約束の未来~Re:set~⑮
第四章 許されないことだとしても②
テスト前の早帰り、保育園側から学生は勉強第一と言われてこの時期は行けないので真っすぐ帰路につく途中、何となく前から思っていたことを聞いてしまったのだ。
「宵ってどこに住んでるの?」
「どこ? え? 時空界だけど、何で?」
とさも当たり前かのように答えたけれど。
「毎日、時空界に帰ってるの?」
私の頭の中は疑問符だらけだ。
そんなに簡単に行き来できる場所なんだろうか、と。
「紅ちゃん、興味ある? だったら今から見に来る? すぐだよ」
なんて電車で一駅みたいな軽い誘いに固まっていると。
「ダメだよ、紅は許可されてない」
碧が割って入ってくる。
許可? 許可って何?
「パスポートみたいなもの、宵は多分日々行き来できるの持ってるでしょ」
「それがないと行けないの?」
「大丈夫だよ、行けないことはないもん、こっそり行き来できるし、ね?」
宵の大丈夫に向かって、碧がギロリと睨んだら宵はペロッと舌を出して苦笑いをした。
「碧くんとこはお父さんが裁判官だもん、そんなこと許されないよね」
「……法律で決まってるからね」
冷たく言い放った碧だけど。
私の脳裏に浮かんだのは、赤い髪の少年。
お母さんが言っていたあの少年が本当にお父さんだったとしたならば。
宵が言うようにこっそり行き来してたんじゃないかな、なんて思ってしまうんだ。
「碧くんのパスポートは特別なやつなんでしょ、見せてよ」
「やだよ、偽造されかねない」
「え~? まだオレら友達じゃないわけ? 疑われてるの? 傷つくなあ」
「黒と友達になんかなるわけないしね」
ふうっとため息をつく碧が何だかさっきからちょっと鼻につく。
少しくらい規則を破るのだっていいじゃない。
ほんのちょっと見逃してあげたい、可愛い悪事だってある。
それにもう半年以上一緒にいる宵を友達になんかなるわけない、って、もうちょっと言い方があるだろうに。
流石に可哀そうに思えてしまって。
「そんな言い方しなくてもいいじゃん、碧」
「言い方?」
「そう、もうちょっと優しく話せないの?」
宵の肩を持ったのが気に入らなかったのか、碧は眉間に皺を寄せて。
「紅こそもうちょっと気を引き締めたら? 前に言ったよね? 隙を見せるなって! 今隙だらけだよ、本当に! 最も、紅がそのつもりならオレはもう止めないし」
「そのつもりってどういう意味?」
ケンカ口調の碧に首を傾げたら、トンっと額を指で押された。
「同情して隙見せたら紅なんか一発だよ?」
思い出したのは宵が私の額に印したこと。
つまりは優しさで近づいたら最後、私は宵の印を押されて結婚することになるよ、って意味?
私がそのつもりなら、ってそういうことでしょ?
「隙なんか見せるつもりないってば!! もうしつこいったら」
セットで思い出すのは碧からの印の取り消し上書きだから、二度と言わないで欲しい。
「二人ともケンカなんかしないでよ、ね?」
睨み合う碧と私の間にヘラリと割って入ってきた宵。
能天気、誰のせいでこうなっていると思ってるんだか。
「そうそう! どこに住んでるかで思い出した! 紅ちゃんか碧くん、どっちか人間の住んでる家見せてくんない?」
「……うちはパス」
「だから碧ってば、言い方」
「じゃあ紅が見せてあげればいいじゃん」
「えっ? ねえ、宵、一応聞くけど何で見たいの?」
「家具とか、面白そうだなって、後テレビ? ないんだよ、時空界に」
興味津々目を輝かせて見せて見せて、一回見せてと手を合わせた宵に根負けして家に招くことに。
ただし碧も見張りとして渋々ながら付いてきたけどね。
碧の言う通り同情は良くなかった。
椅子に座ると辺りをキョロキョロと見回して。
「ミニマムで可愛いレトロハウスだね」
……小さい古い家って言えばいいじゃん、だから碧の家が良かったのに。
