ライムス

秀実のサイファーシーンにてビートに使用されている曲。2001年リリース。
バスタ・ライムスは一度聴いたら忘れないダミ声と、聴いている方が息切れしそうな高速のライムが特徴。
↓客演ですが羊のバスタ・ライムスおすすめは“Look at Me Now”聴いてくれ。

・「綿の国星」大島弓子
漫画。真子にとっては人生のバイブル的作品。
勇気を振り絞らなければならないような状況に直面すると、真子は作中に登場する奇跡を起こす呪文「ピップ・パップ・ギー」を心の中で唱えます。

・「風と木の詩」竹宮惠子
・「トーマの心臓」萩尾望都
・「アラベスク」山岸凉子

いずれも真子の母親の蔵書。真子は幼少期からこれらを読み耽って成長します。

・「時計じかけのオレンジ」スタンリー・キューブリック
・「現金に体を張れ」スタンリー・キューブリック
・「アンチクライスト」ラース・フォン・トリアー
・「アレックス」ギャスパー・ノエ
・「隣の家の少女」グレゴリー・ウィルソン
・「ブルーベルベット」デイヴィッド・リンチ
・「オーディション」三池崇史

美流紅と陸上部の先輩との会話に登場した映画作品。
美流紅はキューブリック作品では「現金に体を張れ」が一番好き、チーム犯罪ものが良いと語ります。後に自らチームを組んで犯罪に手を出すことになるとはこの時はまだ知りません。
ラース・フォン・トリアーは「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の監督。美流紅が最も好きな映画監督として挙げられています。

・「ユービック」フィリップ・K・ディック
秀実が昼休みに読んでいるSF小説。1969年初版発行。
著者のフィリップ・K・ディックはリドリー・スコット監督の映画「ブレードランナー」の原作者(原題「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」)として有名。

・「ハーダー・ザン・ユー・シンク」パブリック・エネミー

2007年リリースのアルバム曲。美流紅が偶然サイファー中の秀実を見かける場面でビートに使用されている。
美流紅はヒップホップには詳しくないものの、「エンド・オブ・ウォッチ」(2012年のジェイク・ギレンホール主演映画)の挿入歌であることからこの曲を知っています。
また映画と同年、ロンドンパラリンピックでこの曲がテーマソングとして使用され、イギリスのチャートで1位を獲得しました。

・「キャリー」ブライアン・デ・パルマ
美流紅が12歳の時に観た映画。
支配的な母親を持ち、次第におかしくなっていく主人公キャリーに自らを重ね「このままだと、私はキャリーみたいになるかもしれない」と思ったと独白します。

・「ビッグ・リボウスキ」コーエン兄弟
秀実と美流紅がボウリング場で暇を潰すシーンで会話に登場。ジョエル・コーエン、イーサン・コーエンのコーエン兄弟が監督・脚本を手がけた1998年のコメディ映画。
主人公はマリファナとボウリングを愛好している。

・「ベスト・オブ・ユー」フー・ファイターズ

同上のシーン。ボウリング場のBGM。
ニルヴァーナの元ドラマー、デイヴ・グロールが発足したバンド。
秀実はフー・ファイターズを知らない美流紅に「ニルヴァーナっていう伝説的なバンドがあって…」と説明しかけますが「さすがにニルヴァーナは知ってるから」と一蹴されます。

・「万事快調」ジャン=リュック・ゴダール、ジャン=ピエール・ゴラン
秀実が美流紅と共にミニシアターで観た作品。1972年公開。脱・商業を掲げたゴダールの政治映画。
書名と主人公たちの犯罪チーム名「オール・グリーンズ(システム・オールグリーン=万事快調)」に使われていることから、この物語のメインテーマともいえる作品であることがわかります。
秀実はこの作品を「ストライキやスーパーマーケットでの(うまくいかない)暴動を描いたこの映画のどこが『万事快調』なのか」と評しますが、「今はうまくいっているように思えても、どの道ろくな未来が待っていない」という意味では、彼女たちの犯罪計画そのものを表しているともいえます。

・「無伴奏ソナタ」オースン・スコット・カード
・「アルジャーノンに花束を」ダニエル・キイス
・「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ
・「夏への扉」ロバート・A・ハインライン
・「たったひとつの冴えたやりかた」ジェイムズ・ティプトリー・Jr.

