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約束の未来~Re:set~⑪

第三章 新しい自分②

 真夏の陽ざしは朝から容赦なく私に降り注いでいる。
 半袖から突き出た二の腕がジリジリと痛い、ああ蝉何匹いるのよ?
 今年は昨年よりも暑いから蝉が大量発生した年だっけ?
 ……、えっと。
 首相交代、って何年、だったかな。
 後、そろそろ大規模な詐欺事件があって、それって今年? 来年?
 洗濯物を持ったまま考え事をしている私に。

「焦げるよ、紅」

 声の主は花壇の水撒きをしている碧だ。
 
「あ、おはよ」

 我に返って目先の洗濯物を干す、という仕事に取り掛かる。

「昨日、遅かったから疲れてるんじゃないの?」
「……見てたんなら助けなさいよ」

 家の前まで送ってくれた宵にキスされかけて突き飛ばして逃げた。

「うん、紅なら大丈夫かな? って」
「結果大丈夫だったけれど、危ないかなって思ったら助けてよね!!」

 むうっと口を尖らす私に、碧はただ口角だけをあげて笑っている。

「今日は保育園行く?」
「ううん、子供たちの人数が少ないから大丈夫って。帰省シーズンでしょ、だから」
「そっか、ならさメロン食べる?」
「メロン?!」

 甘くてジュージーで丸くて美味しいあのメロン?!

「食べたいっ!!」

 口の中がもうメロンになってる。

「わかった、切って持ってく。あ、家の方がいい? 紅の家でもいい?」
「碧の家じゃ、おばさん疲れちゃわない?」
「ああ、うん、入院したんだ、昨日。その見舞い品がメロンだった」

 ……、また、入院しちゃったんだ。
 なのに何でもない、いつものようなこと、みたいな顔をして。
 碧は軽やかに微笑んでいるから。
 碧の気持ちっていつもわからなくなるんだ。

 結局メロンは家で食べることになった。
 相変わらず玄関ではなく垣根を越えてくる碧にも慣れた。
 そういえば前の十年には、こんな風に頻繁にお互いの家を行き来することはなかった、ような?

「どうしたの? 美味しくない?」

 また考え事を初めて、スプーンを止めてしまった私に、碧が首を傾げた。

「ううん、違うの、メロンは美味しいんだけれど」
「ん? 他に何かあるの?」
「ある、というか……、ねえ碧」
「うん?」
「私の記憶が最近曖昧なんだよね、どうしてだろう?」

 十年前に体験したことをおぼろげには思い出せていてもそれが何月何日に起きたか、だけではなくて。
 年数までも忘れていたり。
 あれ? こんな出来事あったっけ? とそれ自体を忘れていることもあるのだ。
 最も私が思い出しそれを利用しようとしないようにと、テストの内容を変えたように。
 世界は少しずつ変えられているのかもしれないけれども。
 それとも又違う、不思議な違和感。

「記憶が曖昧? どんな風に?」
「……簡単にいうと、忘れてしまっていることが多くなってる、気がする」
「まあ、そうなるよ」
「へ?」
「忘れ始めているんだよ、少しずつね」
「どうして?」
「パラレルワールドって聞いたこと、ある?」

 それは知っている、と頷くと。

「今いる世界は、自分が知っているようで全く違う世界だと思った方がいい。そして紅が記憶している十年前のできごとは、もう一つの世界で動いていて、その記憶は今の紅には必要ないものだから消えていく、と」

 久々に気が付いたのは難しすぎる話に自分がついて行けてなくて、痛いほど耳たぶを引っ張っていることだった。

「全くの別世界?」
「登場人物が同じ、違う世界、かな。言うなれば。だから、世界を大きく変えない程度には違う、ね」

 含みのある言い方をする碧を見た。
 碧はきっと全部覚えているのかもしれない、否覚えているのだろう。

「それでも紅は前の人生の反省点を、二度目の人生で充分生かしていると俺は思うよ、色んな事を忘れてしまったとしても」
「……たとえば?」
「人への接し方が一番じゃない? お母さんやクラスメートへの。後、俺への?」
「碧だって、そうじゃない? ちゃんと正体明かしてるから私への接し方が変わった、違う?」
「……半分当たりで半分ハズレ、だって昔俺のこと避けてたのは紅じゃん」

 何となく、だけど心当たりはある。
 だって十五歳までは同じ人生なんだから。

 恥ずかしかったんだ、最初は。
 物心ついた当たりから感じていた、碧と私の違い。
 隣に住んでいるのにお金持ちの幼馴染、頭も良くて何でも持ってる。
 引き換え私は貧乏で母一人子一人で、何も無くて。
 どうしたって碧には敵わない、ってそう思い込んでいて、だから避けた。
 でも今ならわかる。
 私だって必死に勉強したら、そこそこ碧と渡り合えていたんだなってことも。
 私は何も持ってなかったわけじゃないってことも。
 ああ、そうか、努力、をするようになった自分。
 これも変わった部分だ。

「もしかしたら、私は自分自身が特殊能力チカラを使えたことすらも忘れてしまうのかな?」

 いずれは、また特殊能力それを取り戻し、時空界で裁判官としてトップに立ってやろうと目論んでいたはずだ。
 碧の本当の父親や私の人生をリセットした裁判官やつらに吠え面掻かせてやろうと思っていた。
 でも、いつからだろう?

