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安全基地を求めて、、、

初めましてmasakiです。

 いきなりですが、気がつけばなんでも相談できる人って、いる人もいない人もいると思うのですが、もしそういう人がいるなら思い出して欲しいのです。

過去を振り返って「あの人なんだか話しやすかったな」とか、「なんでも聞いてくれる人」だなとか、ふと「気がつけば居心地が良かったな」とか、そういう人っているじゃないですか。いないと思った人は学生時代の先生を思い出して探してみてください。この先生はなぜか話しやすいとか、居心地がいいとか。

自分の中で仲がいい人ではなくて全然よくて、今は連絡をとっていなくてもいいんです。少なからず一人や二人そういう人いると思いますので探してみてくだい。

それでそういう人たちって共通点みたいなものがあって、なんだか安心できたり落ちつけたり、本来の自分をさらけ出せたりして、安心できるんですよね。

その安心できたとか、居心地がいいとか、相談しやすいとか、とにかく包容力の塊みたいなイメージですね。何を言っても否定されずアドバイスもされず、〇〇才なんだからそのぐらいやったほうがいいとか、合ってる間違ってるとジャッジされたりと、そんなこと全くしない人たち。

そういう人たちって、あなた(自分)にとって安心で安全な場所だと思うのですが、どう思いますか?

前置きが長くなってしまいましたが、安心で安全な場所こそが、今回のテーマの『安全基地』なんです。

安全基地って「なに」?と思われる方が多いのではないかと思いますので、説明をさせていただきますね。知っている方はなんだ〜と思われるかもしてませんが、復習と思って読んでみてくださいね。

安全基地(あんぜんきち、: Secure Base)とは、アメリカ合衆国心理学者であるメアリー・エインスワース1982年に提唱した人間愛着行動に関する概念である。子供は親との信頼関係によって育まれる『心の安全基地』の存在によって外の世界を探索でき、戻ってきたときには喜んで迎えられると確信することで帰還することができる。現代においては子供に限らず成人においてもこの概念は適用されると考えられている

引用)ウィキベディアより

上記が安全基地の内容なのですが、概要もあったほうが理解しやすいと思うので、引用しますね。

心の拠り所としての『安全基地』
安全基地」とは、子供にとっての愛着対象が、幼い子供に提供する心地よい安定や保護が保証された環境を意味する。
子供は母親などの養育者を安全基地のように感じられると、好奇心は外の世界に向けられ、外的世界を探検することができるようになる。危険信号を感じると愛着対象にしがみつき、危険が過ぎると再度探索を行う。必要に迫られた時に心のよりどころとなる『心の安全基地』を持つことによって、辛い境遇や危険を乗りこえていくことが出来るようになる。

引用)ウィキベディアより

これ子供だけじゃなくて大人になってもあるんですよね、僕自信の感想とすれば、悲しいことや辛いこと一人では心細くなった時に、話を聞いてくれたり、話をしても安心して信頼して頼ることができる人や、もう一度やってみようと思えてくる環境が、安全基地ということなのかなと思います。

前置きにも書きましたが、誰かに何か話を聞いてもらいたいと思った時に、頭の中に浮かぶ人は、僕自信限られているなと感じますし、そういうことは誰でも話したいとも思わないのではないかと思います。

こちら(私や自分)が話をしている時に、否定されたり話を途中で遮られたり自分の話にすり替えられたりした人とは、心のうちを話したいとは思わなくなるとおもいますし、マウンティングなんか論外かもしれませんね!

ぜひこれを読んでくださったみなさん、過去や現在で、この人自分にとって安全基地だなと思う人のことを思い浮かべてみてください。共通点がきっとあると気づくとおもいますので探してみてください。

その時にその人と関わったことで感じるのは、元気が出たなとかもう一回やってみようと前向きになれるので。


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