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【感想】「列」(著:中村文則)

概要

男はいつの間にか、奇妙な列に並んでいた。
先が見えず、最後尾も見えない。そして誰もが、自分がなぜ並んでいるのかわからない。
男は、ある動物の研究者のはずだった。

現代に生きる人間の姿を、深く、深く見通す――。

競い合い、比べ合う社会の中で、私達はどう生きればいいのか。
この奇妙な列から、出ることはできるのだろうか。
ページをめくる手が徐々に止まらなくなる、最高傑作の呼び声も高い、著者渾身の一作。

出版社HPより引用

 BS12で放送されている本に関する情報番組「BOOKSTAND.TV」の著者ご本人が出演した回を見て、購入しました。

 中村さんの本は、「カード師」だけ読んだことがあって、そちらは自分の好みとはちょっと違ったのですが、本作は面白かった。

感想

 本作は三部からなる物語で、第一部は主人公が何かの列に並んでいる場面から始まり、何の列なのか、列の一番前・一番後ろはどうなっているのかの様子も見えず、自分がなぜその列に並んでいるのかもわからないまま、なかなか動かない列にじっと並んでいるようすが描かれます。
 第二部では急に場面が変わり、第一部で列に並んでいた主人公と思われる男が、猿の研究をしていて、同じ列の前後に並んでいた人たちも登場する過去回想シーン、第三部では、列の場面と過去の回想とが入り混じりながら、この列は何なのか、なぜ自分やほかの人は列に並ぶのかということが掘り下げられていきます。
 現実(研究の過去回想)から列に並ぶこと(現在)への変換が面白いし独自の視線だと自分は感じたのですが、自分なりの受け止めとしては、最初は猿の研究を通じた新発見や自己実現を目的として掲げていたのに、組織やコミュニティに属しているうちに、准教授のポストやパートナーとの生活を成立させるための経済力の獲得といった方に目的自体がすり替わってしまっていくという話なのかなと理解しました。
 そういう事象って自分の周りにも普通にあって、就活のときはやりたいことがあったり、入社当初は右も左もわからないながらに自分のスキル向上のために頑張っていた(つまりは、良い意味で世界を自分中心に完結させられていた)のに、次第に、出世争い(しかも上の年次が詰まっていて、なかなかポストがあかない)や同僚との比較、いかに効率よく評価されるかといったように関心が変わっていったりという経験があるので、そのような状況に照らしながら本作を読みました。
 しかも最近は人材の流動性が高くなっているから、列に並ぶこと(組織内の上のポストを目指す)より列を抜ける(より良い条件の他社に移ったり独立したり)方が賢いこともままあるんですよね。そして、組織側は、いかにして人間たちを列に並ばせ続けるかを必死に考えているという。
 本作第一部では、何の列なのか判然としないままで、どちらかというと列から出ていく者が、余計な情報に惑わされたりして思慮が足りないようにも取れる書き方になっているかなと思ったのですが、実社会を考えると、実はそうそうに列に見切りをつけて、新しい世界を探す方が正しい判断のときもあるなあと思った作品でした。

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