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ある朝、君は忽然と

朝だった。窓の外では太陽がのぼり、そよ風が吹き、木の葉がそよぎ、小鳥がさえずる、平和で穏やかな朝だった。カーテンの隙間からは、やわらかな朝の日差しが、ベッド脇のテーブルや、二人を包むシーツの上に伸びていた。そんな朝の光景を、思い描くかのような、まばゆい夢から目を覚ますと、あろうことか、僕の隣にいるはずの、妻がどこにもいなかった。おそらく、トイレにでも行ったのだろうと、ベッドの上で、しばらく待っていたけれど、いつまで待っても、戻る気配は全くなかった。念のため、ベッドの下や、トイレはもちろん、キッチンや、バスタブの中や、押入れの中や、屋根裏部屋の片隅まで、わが家をくまなく探してみたが、やっぱり彼女はいなかった。これは一体、どういうわけだ?と、僕は思った。あるいは彼女は、かくれんぼでもしているのかと、僕は次に思ったけれど、彼女はしかし、こんな時間にかくれんぼをするような人ではなかった。それともちょっとその辺で、散歩でもしているだけかもと、僕は続けて思ったけれど、彼女と結婚して以来、こんな時間にたった一人で散歩をするのは、はっきり言って一度もなかった。もしかすると、これは僕を驚かせるためのサプライズなのかも知れないと、僕は試しに思ってみたが、彼女は元々、そんなことをするような人でもなかった。だとすると、彼女はどこへ行ったのか?この場でいくら考えても、思い当たる節はなかったが、たとえそれがあったところで、彼女はどこにもいなかった。おまけに、ここにいないのは、彼女だけではなかった。彼女がとても可愛いがっていた、わが家の愛猫メルシーも、いつの間にやら、その姿を消していたのだ。まるで、見えない扉の向こうから、誰かにサッとかけられた、魔法のように忽然と。


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