宵にテレビのリモコン渡したら壊しちゃうんじゃ? ってほど付けたり消したり押してみたり。
子供みたいに喜ぶ姿に、まあいいかと目を細めた私の隣から痛いほどの視線を感じた。
……絶対、今私のこと睨んでる。
「紅ちゃん、ねえねえ、これどうやって作るんだろ? 時空界にも置きたい、面白い!!」
はしゃぐ宵とそれが気に入らない碧との間で。
宵が帰るまで気疲れをしたのだった。
「随分宵の肩を持つよね? 紅は」
宵を見送った後も尚家に残る碧に温かいお茶を淹れ直して私は宵のカップを洗っていた。
「どういう意味?」
水きり籠にカップを置き自分の分のお茶を淹れて碧の正面に座る。
今日は一日中機嫌が悪く引っかかるような言い方ばかりするから何だか私も売られたケンカを買っているような、そんなつっけんどんな話し方になってしまっていた。
「宵は紅が刑期を終えるのを待つつもりはないよ、きっと」
「碧、ハッキリ言ってよ、さっきからずっと気持ち悪い。ちゃんと話して欲しい」
奥歯に物が挟まっている、そんなもどかしさ。
今日の機嫌の悪さにそれが関係しているのだろう。
「宵が言わないことを、俺が言うのはどうかと思っていたのだけれど」
碧の顔色が浮かない、それはきっとあまり良くない話だ。
「アイツが紅との契約を結んだら黒の一族に紅の能力『時間を巻き戻す力』を感染させられる、その話はしたよね?」
「うん」
覚えている、絶対に嫌だって言った日のことも。
「黒の一族全部を感染させられる能力を持っているのは極わずかだよ。宵だからできる」
宵だから?
首を傾げた私に碧はどう説明したらいいのか一瞬考えていたけれど。
「一族の中でも一番能力が高い血筋、つまり黒の長の一の息子が宵だから」
「だから、宵が選ばれてココに送られてきたの?」
「そう。これは最近になってようやくわかってきたこと。黒には黒の急いでる理由があったんだ、ずっと隠していた事実をようやく暴いた」
暴く、という言い方がとても恐ろしいものに感じる。
まるで犯罪でも隠しているようで。
私の知らない世界がとても物騒なものに思えた。
碧だって、宵だって、その世界の一員であり、私にもその血は入っているけれど。
「隠してたことって、なに?」
「黒の長は、実はもうとっくにこの世にはいないらしい」
いない、ってそれって。
「宵のお父さんが亡くなっているってこと?」
「そうみたいだ。だけど黒一族の不安を招かないように極一部しかそれは知らないとか。表向きは何も知らない一族のために影武者が、でも裏では既に宵が一族をまとめているらしいよ」
昔の日本や中国でもあったらしい、権力者が亡くなったのを知らせずに混乱を防ぐために時を稼ぐこと。
まだ十六歳の宵が、それを背負っているというのか?!
「いつ頃なの? 宵のお父さんが亡くなったのって」
「宵が俺たちの前に、初めて現れた頃だね」
初めて会った日の宵の荒々しさは今とは別人のようだった。
私のことなんかただの赤の血筋を持つ者として、優しさ何か微塵も感じない身勝手な人に思えた。
あれはお父さんを亡くした寂しさ悲しさ?
背負った業の重さに抗えない腹立たしさからだった?
「アイツは一刻も早く紅を時空界へと引き込みたいんだ、だからさっきみたいに軽い誘いにだって絶対に乗っちゃダメだ。わかるよね?」
さっき碧があんなにも冷たい話し方をしていたのが、私を守るためだったことをようやく理解して頷いた、だけど。
「宵とは行かない、絶対に。まだきちんと決めてるわけじゃないけれど、私はここに残りたいから。ただ」
「ただ?」
その先を説明しようとすると、それはただの嫉妬になりそうで、言いたいことを飲み込んでしまった。
だって、碧には実のお父さんも育てのお父さんもいるでしょ?
私や宵にはもう父はいない。
自分の父親のことを知ってからか、宵の気持ちにシンクロをしてしまう自分がいる。
碧だって育てのお母さんを亡くした寂しさは知っているでしょう?
