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”ぼくたちの手は世界一濃い青に染まっている”

いつもこの人たちと会うときはわくわくしていた。
馴染みの顔を思い浮かべてみる。同じ地元岡山の高校の野球部で偶然出会い、仲良くなった。もう卒業してから10数年がたつけれど相変わらずよく会う。変わってしまったのは、住む場所と、移動手段であるカラフルなママチャリが、自動車になったことくらいだ。
いつもの集合場所に、全国津々浦々から、続々と集まってくる。若干の大所帯、車2台編成で、目指す場所があるからだ。

国道2号線のそのまた先、岡山県は児島にぼくたちの聖地がある。”児島ジーンズストリート”だ。

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少しだけ説明すると、
児島ジーンズストリートは、倉敷市児島という
地域にある、味野商店街の中の400メートル
ほどの通りのことだ。ジーンズの聖地と呼ばれ
世界各国のジーニストたちが
「児島クオリティ」を求めて続々と訪れる。
詳しくはホームページの説明に譲る。
http://jeans-street.com/

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ここがぼくたちの玄関だ。あやうく靴をぬぎかける。西に行けば天下の桃太郎ジーンズ、東に行けばJAPAN BLUE。いきなり天下の分け目、ここはさしずめ関ヶ原。どちらにつく気だ小早川?と書状が両陣営から届きそうだ。

この400メートルほどの通り、大人の足でウインドウショッピングをしながら歩いても、1時間とかからない。だが僕たちは、ここを通るのに6時間かける。いや、6時間どうしてもかかってしまうという方が正しい。

各店舗で店員さんから、こだわりとウンチク、果てしないシーンズへの愛情を聞くからだ。さらっと、しれっと退店すればいいものを、飛んで火にいる夏の虫だ。ぼくたちは、この手の話を聞かないと帰れない病気なのだ。

その真髄を教えてくれるお方が、ストリートの最終地点にドンと店を構えて待っている。今日が、ジーンズストリート初参戦のメンバーがいた日にはもう最高である。なにも前提知識がないので、

「ここってどんなジーパン置いてるんですか?」

と無邪気に聞いてしまう。

「お、やりおったな!」
「解説、3時間はカタいな!」
「これよ、これよ。待ってました!」

ぼくたちは、このアイコンタクトを瞬時に飛ばし合う。社長の周りにじわじわと近寄り、頃合いをみてつっこんだり、質問攻めにしたりする。コンサル界隈の横文字も、ベンチャー企業のハイカラワードも裸足で逃げ出す圧倒的専門用語の雪崩。身振り手振りで、染料であるインディゴのこと、デニム生地の織られ方、なによりジーパンへの愛情をビンビンに伝えてくれる。ジーパン好きの証である、インディゴ色に少し青く染まった手が誇らしげだ。

ジーパンのことが知りたいのに気づいたら半分以上ミシンの話だったこともある。「このミシンがなければ、2度とこのジーパンは縫えない。ゼロ戦と同じで、すでにこのミシンはロストテクノロジーになっている。だから同じミシンを作ろうと思っても再現できない」ほう、このロマン、大好物。一同が目配せをしてニヤつく。そしてぼくたちは文化遺産を履いていることを自覚する。

ふと冷静になって、なぜこんなにもジーンズを偏愛しているのだろうかと思うときがある。外野から見れば洗脳に近いようにも思えるし、ファストファッションと比べても、これらのジーンズ1本で結構な値段もする。いろいろ思いめぐらせたが、僕が導き出した結論は2つ。

「好きなものを好きと言いあえる人がいること」
「唯一の相棒としてジーパンを育てることができること」

1点目はスッとわかってもらえると思う。ただ、ぼくたちを熱中させているのは圧倒的に2点目だ。「ジーパンを育てる???」まあまあな謎ワード。これをイメージするならば、ポケモンだ。博士から最初に貰う3種類のうちの1匹のポケモン。まずどれにしようと悩む。後々のストーリーにも影響してくるし、見た目やタイプにもプレイヤーの好みがあるからだ。これはぼくたちでいうところの、「購入」にあたる。ポケモンなら3つの選択肢だが、ぼくたちは100以上ある選択肢から選ぶ。気が滅入るどころか、ニヤニヤしてしまうのがぼくたちジーニストの変態性だ。誇りに思っている。

ポケモンを選び、ストーリーを進めていくと、ライバルに負けたり、いろんな技を覚えて強くなっていったりと、ゲーム内でストーリーを刻んでいく。これを、ジーンズに置き換えてみてほしい。「ジーンズにストーリーを刻む」と言い換えられたのではないだろうか?ジーパンは履けば履くほど、成長する。というのも履くことで、生地が擦れて色落ちしたり、シワが入ったり、キズがついたりする。こうして酸いも甘いも知り、自分にしか出せない変化をジーパンに残していく。「このスタンス!美学!たまんねえ」ということだ。はい、ここテストに出ます。

※基本的にどこの店員さんも、ジーンズについてわかりやすく教えてくれる。だが、がっぷり四つで、話について行きたくばジーンズソムリエの資格を勉強されたし。ぼくは取得した。

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意図せずして昼食抜きになったぼくたちは、夕方、いつもの居酒屋へ急ぐ。
上がりきったぼくたちの体内インディゴ濃度をビールで薄めるためだ。

「また、社長の話で遅くなってもうたなあ」と言いながら、みんなの顔は嬉しそうだ。昔の話や、将来のこと、話題は尽きないが、メインはいつもジーパンの話だ。ここでは、お互いのジーパンを褒め合うという最高の時間が待っている。「ちゃんと膝裏のシワを見せろ」と、座敷席で壁に向かって10分立たされるのはご愛嬌。

話に熱が入り、手にかいた汗をおしぼりで拭く。「こいつは11オンスのおしぼりだな」なんて、もう1人のジーンズソムリエがやかましい。

いかんせん旧知の友人との飲み会は去りがたい。だが、ぼくたちは、長年の経験で培った退き際というものを知っている。全員のおしぼりが、”世界で一番濃い青”に染まった頃、宴もたけなわということである。方々へ帰路につくジーンズが、繁華街のネオンに映えている。

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