弟に、自分が読むから本を貸してほしい(実際は空き部屋に匿っている佐藤に暇つぶしを与えるため)と頼まれた際、秀実が選んだ5冊。すべてSF。
秀実いわく「SFに明るくなくとも読みやすく、なおかつむせび泣きたくなるほど感動的」。
秀実が選んだとは知らない佐藤は本を弟に返すとき「面白かったよ。いいヒマつぶしになった」と発言しています。弟が秀実と佐藤はどことなく似ていると評する場面があることから、佐藤の手癖の悪ささえなければ2人は近しい感性を持つ友人になれたのかもしれません。

・「水星」トーフビーツ

ヴィレッジヴァンガードの店内BGM。秀実とサイファー仲間のジャッキーはここでデート(と思っているのはジャッキーのみ)を楽しみます。

・「ファイト・クラブ」デヴィッド・フィンチャー
・「セブン」デヴィッド・フィンチャー

美流紅の母トキちゃんは、娘の小指切断事故のショックで心身に異常をきたし寝込んでしまいます。
上記2本の映画は、母親のためにコンビニへ買い出しに行く美流紅の回想に登場。
美流紅は母親との関係に改めて疑問を持ちます。果たしてこんな風に甲斐甲斐しく世話を焼く必要があるのだろうかと自問し、「ファイト・クラブ」の主要人物タイラー・ダーデンならそんな母親などとっとと殺せと言うだろうか、と想像します。

・「ファイト!」中島みゆき
3人の高校の終業式、スピーチで校長が歌詞を引用。
「校長」という立場は体制側である上、彼自身は郷土愛の重要性を語るような人物であることから、そんな人物がこの歌詞を引用することは欺瞞だと真子は憤ります。

・「風の歌を聴け」村上春樹
屋上に偶然入り込んだ男子生徒と秀実の会話に登場。
秀実は主人公の「僕」が影響を受けたと語る小説家「デレク・ハートフィールド」は架空の人物であるという豆知識を披露しますが、男子生徒は本なんか読まないから知るわけないと一蹴します。

・インフィールドフライ
上記の男子生徒の会話より。
野球用語。作品ではありませんが「野球をやらない/観ない人には何のことだかわからない」という意味ではあまり変わらないので紹介。
ダブルプレーが取れる状況で上がった内野フライで、ルール上自動的にアウトになるとされる。
男子生徒が自身の経歴を語る上での例えとして引用されていますが、野球に詳しいと思われる人のレビューでは「この文脈での解釈は間違っている」という声も。
羊は野球のルールほとんど分からないので、真偽は確かめようがありません。詳しい人がいたら読んで教えてください。読んで。

・「セルフ・ケア」マック・ミラー

秀実とジャッキーの会話に登場。
マック・ミラーは2018年9月に26歳の若さで世を去ったラッパー。死因はオーバードーズと言われています。「セルフ・ケア」は生前最後のシングル曲であり、自らの死を予言するようなリリックが盛り込まれています。
MVは2010年のライアン・レイノルズ主演のソリッドスリラー「リミット」を彷彿とさせるストーリー。

・「コインロッカー・ベイビーズ」村上龍
・「ハートシェイプト・ボックス」ジョー・ヒル
・「虚の王」馳星周

秀実が初めての客であるジャッキーにバッズを売る際、本文をくり抜いて容器として使った小説。本をくり抜くのは真子のアイデアで、入れ物として利用するためには最低でも500ページ以上は必要とのこと。
秀実はジャッキーに「超ヒップホップだから」と「コインロッカー・ベイビーズ」を読むように薦めています。
「ハートシェイプト・ボックス」はニルヴァーナの同名曲が知られています。著者であるジョー・ヒルの著作には「ノスフェラトゥ」(吸血鬼の意味。佐藤のDJとしての名義)という題名の作品もあります。

