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行方不明の妻と猫

その窓は、いつから開いていたのだろうか?カーテンの隙間からは、眩しい朝の日差しと共に、やわらかな春の風が、部屋の中にまで吹いていた。そして、その風に乗って、ひとひらの桜の花びらが、ひらひらと音もなく舞いながら、部屋の中へと入って来た。そんなことさえ全く気づかず、僕はベッドに横たわり、瞼をそっと閉じたまま、とにかくじっと考えた。一体ぜんたい、メル(わが家の猫)はどこに消えたのだろうか?そして彼女(僕の妻)は、果たしてどこへ行ったのだろうか?もしも自分が、明智小五郎やシャーロック・ホームズのような名探偵なら、その謎を、いとも容易(たやす)く解き明かしたかも知れないし、あるいは自分が、古畑任三郎やコロンボ刑事のような名警部なら、一時間以内に犯人を見つけて、解決したかも知れないが、残念ながら、僕は単なる素人で、しかも冴えない中年男だったから、この場でいくら考えても、その糸口は、全く発見出来なかった。こんな場合、小説やドラマではよく、事件のヒントになるモノが、何かしら残されているものだが、そんな小さな手掛かりも、家の中にはどこにもなかった。いや、きっと、それはどこかにあるはずなのだが、それを見つけられないのは、僕がよっぽど鈍いのか、あるいはきっと僕の目が、節穴だからに違いない。けれども、次の瞬間に、僕はハッとひらめいた。そうだ、彼女に電話をしようと。本当は、家の中を探す前に、電話をするのが先決だったが、今朝の僕は動揺していて、そんなことさえ忘れていたのだ。だから早速、近くにあったスマホを取って、僕は彼女に電話をかけてみたけれど、案の定、やっぱり彼女は出なかった。念のため、もう一度だけかけてはみたが、発信音が留守番電話になる前に、電話は途中でプツリと切れた。まるで、僕と妻との関係が、今日を境に、呆気なく、いきなり切れたかのように…。


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