傷を買う。

傷つけられるのは誰しも嫌な筈だ。
無論私だって嫌だ。
人間関係のささくれ立った所から生じる傷も嫌だし
自分から刃物ですっぱりと切って出来た傷も嫌だ。
とにかくつけるのも、つけられるのも嫌なのだ。リアルに病む。

しかし、それとは裏腹に“心が傷つく作品”は好きである。
できれば読み終わった後や見終わった後に
げんなりしてしまうような作品だ。
この傷は、紙で指を切った時みたいな傷に似ている。必ず痛い。
でも懲りずに何回もやってしまう。そんな作品だ。

私が今までに読んだ小説、見た映画、行った舞台は
本数としてそんなに多くないが
その中で何処か少しでも傷つくような場面があると、その作品の事が忘れられなくなる。
スタンリー・キューブリックの『時計仕掛けのオレンジ』は傷ついた部分もあったけどエンディングはいっそ痛快だった。
終わった後や途中で「うわぁ、もうどうにもなんねぇ」と絶望してしまう部分があったらよい。
ジャック・ケッチャムの『隣の家の少女』を読んだ時、途中の方でそんな気分になって
傷つく通り越して、作中の展開に心底がっかりしたものだ。
大川興業の『サバイバーパンク』の地方版エンディングを見た時に恐怖で震えた時もある。
ただ、どちらも時間を置いた後に妙な納得をして終わる。

新海誠監督の『君の名は。』とても話題作品だし
『秒速5センチメートル』が好きなので見に行くことはやぶさかではない。
『シン・ゴジラ』の評判が周りで頗る良くて、行ってみて、かなり楽しんだ。友人のたけこさんを誘って二回目を見に行ったりした程なので、話題作に対するフットワークは重くない。時間もなくはないけど、
見に行っていない。この作品に限っては腰がものすごく重い。
それにはいろんな理由があるのだけども、周りの評価が真っ二つなのもあるし、先にあらすじを読んでそんなに惹かれなかったというのもある。
でも、もう一つ大きい理由があるとするなら「自分の中で秒速5センチメートルがベストすぎて、新海監督の他の作品を見たくない」という事だと思う。

Blue-rayのプレイヤーを買った時に
何か映像が綺麗かどうか分かるディスクをという事で
背景の評判が高かった『秒速5センチメートル』を買った。
再生すると、確かにかなり映像が美しかった。
桜、海、宇宙の細かい所が見えた。
ストーリーはネットでも「鬱」と名高かった。
見てみて、なるほど、これはどうにもならねぇと思ったし、心にはしっかり引っかかった。
「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」の三本とも
もれなく誰か傷ついている。
中でも「コスモナウト」の花苗と「秒速5センチメートル」の理紗の傷つきが印象深い。
貴樹が自分を見てくれない理由を察してしまった花苗、1000回メールをしても心は1センチしか近づけなかったと告げた理紗。
勿論主人公の貴樹もずっと傷ついている。皆が皆、綺麗な景色に打ちのめされるように傷ついてる。そんな部分が好きだった。

「ナイス傷つき」を与えてくれた『秒速5センチメートル』。
新海監督の作品を見たのは、今の所後にも先にもこれだけだ。
架空の傷つきでも「得た物」がとても大きかったから、私の中の新海監督はこれでお腹いっぱいなのだ。
『君の名は。』は、本当に人に誘われないと行かないだろうと思う。

わざわざ、傷つくような作品を見たりする事。
お金を出して傷を買うという事。
架空の傷つきを買って、自分の心の来るべき何かに備えているんだろう。
「あ!この問題進研ゼミで見た!」みたいな手軽さで「あ!この不幸な出来事は漫画で読んだぞ!」みたいな。
だから自分、大丈夫です。みたいな。

「文豪になりたいなぁ」なんて呟いたら
「どんな作品書きたいの?」と、知り合いに聞かれた。
「読んで、心のどこかにひっかかるような奴」と答えたら
「自分に刺さるような?」と返ってきた。

…当たっていた。

結局は、自分もどこか傷ついていたいのかもしれない。
誰かのどこかに引っかかる為に。

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