・「さよなら人類」たま

3人が真子の家で初めてマリファナを試した際、秀実がぶつかったコンポから大音量で流れた曲。
コンポは真子の姉の私物であることから、セットされていたCDも姉のものと考えられます。彼女の趣味が垣間見えます。

ここに挙げたものはほんの一部で、他にも無数の引用やオマージュがあります。タイトルの明記がないものも。
例えば、屋上でネズミを捕まえた秀実は「写真には写らない美しさがあるから……」とつぶやきます。THE BLUE HEARTS「リンダリンダ」です。
引用されている作品を知らなくても問題なく読み進めることができ、冗長な蘊蓄や解説は無し。それでいて、その作品がどういうものかがぼんやりわかるところが親切です。物語全体のアップテンポなスピード感も損なっていません。

圧倒的なわかりみ

急にサブタイのIQ下がるの何なの?ちゃんとした文章考えるの疲れた。昔は読書感想文得意だったのに。歳は取りたないですね。
ここから先はごくごく個羊的な感想です。本文から読み取れる以上のことまで都合よく想像して補完し、唐突な自分語りも挟みます。
物語の概要と雰囲気がなんとなくわかったなと思ったらこの先は読まなくていいです。
「わかる〜」と思った場面を書き留めておきます。何がわかるのかって?知らねえよ。

部活の後、先輩の男子生徒に「腕の振りがちょっと硬い」と呼び出され、フォームの指導を受ける美流紅。
美流紅は優秀なスプリンターなので、ぶっちゃけ腕の振り方まで今さら先輩に手取り足取り(脇をしめて後ろに引く!とか言って腕を引っ張られる。きんも〜)教えてもらう必要はないと思うんです。百歩譲ってフォーム硬いよって一言言えば済む話じゃんね。どう考えても触りたいだけなのを指導というオブラートに包むのキモすぎるな。羊は体育からっきしダメだったので知らんけど。
美流紅自身も以下のように独白しています。

ただ女子に「教えたいだけ」の具体性のないアドバイスにニコニコ頷いてるくらいなら、映画の話でもしてたほうがずっとマシだ。

性別にかかわらず、人にアドバイス(笑)をして、相手に感謝されることで自尊心を満たすタイプの人間は一定数いますから、ここまでは静かな静かな娘の視野で良しとしましょう。問題はここから。

指導(笑)をニコニコ頷いて受け流した美流紅。話すことがなくなり、先輩が着ているTシャツ(「時計じかけのオレンジ」のプリント)を取っ掛かりに映画の話題を振ります。
自分が観たことのある映画を相手も観ていて、ぐっときたポイントはここだったと会話のボールを返してもらえたら普通は嬉しいですよね。わかる〜!って盛り上がる。何がわかるのかって?知らねえよ。
しかし先輩は、自分の挙げる映画を美流紅が「○○監督ですよね」「○○が良かった」と返すたびにどんどんそっけなくなっていきます。
美流紅が答えると、じゃあこれは?これは?というように、次々に違うタイトルを挙げる先輩。「それは知らないです、どんな映画なんですか?」という反応を待っているのが見え見え。
辟易した美流紅は、話題を地元にできたミニシアターに移します。これなら知識マウントを取られずに済むはず!
ところが先輩の食いつきはいまひとつ。聞けば彼は、映画館にはほとんど足を運ばないタイプ。DVDとか配信のほうが気楽じゃん?と言う彼に、呆れ果てた美流紅はそんなものは所詮代用品だ、映画はスクリーンで見る用に作られているんだから、とうっかり口を滑らせてしまいます。
露骨に不機嫌になる先輩。美流紅は慌てて彼のご機嫌を取ります。ニコニコし、私は先輩ほどいっぱい映画観てないんで〜!面白いのあったら教えてください!とバカ女のふりをします。
話を切り上げて先輩と別れた後、精神的な疲労をどっと感じる美流紅。
これで帰宅したら再びカチンコが鳴り、今度は母親の求める「ちょっと頭が足りないけどかわいい娘」の芝居が始まるわけです。美流紅は女優じゃなくて監督になりたいのにね。そら疲れるわ。