「ただ、友達ではいたいと思う、宵と」
私の気持ちの全てなんか碧には伝わってないし、きっと伝えられない。
「……、勝手にどうぞ」
碧のため息と冷たい視線は見ぬふりをした。
学校での宵は、とにかく女の子にもてる。
碧とは違って態度も柔和なせいか、入学から既に何人もに告白されている。
決して嫌味ではなく、女の子全般に対して紳士なのだ。
保育園での宵もそうだ。
女子と言う女子に優しいから、勿論先生たちからも子供たちからもモテモテだ。
そして学校でも保育園での宵も、とにかく笑ってる、楽しそうに。
「最近、紅ちゃん、オレのことめちゃくちゃ見てるでしょ」
碧は今日、お父さんと一緒にお母さんのお墓参りに行くとのことで学校から真っすぐ帰って行った。
そんな日に限って宵は私との距離を縮めてくるから困ったものだ。
ピタリとひっついてくるから歩きずらいというのに、睨み上げたら嬉しそうに笑っているから怒る気も失せる。
「ねえ、何で? なんで、そんなにオレのこと見てるの? もしかして、ちょっとは気になってくれてる?」
「なってません、なりません」
いつもの通りはぐらかした。
でも気になっているのは確かだ。
とにかく私の見ている、知っている宵はいつも明るくて、碧の言っていたように一族をまとめていっているような人には、見えるわけもなくて。
「碧くんに何か聞いたんでしょ? この間から何か変」
「変って、別に何も」
「紅ちゃんが優しくなった」
「っ!!」
優しくしたつもりはなかったけれど、私そんなにわかりやすかった?
昔のようにポーカーフェイスでいられるような私じゃなくなっていて、動揺は顔にすぐに現れる。
「そんな風に同情するなら紅ちゃんの愛を頂戴」
ズイッと覗き込んだ宵の顔の近さにあの日、印を付けられたことを思い出してサッと額を隠したら。
「なんて、ね。でも、ちょっとだけ」
ちょっとだけ、抱きしめさせて。
そんな声が耳元で聞こえたすぐ後で宵の腕の中に閉じ込められた。
「ちょ、宵っ!!」
「ちょっとだけ、何もしないから暴れないで、お願い」
お願い、と言われてしまうと。
「絶対、何もしない?」
「しない」
「一分だけだよ」
「せめて三分にしてよ」
クックックと耳元で聞こえる宵の声が妙に色っぽくてしまった、と思ったりしたけど。
「オレね、まだ未熟なの。世間知らずだし、何もできないのにさ。どうしようね、リーダーみたいな柄じゃないんだよ、本当は」
笑いながら、だけどその声は悲しそうで、私はただ宵の話を聞いてあげようと思った。
「紅ちゃんを手に入れたらきっと一族のためにもなるし、自分にも自信がつくってそう思ってたんだけど」
「私は政治の道具じゃないよ」
「そうなんだよね、だから困ってる。紅ちゃんと一緒に過ごしている内に道具としてじゃなくって。……、女の子として好きになっちゃってるから」
宵の言葉にハッとして腕の中から抜け出そうとしたのに。
「何もしないから!! 後、二分だけ、こうしていて」
強い力で抱きすくめられて抜け出せなくて力を抜いた。
「宵、私は」
「わかってる、紅ちゃんはここに残りたいんでしょ」
頷いた私に宵は、もう一度小さな声で『わかってる』と自分自身に言い聞かせているように。
「たださ、初めてなんだ。誰かを好きになるってこと。紅ちゃんはどうかわかんないけれど、時空界の一族ってさ、そういう恋愛感情って人間よりもドライであまり感じないのに」
……何となく、わかるかも。
私の一度目の人生なんか酷いものだった。
そういった感情がただの一度も湧かなかったから。
「オレにとってはこういう気持ちを持てたことが奇跡みたいで。この先紅ちゃん以外の誰かをこんな風に思えるのかもわかんないし、自分の気持ちを大事にしたいのね。だから諦めないよ」
「宵、もう二分経った」
「ううん、後三分あるよ」
「増えてるじゃん」
「違う、止めてるの」
クスクス笑った宵の腕の中で時計の針を確認したらそれは動きを止めていて。
きっと今頃、時間停止を感じている碧はめちゃくちゃ怒っているだろうなって、その顔を想像してため息をついた。
「いい加減離さないと碧に怒られるよ?」
「なんで? 紅ちゃんは、碧くんのもんじゃないし」
そうだけど……。
「よく覚えておいて、紅ちゃん」
これからオレが話すことは碧くんには内緒だよって念を押した宵は。
ここには私と宵の二人以外誰もいないのに囁くような声で。
「何か困ったことがあったら、オレを頼って欲しい。例えば時間を巻き戻したいとき。オレの力が必要な時、碧くんじゃそれはできないでしょ? そして今の紅ちゃんにも」
「私はもう時を戻すことは」
二度としない、と言いかけたのを遮って。
「わかってる、だけど本当に必要となった時。その時はオレの力を分けてあげる」
分けて……?
