約束の未来~Re:set~⑧
第二章 間違い探しの日々③
新しい制服に袖を通し、写真館で記念撮影するのは、我が家にとって初の試みだ。
十年前、母からそれを提案された時の自身の台詞を覚えている。
『面倒くさい。お母さんと一緒にとか、何でそんなの撮らないといけないの?』
母の傷ついたような、寂し気な顔が、今でも忘れられない。
その後、罪悪感でそのまま自分の部屋に籠ったことも鮮明に覚えている。
だから今回は。
「あのさ、庭で記念撮影とか、する?」
「え?」
「だから、ほら、新しい制服もできたし、……記念に」
「いいの?」
え、待って、最早涙目とか、反応しすぎ!
「紅はそういうの嫌がるかもと思って、お母さんから誘ったら断られちゃうかもって」
と泣き出してしまった。
きっと十年前に、私を誘った時も断られるかも、の前提だったんだ。
お母さんにそこまで気を使わせてた昔の自分が腹立たしい。
「ねえ、どうせなら写真館とか」
「……別にいいけど」
「やっぱり、そうよね、嫌に」
「いいって言ってるの!! 写真館で一緒に撮っても!!」
「ええっ!?」
ああ、また泣き笑いして喜んでいる。
あの頃、もっと労わってあげていれば、お母さんはきっとずっとこんな感じだったのだろうか。
私のことで一喜一憂しては泣いたり笑ったり、本当はそうしたかったんだろう。
……ごめんね、遠ざけすぎてたね、私。
私が、この家を出た後の五年間、母は一人どんな風に過ごしていたのだろうか。
本当は私一人で行きたかった母への報告に、碧が一緒についてきてしまったあの日――。
保育園を尋ねて私と碧が手にしている合格通知を見た母は、誰の目も憚らずに号泣した。
私ばかりか碧までも抱きしめてしまって。
それには碧も顔を赤くして困っていたから、ざまあみろって笑っちゃったけれど、本当はとても嬉しかった。
碧とまた同じ高校に合格したことを、嬉しく思えてしまったんだ。
「娘さん、もう少し笑って、そう、ニッと口角をあげて!」
一番苦手な顔を要求された後、出来上がり予定の写真をパソコンで見せて貰った。
着物姿の母と新しい制服姿の私が笑っている。
止めて欲しいのにリビングに飾られる予定らしい。
小さいのは保育園の自分の机の上に飾る、と言っていた。
写真の中の母は私よりも嬉しそうだった。
一年A組特進クラス、多分昔と同じ顔触れ、私もその中の一人に選ばれたことに心底ホッとした。
もちろん、碧もいて一度目の高校入学式と何も変わらない気がしたけれど、異変に気付いたのは、新入生挨拶の時だった
挨拶に選ばれるのはトップ入学をした者。
朝のHRで選ばれたのは、私でも碧でもない。
神原 宵、という男子だった。
先生に名前を呼ばれた彼は、拍手の中で立ち上がり一礼してマイクへと進む。
「暖かな春の訪れと共に、私たち新入生はて入学式を迎えることが出来ました。咲き誇る桜の花がまるで私達を歓迎しているかのようです。本日は、私達のために立派な入学式を行っていただきありがとうございました。」
一度目の時、この挨拶は私だった。
運命は変わっているのかもしれない。
自分がトップ合格ではなかったことには残念な気持ちがある、でも私じゃなかったら碧だと思っていた。
ねえ、碧。
私は、この神原宵のことを覚えてはいない。
碧に視線を送ると、神原宵の挨拶を睨むように眺めている。
碧もまた違和感を覚えているようだった。
だって私は一度目の人生で、彼のことを覚えていないどころか、見たこともなくて、少なくとも特進クラスにはいなかった人だ。
身長は百七十五センチ以上?