羊は芝居をするまでもなくバカ女ですから、そもそもマウントを取られていることに気づきません。というか基本的にあまり人の話を聞いていません。
なんか言ってること良くわからんけど楽しそうに喋ってるわこの人!羊も楽し〜!あげ〜!したがって、幸いにしてこのような憂き目に遭ったことはありません。
しかしながら、同様の被害にあった女友達は枚挙に暇がないほど見てきました。そのうち99%が男性からの被害。お?クソフェミお得意の男sageか?って怒られそうですね。
でもマウントの内容は違えど、どの体験談も構図は笑っちゃうほど同じなんですよね。彼氏の勘違いを指摘したら烈火のごとく怒った、「お前はこんなマニアックなこと知らないだろうけど」という前提で話された、知らないと言うまで延々と話を変えられた…「こいつは女だし、俺よりものを知らないはずだ」というのが前提にあるんだなと思います。
羊は異性の友達があまりいないクソ陰キャブスなので聞いたことないんですけど、先輩後輩なんかの上下関係があれば「こいつは女だし」が「こいつは後輩だし」に置き換わって男性同士でもこういう被害が存在するのかもしれないですね。知らんけど。

会話が良い

会話の良さも書いておきたい。この作品の会話文の特徴としては、

・テンポが良い
映画や本の話をするシーンでもだらけない。話が長いと「何が言いたいん?noteでやれ」と思ってしまうので助かる。

・リアル
いわゆる女言葉を使う人物が一人もいない。女言葉それ自体を否定するわけじゃないけど、この作品には合わないし、何よりそれだけでリアルじゃなくなるよね。
そんなわけで男女の別なく口調は似たり寄ったりだけど、誰がしゃべってるかはちゃんと分かる。

・ほぼ全員口汚い
主要人物みんな口が汚い。
毒舌とちょっと違うんだよな(真子は毒舌でもあるけど)。あくまでも汚い言葉を使っているだけというところに好感がもてます。自分は正論を言っているんだという、ガキの鬼ごっこでいうところの「バリア!今バリアしてるから!タッチしても無効ね!」みたいなやつがない。
あとリアルで「私毒舌だからさ〜」って自称するやつはクソなので舌を噛み切って死んでくれ。

好きな会話文をいくつか引用します。

「おーい美流紅ーって呼ばれるたびに、あっ死のうかな! って思うわけ」
「大麻(ガンジャ)とニンジャって似てるよね」
「似てねーよカス」
「ティーンエイジ・ミュータント・ガンジャ・タートルズ」
「ああ!?なんだてめぇ」
「一生ひとりで自慰にふけってろ。苔のむすまで、な!
「お前は性的な目で見てんの?ヒトカゲを?」
「なんだよ。なんか悪いかよ」
「屹立した、って言葉、男根に対してしか使われなくない?」
「食い物を粗末にするなよ」
「やだね。どうせしょうもねぇ人生なんだから、食い物くらい好きに粗末にさせろ。私は食い物を粗末にするし、イライラしたら物に当たる」
「最悪じゃねぇか」
「お前に言われたかねぇよ。ビニールハウス・ファッカーがよ」
「なにに使うんだよ」
今村がマチェーテを肩に担いだ岩隈に口を挟んだ。
「ちょっと、切るものがあって」
「なにを切んだよ」
「お前の家族の首だよ!そのあとお前」
「現実に因果応報なんてないからさ。そんなもんクソだ。やり方次第で、応報される前に因果から逃げ切るのだって余裕!」
「うるせぇ。矢口美流紅にはやんねー。なにがミルクだよ。しょうもな。ミルクちゃーん」
朴は挑発的に食い下がる。
「今それ言う?今さら名前イジりとかやる?」
「九進法の女は黙れよ」
「指の数イジんな!」

