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未来の約束~Re:set~⑩

第三章 新しい自分①

 もうすぐ夏休み、リセットされてから後少しで一年になる。
 こんなにも長い間、自分の特殊能力チカラとは遠ざかっているせいなのか、一度目の人生は、全て夢の中での出来事なんじゃないか、って気すらしてくる。
 ただし碧の監視と宵のつき纏いが無ければ、だ。

 碧は相変わらず心配性なので行き帰り偶然を装ってるかのように隣を歩いて来るけれど。
 バレバレですからね?
 もう自分自身で特殊能力チカラを使うこともできないし、その心配なんかいらないというのに。

 最も碧がそれよりも心配しているのは、宵のことだろう。

 うるさいし、しつこい。
 それが私が宵に抱いている今のところの感情。
 周囲は私に(偽)彼氏がいることを知っているので宵のつき纏いは。

 また、宵くんてば一ノ瀬さんに絡んでるよ、一ノ瀬さんの迷惑になっちゃうよ?
 だから、こっちにおいで、なのだけれども。

 碧は、一番最初に宵に私を連れ去られた事件のせいか教室の中よりも、行き帰りを心配してるのだ。
 ずっと結界なんか張っていたら疲れちゃうでしょうに。

「ねえ、碧」

 横に並ぶ碧は、いつの間にかまた背が伸びていた。

「ん?」

 見下ろされた視線が空の青みたいに一瞬見えてしまって、その瞳の色に瞬きもできないでいると。

「なに?」
「あ、うん、疲れない?」
「は?」
「結界、とか」

 あー、それか、と苦笑して。

「疲れるけれど、大体カロリーにしたら800くらいだから」
「……それってどれくらい?」
「う~ん、三〇分間クロールするぐらい?」

 そんなの絶対疲れるに決まってる。

「私ね、夏休みに、バイトじゃなくてボランティアをやるの。その間ぐらいは碧は休んでていいからね?」

 いくら宵だって、あそこまでは来ないだろう。

「ボランティアって?」
「保育園。お母さんが働いているところのね」
「人手足りてないんだっけ?」
「そ、一応新しい先生も来たけれど、それでもまだベテランの先生たちのように動けるのって時間がかかるみたいで。なので私が子供たちと遊ぶだけのボランティア」

 保育園にまで宵が来たら、人としてどうかと思う、人ではないけれど。

「たまに行く、様子見に」
「本当にいいのに、だって碧子供苦手でしょ?」
「苦手、というか、どう接したらいいかわからない」

 お互いに一人っ子、でも私は小さい頃から保育園にばかりいたから慣れているけれど。
 碧はそうだね、多分無理かも。
 すぐに子供に振り回されて、ヘトヘトになってそう。

「だったら代わりにオレがボランティア行ってもいい? 碧くん、紅ちゃん」

 私たちの背後から、気配もなく近づいてきた影法師が左手に私、右手に碧の肩を抱いて真ん中に割り込んできた瞬間に。
 碧と私は息ピッタリに。
 私はみぞおちに肘鉄を、碧は腕を捻り上げて離れた。

「酷くない? やりすぎでしょ、無力な相手に」

 ヘラヘラとそれでもまだ私たちと並んで歩こうとしている。
 誰が無力? どの口がそれを言う?
 今だって私は、あんたにどっか連れて行かれちゃうかもって怖がっているというのに。

「紅ちゃんのお母さんの働いている保育園ならもう知っているし、いいよね?」

 いいよね? にゾクリとし宵をキツく睨み上げた私と、舌打ちをして同じように睨んでいる碧。

「待ってって、オレだって禁忌タブー犯して追放だけは絶対嫌だしさ、冗談とかじゃなくてオレって子供の扱い上手いよ? 七人兄弟の長男だし」

 ニカッと笑った宵に私と碧は困り果てたように目を合わせた。

 夏休みが始まり、宵は有言実行しに、保育園のボランティアにやってきた。

「宵くんって、イイコねえ」

 どうやらあのおとこは、老若男女にモテるらしい。
 いわゆる人たらし体質のようだ。
 碧くんはいつも可愛いという母までもが、宵の持つ不思議な魅力に惹かれているよう。
 園長先生も子供たちも、皆ヨイ先生が大好きみたい。
 おかげで私に集まる子供たちは折り紙好きの子ばかり。
 宵は体を使って遊ぶから、皆それに群がっちゃうのだ。
 人気を取られてしまって何だか私は寂しい。