細身の体型、黒色の髪、真っ黒な切れ長の瞳、一度見たら忘れ無さそうなほど、端正な顔立ちをした彼のことを覚えていないなんて。
挨拶を終えた神原宵は、新一年生全体を見回して、それから。
明らかに私に目を止めて微笑んだ。
それは、まるで昔から知っているような親し気な笑みだった。
お母さんは入学式だけ見てすぐに仕事場へと戻っていった。
碧のお母さんは朝から風邪気味で家で休んでいるらしい。
「紅、昇降口で待ってて」
すれ違いざま、口早に碧が呟き、私は頷いた。
碧もまた、神原 宵のことで私と話したいのだと悟ったからだ。
そうして下校時、一足先に、昇降口で待っていた私の元に。
「一ノ瀬さん?」
先に現れたのは、神原 宵、その人だった。
「一ノ瀬さん? 一ノ瀬 紅さんでしょ?」
ずっと張り付いたままのようなニヤリとした笑顔で私を見下ろす。
「……、なんですか?」
私の名前をもう覚えていることにビックリしたけれど、そんなことよりも、頭の中で警告音が鳴り響いていた。
コイツは危険だ。
直感的にそう思った、だってさっきから震えが止まらない。
私の中の何かが逃げろ、と言っているのに足がすくんで動けないのだ。
さっきまでガヤガヤと聞こえていた校舎内の人の声も、鳥のさえずりも、車の音も全て消えてしまった、あの感覚。
時計の針は、十一時四十九分のままピクリとも動いてはおらず。
ひらりと舞い落ちた花びらが、空で止まり、歩いていた人もまた蝋人形のように動きが止まっていた。
時間を止めることができる人を私は一人しか知らない。
これは碧の特殊能力だ。
校舎の奥に碧を探す私に。
「誰を捜しているの?」
私と碧以外、止まることのない世界で、目の前にいる神原宵が声を上げて笑い出した。
「っ、なんで!?」
「なんで動けるの? って意味? ああ、面白い。紅ちゃん、気に入ったわあ。どんな子か見に来ただけだったけど、君みたいな子で本当に良かった」
「私のこと知ってるの?」
「そりゃ有名人だもん、最後の赤の一族であり親子揃って罪人なんて」
やっぱり、碧と同じ種族!?
それを知っているのは時空界の人間であり、しかも時間を止める能力は青
の一族のもの。
「あんた……『青』なの?」
「はあ? あんなチンケな種族と一緒にしないでくれる?」
笑いながら伸びて来た手は私の腕を捕まえて、至近距離でその黒い瞳が細まった瞬間、放たれた光の眩しさに目を閉じた。
グラリとよろけそうになる久々の感触、無意識に平衡感覚を掴もうと身体を保つ、あの気持ちの悪さ。
周りの音に目を開けると。
「暖かな春の訪れと共に、私たち新入生はて入学式を迎えることが出来ました。咲き誇る桜の花がまるで私達を歓迎しているかのようです。本日は、私達のために立派な入学式を行っていただきありがとうございました。」
マイクを持った新入生代表挨拶をする神原宵が、私に目を止めてニヤリと笑った。
時間操作『時を巻き戻す』は私の特殊能力だ!!
驚いている私に、神原宵が笑いかけた瞬間に、またあの気持ち悪さが襲う。
光と眩暈でクラクラしていたら。
「ゴメンゴメン、酔っちゃった?」
誰かに抱き留められている感触。
必死に目を開けると、今いる場所は昇降口であり、時計の針はさっきと同じ十一時四十九分で止まったままだった。
「……、なんで……、」
時間が進んだってこと? 感覚からすれば、一度過去に行き、そこから未来へ戻った?
時間操作、しかも戻ることも進めることも止めることもできる、そんな!特殊能力《チカラ》を持っているってことなの?
「紅ちゃんは、そっか。半分人間なんだもんね、負担大きいはずだわ、ごめんねえ」
ケラケラと、まるでごめんだなんて微塵も思ってない軽さに腹が立つ。
彼の胸を押し、何とか踏ん張って自分で立とうとして、またグラリと後ろに倒れそうになった私を。
「紅に近づくな」
後ろから抱き留め、支えてくれたその声は碧だ。
「……碧?」
薄っすらと目を開けると碧と目が合った。
気を張っていた力が抜けて、昔から知っている声の主に安心して身体を預ける。
ごめん、碧、何だか私すごく疲れてて……。
「悪気はなかったんだけどさ、早く仲良くなりたくって。ちょっと強引すぎたかな?」
「……、二度と近づくな、紅に。それから俺にも」
「え~!? 碧くんってやっぱつまんない、同じ仲間なんだから仲良くしてくれたっていいじゃん?」
「仲間なんかじゃない、俺たちをお前らと一緒にするな!」
「まあ、ねえ、少なくとも青は違うかも? でも赤は仲間だしね、いずれ返してもらう」
……返して、もらう?