「残念ながら紅自身が自分で何者であるか、それからリセットされた理由が何であるかは忘れることはない。反省のためにね」

 ズキンと心が痛む。
 覚えている、ちゃんと。
 誰かを貶め、不正を働いたことを。
 そうか、どんなに生まれ変わったような世界に落ちようとも、自分の罪は消えない、そして能力者だということも。
 都合よくなど回るわけがない、わかってるつもりだったけれど。

「どうせなら全部の記憶消してくれたらよかったのにな」

 メロンと共に飲み込むはずだった本音が口から零れ落ちた。
 愚痴みたいなものだ。
 確実に覚えているものが罪と特殊能力チカラだなんて、ね。

「紅」
「ん?」
「本当は俺ね、紅の監視員を降りることもできたんだ、二度目の紅の人生を監視する役目を誰かに代わってもらった方がお互いに気楽じゃないかって」
「……それって碧は役目を終えて時空界に帰ってたってこと?」
「そう、紅の幼馴染は最初から俺じゃない別のヤツだったって書き換えてね」

 碧と出逢わなかった人生を植え付けられていたかもしれないってこと?
 思いもかけなかったその告白に何も言えずにいたら。

「俺から頼んだ、本当の父親に。紅が変わっていく姿を見守りたくて。俺が一番側で見ていたくて」

 何故だろう、碧がそう望んでくれたことが嬉しくて、どうしようもなく嬉しくて。
 だけど、ありがとうと言うには、まだ照れくさすぎる。

「麦茶、飲む? 取ってくるね」

 冷蔵庫に向かい碧に背を向けて零れ落ちそうになった目頭に浮かんだそれを気付かれないように拭った。

 夏休みを終え二学期が始まったばかりで、碧が学校を休みがちになった。
 多分お母さんの具合があまり良くないのだと思う。
 朝は厚いカーテンは開いていたから、中にお手伝いさんか碧がいたのだろうか。
 一昨日だったかな、碧のお父さんも見かけた。
 おじさんまで帰って来るくらいだからよっぽど調子が悪いのだろう。
 最後に碧のお母さんを見かけたのは、夏の初めだった。
 夏には似合わない青白い顔色のおばさんは「紅ちゃん、また遊びに来てあげてね、あの子友達いないから」と笑っていた。
 
「紅ちゃん、心配?」

 碧のいない空の席をボーッと見つめていたら、目の前にニュッと宵が現れた。

「別に?」

 宵に構わずに次の授業の用意を始めているても、それに構わず話を続けている。

「オレはつまんないなあ、碧くんいないと。張り合う相手がいなくて」

 ニッと大きな口を開けて笑う宵にため息をついた。
 確かにね、うちのクラスの二大イケメンで人気も二分してるし、何をやらせても同じくらいデキる二人。
 私が必死に勉強頑張ったってトータル三位、いつも上には二人がいる状況に慣れつつもある。
 ……、確か、私ってずっと一位だったんじゃなかったっけか?
 そんなのも遠い昔に思える。

「でも紅ちゃんとの仲は邪魔されないから、休んでてくれてもいいんだけれどね、今日どこ行こうか?」
「どこも行かないよ」
「え~? 保育園も」
「行かない、今は人手が足りてるし」
「そうなの? 残念、楽しかったのになあ」

 ……確かに、子供以上に楽しそうだったな。

「紅ちゃんは、将来保育園の先生になるの?」
「えっ?!」
「だってすっごく楽しそうだったし、実は時空界にもあるよ、保育園の先生」

 小さい声でボソリと笑った宵に首を横に振る。
 本当はすごくドキッとした。
 私の思ってること見透かされたみたいで――。


「碧!!」

 学校帰り、前を歩く人が碧だと気付いて駆け寄った。

「紅、おかえり」

 振り向いて微笑んだ碧だけど。

「何かあった?」
「ん? 何かって?」
「ううん、何でもない」

 陽の光の当たり具合からなのか、碧の顔が一瞬泣いているように思えたんだ。

「明日は学校に来れそう?」
「う~ん、どうだろう?」

 さあ? と首を傾げる碧に不安が募る。

「おばさん、具合良くないの?」
「まあ、いつものことだよ。紅は心配しないで? 俺が休んでいる間に宵除けの心配だけしといて」
「大丈夫、隙は見せない」
「さすが」

 いつも通りのやり取りなんだけれど、ね?
 碧、どうしたの?
 やっぱり元気がない。

「あの、さ、今日の夜っている? お父さんとどっか出掛ける?」
「いや、父は今夜母の付き添いするってさ、だから俺一人」
「じゃあ、カレー食べにおいでよ、ね?」
「……紅が作るの?」
「何その妙な、私だって大分上手くなったんだからね?!」

 碧を一人にしていたくない、だから、来て?
 祈るような気持ちで返事を待つと。

「じゃあ、お邪魔しようかな、果物持って」
「うん、待ってる、あ、果物だよ?」
「やっぱ、止めようかな」
「っ!! 冗談だってば!!」

 少しだけ笑う碧、いつもの半分も笑ってない碧。
 寂しくなるのだ、そんなのは。
 私の知っている碧はもう少しだけ笑ってたはずだから。

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