 碧もズルイと言えばズルイのだ。
 時々フラッと現れては、女の子たちの人気をさらっていく。
 碧がおままごとのパパ役になったら、女の子はこぞってママをやると言い出し、その内ケンカになって泣くから。
 碧が提案した一夫多妻制のスタイルに落ち着いた。
 そんなままごとを保育園でやっていいものかどうか悩む……。

「園長先生が三人のこと褒めまくっているのよ、今どきボランティアでこんなにしてくれる子たちはいないね、って。紅にいいお友達が出来て良かったね、だって」

 ……友達、だと!?
 真向かいでご飯を食べている私の顔が歪んだのだろう。

「あ、友達じゃなかった? もしかして」
「うん、友達ではない」
 
 特に宵とは、だって保育園でだって私から話しかけていることはほぼ無いでしょう?
 用事のある時ぐらいだよ。

「え? え? じゃあ!!」
「何?」
「どっちかなあ? 紅の彼氏!! 宵くんはもちろん格好いいんだけど、お母さんとしてはちっちゃい頃から知っている碧くんもいいなって思うのよ」

 無言のままで、ご飯を一気に流し込んで。
 ガチャッと乱暴な音を立てて重ねた食器を流し台の中の水桶につけた。

「紅~?」

 部屋に向かう私の背中に声をかける母に。

「どっちも彼氏じゃないし、これからもそうなる予定は一切ないっ!!」

 それだけ告げて部屋へと急いだ。

 母は至って呑気な人だ。
 多分詐欺にあっても気づかないような人。
 信じすぎなんだよ、人のことを。
 だから宵のことすらも信じてしまう。

 でもアイツは危険なヤツだと説明したところで誰も信じちゃくれないでしょう?

 いつものように夕方の遊び時間、私は中で折り紙やお絵描きをする子供たちを集めて、宵は外でまた鬼ごっこをして遊んでいる。
 確かにこうしてると、一見害は無さそうに見えるんだけれどね。

「紅、宵くん、今日はもう上がっていいよ」

 いつもよりも早い声掛けに首を傾げたら、今日は新しい先生方の歓迎会があるらしく終わったら皆で食事会とか。
 母は私に伝え忘れていたことを今更思い出したらしい、そういう人だ。

「ごめんね、あ、ねえ。夕飯! 二人ともコレで食べて帰んなさい」

 と私の手に3000円も押し付けてくる。
 え? ちょっと待って? それって、宵とってこと!?
 いらない、と私が口にする一瞬早く。

「え? いいんですか?! うわあ、嬉しいです!! あ、ちゃんと紅ちゃんのこと送っていきますんで」
「ありがとう、さすが宵くん!! ごめんね、うちの子一応女の子だから夜道が心配だったの。助かるわ!」

 ……、ああ、私の入る余地なし。
 手に握られたお札をギュッと握りしめた。
 お母さん、娘を世の中で一番危険なやつに託しちゃいましたよ?
 ため息しか出ない。

「紅ちゃん、どこ行こっか? ファミレスがいいな」
「最初からファミレスがいいなら、どこ行こうか、なんて言わないでよね」
「いつも冷たいんだもんなあ、でもまたそれがいいんだけどね、紅ちゃんのツンデレ」
「デレしたことない!!」
「いいのに? オレにはデレて欲しい」

 どうしてこういう時に限って碧がいないんだろう。
 ……、お母さんの身体の具合が悪いから付き添っているんだろうな、きっと。
 横に並ぶのが碧じゃないことに違和感を覚えながら、碧の心配をした。

「何食べよっかなあ?」

 嬉しそうにメニューを眺める宵を見ることもなくタブレットで注文をしはじめた。

「え、待って、紅ちゃん!! まだオレちゃんと決めてないってば! 紅ちゃんは何にするの?」
「……ミートグラタンセット」
「じゃあオレはチーズバーグセットにしよっと! ドリンクバーもね」
「え、」