その真意を知るために力の限りその強い腕の中から逃れ出て宵を見上げたら、困ったように眉尻を下げて微笑んでいた。
「ごめんね、慈善事業で叶えてあげられるほど甘くなくて」
と私の頭を撫でる手の感触は甘く優しい。
でも、それとは裏腹に言葉は私を追いやった。
「オレは紅ちゃんのためなら、動くし動いてあげられる、だけど。紅ちゃんが欲しい気持ちも真実だから、そこは引いてあげられない」
頭を撫でていたはずの手はいつしか私の頬を優しく温めるように添えられて、宵の瞳はいつかの夜のように甘く妖しく揺らめいた。
「わかる? オレの特殊能力なら法を犯したって逃げ切れることもある、でも悪は全部悪じゃない、わかるよね?」
口角を上げてニコリと笑った宵の発する色香にあてられて、頭のどこかで危険信号が点滅しているというのに、抗えない、麻痺してしまったかのような自分。
近づく宵の唇が私の唇に熱を落とす、寸前。
グイッと後ろから私を抱きしめて宵から遠ざかる強い腕。
「何やってんだよ」
怒りを含むその声と腕の強さに、いつもの冷静な碧ではないことに振り向かなくても気づいてしまう。
「あー、もう、早すぎるよ、碧くんてば。本当、紅ちゃんのこととなると必死になりすぎ」
クスクスと笑う宵。
その瞬間、私の背中側にあった気配が消えて。
「次はない、二度と人間界に来られないように特別に手配しようか?」
碧が宵のシャツの首元を締め上げていた。
宵の顔が苦悶に歪んで、グッと苦しそうなうめき声にようやく碧は手を離した。
「宵、大丈夫?」
咳き込む宵に近づこうとする私の腕を強く掴み引き留めて。
「帰るよ、紅」
碧が冷酷に私を見下ろしていた。
しゃがみ込み苦しそうな宵と怒っている横顔の碧を見比べて。
「ちょっとだけ、待って! 碧」
近くの自販機の水のペットボトルが目に入って碧の手を振りほどき、それを一本購入し宵の元へ。
「はい、……じゃあね、宵」
手渡した瞬間、悲しそうな目をした宵が捨て犬みたいに見えて、目を背け待っている碧の元に走り出す。
ごめんね、今はこれ以上碧を怒らせたくないから。
早足で歩き出す碧の歩幅に合わせるのは息が切れる。
ほんの一年前まで変わらなかった私たちの身長差が、こんな時に思い知らされるのだ。
いい加減に怒るの止めてよ。
確かに私が悪かったとは思うよ。
隙を見せないように、ずっと碧が言っていたことを、何となく大丈夫だろうって油断して破ってしまったんだもの。
だけど、自分が悪いと思ってはいるけど。
そんな風に冷たく突き放すような背中をずっと見ているのも、必死にそれを追いかけているのも何だか悲しくなって、辛くなって私は足を止めた。
碧はそれから二、三歩歩いてすぐに気づいたように私を振り返る。
「ズルイよ、紅は」
私の元に戻って来た碧は。
「前はそんな風に泣いたりしなかったくせに」
伸びて来た碧の指が私の目尻をなぞる。
「だって碧が」
「俺が?」
「置いてくから」
何を? 私、何を言ってるんだろう?
子供みたいなこと言っている。
恥ずかしいのに、何で泣いているの……?
「……、置いてなんかいけないよ」
行こうと私の手を握り歩き出す碧の手を、ふりほどけないまま、泣きじゃくって。
とうとう子供のようにしゃくり上げる私に碧は何も言わず、ただ時折力強く手を握りしめて歩いてくれた。
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