ドライなのにエモ

どんどんサブタイのIQが下がる。
主人公の秀実・真子・美流紅にはそれぞれ抱えている家庭の事情やトラウマがあります。
そりゃ誰だって多かれ少なかれ抱えているものですし、特に小説においては登場人物に深みを持たせるためには必須項目のようなもんですね。さらに片田舎の底辺高校という舞台設定上、彼女たちのみならず周囲の環境そのものが殺伐としていることも確かです。
主人公3人の良いところは決してそれを感傷的に語らず、決して傷を舐め合わないこと。一番ナイーブである真子でさえ、弱気になる場面はほとんどありません。
お互いの家庭環境のことを話すシーンもありますが、誰も深く突っ込んで聞こうとはしないし、話す側も傷ついているという顔は決して見せません。ほどよい距離感ですね。
メソメソしている暇があるなら大麻を捌け、トラウマなんかそんなもんケツ拭いて捨てとけと言わんばかりの勢いです。強いですね〜。

また良いのはそんなドライな3人ですが、それでもエモな瞬間があること。
ぎこちなく修復していく秀実の家族。毒舌でやり込めてしまった後輩と再び話せるようになり、密かにほっとする真子。目的のためにつるんでいるだけだった真子と美流紅のことを、間接的にではあるものの「友達」と呼んでしまう秀実。幼児退行している母親と、意を決して正面切って話す美流紅。
個羊的に好きなのは、家族とボウリング場に来た秀実と、そこでバイトする真子が出くわす場面。ふたりは「万事快調!」と言い合い、短くふざけあって笑ったのちに別れます。もうそれ友達じゃんよ。

結末もドライすぎずエモすぎずで良いですね。コメディとバイオレンスを足して2で割ったようなクライマックス。
佐藤と渡り合っていた秀実が生きて戻ったことは幸運でしたが、大麻ハウスが燃えたことによって学校側に何もかも露見してしまうだろうということは想像できます。屋上での活動を表向き「園芸同好会」として届け出てしまった以上、3人は真っ先に疑われることになります。やっと家族仲が修復し始めた秀実と美流紅も、打ち込めることを見つけた真子も、警察に追われる身となるわけです。
種子を保存して次世代に「オール・グリーンズ」の活動を引き継いでいこうという計画も台無し。結局、彼女たちが手にしたのは3人で山分けしたひとり300万円のみ(しかも美流紅の分は母親に燃やされてしまったのでゼロ…)。
どれだけ楽観的に考えても、どうしようもない未来が待っていることを予感させる結末です。しかしながら犯罪が完璧にうまくいくよりは印象に残り、凋落まで描かれるよりは希望が持てる。これがベストな終わり方なのではないでしょうか。
なんとなく、この3人は転んでもただでは起きないような気がするのが救いです。特に秀実、ラッパーは大麻でパクられてからが本番だよ(偏見)。

おわりに

最後に、著者である波木銅さんの松本清張賞受賞エッセイを貼っておきます。これもめちゃくちゃ面白くて、なおかつ唸らされたので読んでください。
最終選考に残ってから気が気じゃなくてずっとマイリトルポニー観てたってなんだよ。どういうチョイス?クセ強すぎだろ。いい話にもっていけるのがすごい。

映画や本のレビューをnoteでたくさん書くのは、もともと文化的素養のある人が作品をくり返し摂取して考察を練った末にやる事であって、羊のような考えなしのやる事ではないと思って避けていましたけど、あまりに面白かったので書きました。
考察してないとか解釈違いとかどうでもいいわ。とにかく面白かった。何度読んでも、どこから読んでも飽きない作品です。ぜひ読んでみてください。


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