 勝手にタブレットを押して、私の分のドリンクバーまで注文してる。
 それから、近くを通りかかった店員さんに宵はウィンクをしてみせた。
 真っ赤な顔でペコリ、と頭を下げた店員さんは『ごゆっくりどうぞ』の後ろに、ハートマークが無限大にくっついていた気がする。
 ほら、こういうことろよ、人たらしって。
 そもそもいつも母と二人の時には、注文してないドリバ。
 元を取るために長居するはめになりそう。
 くったくのない笑顔の宵にため息が出る。

「行こ、紅ちゃん、何飲もうかな~!」

 ねえ、遠慮って知ってる? 日本人が得意なもの!!
 でも、そっか、そもそも日本人ではないのだ。
 ……何か腹立つけれど、宵の笑顔が心の底から楽しそうなので仕方なく私も飲み物を取りに向かった。

「紅ちゃんとデートしてるみたいで楽しいなあ、今日は邪魔者あおくんもいないし」

 私たちのテーブルを通りかかる人たちは皆一様に宵の端正な顔立ちに気づいて頬を赤らめて行く。
 気付けば遠巻きに皆こちらをチラチラ眺めているのだ。

「多分今日のこと知ったら碧はすっごく怒ると思う」
「なんで?」

 なんで?
 ……なんでだろう?

「紅ちゃんは碧くんと付き合ってるの?」
「そんなわけっ!!」
「だよね、知ってる、監視員でしょ?」

 宵の言葉に一瞬周りを気にしたけれど隣のテーブルにはそれは聞こえてなかったようだ。

「オレは紅ちゃんが好きだよ?」
「私の特殊能力チカラが欲しいから、でしょ? それくらいはもう知ってる」
「それだけじゃないよ?」
「は?」
「そりゃ最初は赤の一族のしかも半分人間なんか、大したことないんだろうなって思ってたわけ」

 『大したことない』だと?
 ハッキリ言ってくれるな、まあどうでもいいけれど。

「期待してなかったってのに、ビックリ。オレが今まで見て来た中で一番タイプだったんだもん。一目で惹かれちゃった」

 思いがけずに笑顔を真正面から食らってしまって、正直その端正な顔立ちに一瞬ドギマギしてしまう。
 そこに丁度食事が運ばれて来てホッとした。
 いただきます、と手を合わせる私に習うように宵もまた手を合わせて、優雅に食べ始める宵。
 上手だな、ナイフとフォークの使い方。

「あの、さ、食事美味しい?」
「ん? 何で? あ、もしかして時空界むこうの食事と違うんじゃないかって? ああ、そりゃ若干違う、けど」

 じっと感じる視線に首を傾げると。

「気になるならさ、今度帰省するけれど紅ちゃんも行かない?」
「は? 何で?!」
「未来の夫との生活を垣間見に」
「……絶対行きません!!」

 二度と話しかけないで欲しい、睨む私を見て宵はケラケラと笑っていた。

 夏でも十九時半ともなれば、やはり薄暗くなっている。
 その道を宵と歩くのは本当に危険しか感じない。
 もっとも、宵も私が警戒しているのを感じてはいるようで。

「あー、ねえ、紅ちゃん、ホンットにゴメンってば!!」
「何が?」
「距離! この距離、遠くない?」

 ススッとこちらに近寄る度に一歩遠ざかる私を宵は申し訳なさそうな顔で、だけどちょっと口を尖らしている。

「あの時はね」
「……、あの時?」
「そう紅ちゃんに初めて会った時、テンション上がったんだよねえ、この子がオレの嫁さんになるのかあって」
「ならない、なりません」
「わかんないよ? オレが本気出したら紅ちゃんだって惚れちゃうかもしんないでしょ」
「どこから来るのその自信?」
「自信なんかないけど、絶対運命だろうなってそう思ってる」

 私を覗き込む瞳が闇に溶けるほどの濃い色をしていて、その目がふと細くなって私を見つめていた。

「あの時はごめんね、紅ちゃんの身体を気遣うことができなくて」
「……本当によ、どれだけあの後大変だったことか」

 あの日碧が看病してくれた――。

「二度と紅ちゃんに無理なことはしない、大切にする」

 だから信用して、と微笑んだ宵がいきなり私の手に触れて来たから。

「そういうのがダメなんだって!!」

 必死に怒る私を楽しそうに見下ろした宵にため息は出るけれども。
 前よりは少しだけ距離は縮んだかもしれない。

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