眠りに落ちていきながら、碧の声だけが聴こえていた。
「紅は、絶対に渡さない、俺が守るから」
何故だろう、碧の声が安心するのは……。
――どこだろうか。
見たことがある場所だ。
ずっと昔で思い出せないのに、匂いでわかった。
ああ、そうだ、『碧の部屋』だ。
「碧……?」
呟いた瞬間、ギュッと私の手を強く握ってくれる。
「碧?」
ベッドの上、静かに起き上がると、付き添ってくれるように横に座っていた碧が小さくため息をつく。
「身体、平気? 紅の家に行こうと思ったんだけど、さすがに勝手に鍵漁って入るのも」
「いつも勝手に入ってくるくせに」
今更と笑った瞬間に気づいた、とても身体がダルイってことに。
「吐きそう?」
「そこまでではないけれど」
原因はきっと、神原宵だ。
「ねえ、碧。神原宵は、私たちの仲間なの?」
私の問いに碧は否定も肯定もしないままでしばし考え込んだ後で。
「アイツは黒の一族だ。現在、青の次に勢力のある一族」
「他にもまだ種族がいるの? 前に聞いた時は、詳しいこと教えてくれなかったじゃない?」
「必要ないと思っていた。紅は人間界にいて、俺以外と関わることもないだろうから、言う必要もないと」
碧が、悔しそうに唇を噛んだ。
「想定してなかったわけじゃない。だからこそ二度目の紅の人生でも俺は側にいた。紅を見張るためだけじゃない。万が一に備えてもあったんだ」
「碧、ねえ、どういうこと? まだなにか私に隠してるの?」
「紅はまだ、あの特殊能力を取り戻したい? 自分の力で十年生きて、それから自力で手に入れるのではなく、今すぐにでも」
「よく、わかんないよ、碧。……、わかんないけれど、私。今別に困ったりしていない。特殊能力を使わなくても生きていけているから」
今すぐに欲しい、なんて思っていない。
最初は確かに不服だらけだったけれど、今は違う、まだ欲しくはない。
まだ……? ううん、もしかしたら――。
「神原宵は、きっと紅に取引を仕掛けてくる。紅の特殊能力を取り戻してやる、と」
取り戻す? 私の特殊能力を?
だって私に許されているのは、自力で手に入れるまでには一度きりで、しかも《《何か罰則》》がついていたようだったから、絶対に使わないように、ってそう思っていたのに。
何で神原宵が、私の特殊能力を取り戻せる、と?
「神原宵って、時間を巻き戻すことも進めることも止めることもできてた、ねえ、どうして?」
「黒、だからだ。全ての力を持つ彼らは時空界の中で、最も異端で忌み嫌われている、ルール無用の一族だから」
碧の話によると、神原宵は黒の一族。
今現在、黒の一族は時空界の全ての力を網羅しているらしい。
自由自在にそれらを巧に操って、青の一族の目もかいくぐり、やりたい放題だとか。
証拠も隠滅されてしまうから、犯人のわからない犯罪の全ては多分黒の一族の仕業だというのに、青の一族にはそれを制御できるまでの能力がなく、手をこまねいていると。
ただ黒の一族にも弱点はあり、近年では時間を巻き戻す能力が少し劣って来たのだという。
「だから、神原宵は、紅の存在を知って、ここにやってきたんだ」
「私に会うため? でも、なんで?」
「神原宵と契約したら、紅はまた時間を巻き戻す特殊能力を取り戻す。そして神原宵は赤の力を手に入れて巻き戻す力を強固にできる」
「……契約?」
嫌な予感しかない、その言葉に眉間に皺を寄せた私に。
「神原宵の伴侶になることだ」
冗談じゃない!!
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