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約束の未来~Re:set~⑯

第四章 許されないことだとしても③


「最近、遊びに来ないね、紅もだけど。碧くんや宵くんも」

 何も知らないお母さんの発言にドキリとした。
 テストが終わってそろそろ保育園に行こうとしてはいるのだけれど、碧も宵もお互いを避け合っているようで、学校では二人口を利かなくなってしまった。
 保育園に遊びに来たいのは宵の方だろうけれど、宵を誘ったら碧がきっといい顔をしないだろうし、その逆をしたら何だか宵に申し訳ない気がして、それでずっと保育園に出向けなくなっていた。

「もしかして進路のことでやっぱり迷ってたり?」
「そういうのじゃないの!」

 不安そうなお母さんの顔に慌てて首を振って否定した。
 保育士になろうかなって言ったばかりだから、やっぱりなりたくなかったんじゃないか、なんて気を使わせたくない。
 そういうことではなくて。

「そう? まだ先はあるんだし、いつだって紅が進む道を決めてもいいんだからね? ただ、実はね、最近メイちゃんが寂しがってて。コウ先生はいつ来るの? って」

 その言葉にハッとした。
 そうだ、できるだけ行くねって約束したのに……。
 泣き顔のメイちゃんを思い出して心が痛む。

「明日、行くよ、行ってもいい?」
「本当?! メイちゃん、きっと喜ぶわ」

 うん、私一人だけで行こう。
 それなら二人に気を使う必要もないでしょ?
 ……なのに、どうしてこうなる?
 放課後一人で保育園に行くから、と碧に伝えたら。

「心配だからついて行くよ」

 それに聞き耳立ててた宵は。

「オレの方が行きたいんだからね!」

 なんてついてきちゃう。
 三人並んで歩いていても言葉なんか交わさないこの空気間、ああ巻き込まれてる気がする。
 
「二人とも子供たちの前では笑顔でいてよ」
「勿論っ!」
 
 と大きな口を開けてニカッと笑う宵は、まあ、心配ないか。

「いつも俺はそんなに笑ってるわけじゃないけどね」

 大袈裟にため息をついてみせる碧こそ心配だけど、まあママゴト女の子たちの前でもいつもこんな感じか。

「先生たちの前でもよろしくね」

 先生、すなわち母には余計な心配かけたくない、私の真意がわかったのか、それには二人とも素直に頷いてくれたから。
 大丈夫、よね? そう信じたい。

「コウ先生~!!」

 私の姿を見つけた瞬間、廊下の向こうからパタパタと走って来たメイちゃんが、ギュウっとしがみついてくる。

「メイちゃん、あれ? ちょっと見ない内に大きくなったかも」

 よしよしとその柔らかな頭を撫でると、嬉しそうに笑顔で私を見上げて。

「コウ先生がちっちゃくなったのかも」

 なんて可愛い発言に、そうかも、なんて微笑んだ。

「アオ先生、早く早く」

 と、女の子たちは碧の手をグイグイ引っ張ってお遊戯室へと引っ張っていく。
 拉致られる瞬間、困ったように私に向けた碧の苦笑がおかしくて、手を振り見送る。
 外では既に宵の「かくれんぼする人、この指とーまれっ」という大きな声と子供たちの歓声が響き渡っていて、先生たちはそれを見て笑っている。

「行こうか」
 
 私はメイちゃんの手を握り、いつものように教室へ。

「あのねえ、コウ先生。メイね、とっても上手にツルを折れるようになったんだよ」
「ええ? すごいね、だって鶴難しいでしょう?」
「むずかしかったけど、ツルはお願い事を叶えてくれるんだって、園長先生が言ってたの」
「へえ? お願い事?」
「うん、だからメイね、たっくさんたくさん折ったの」
「そんなにたくさん願い事あったの?」
「ううん、一つだけだよ? 早くコウ先生が遊びに来ますように、って」

 キラキラの瞳が私を大好きだと見上げている。
 どうしよう、可愛すぎて涙がでてきそう。
 それが落ちる前にゴシゴシと手の甲で拭い去って。

「じゃあ、今日はメイちゃんが作って欲しいもの、何でも作ろうかな。コウ先生」
「本当に? やったあ、じゃあ、まずは妖精」
「よ、妖精!?」
「うん」
「なんとか、頑張るね」

 次から次へとやってくるメイちゃんのムチャぶりなリクエストになんとか騙し騙し応対しつつ。
 八つ目のリクエスト、猿の玉乗り、を作っているときに何となく静かになったメイちゃんに気づく。
 スースーと私に寄りかかり眠ってしまったメイちゃんの寝顔が可愛くて。
 抱き上げてお昼寝部屋へと運んだ。

「お母さん」
 
 普通に声かけてしまってから先生と言い忘れたことに気づいて恥ずかしくなる私に周りは微笑んでいて。

「なに? どうかしたんですか? コウ先生」

 母も笑いを堪えている。

「メイちゃん、眠っちゃったから今お昼寝部屋に寝かせて来たけど、大丈夫かな?」
「そう、今朝からコウ先生が来るって昼寝もせずに張り切ってたから疲れちゃったのね。もうすぐメイちゃんのお母さんが迎えに来るだろうし、その前に見に行くわね」

 お願いします、と連絡を伝えているところに、疲れた顔した碧と汗だくの宵も職員室へとやってきて。

「ありがとう、三人とも。子供たち、いつもあなた達が来るのを待ち遠しくて仕方ないのよ」

 園長先生の労いの声が温かかった。

「寒っ」

 もうすっかり辺りは暗くなっている冬の夕暮れ、乾ききった風に宵は首を竦める。
 保育園前の信号待ち、やっぱりお互いに何も言葉を交わさない碧と宵の間に立たされて、正直迷惑でしかない。
 お互い伝えたいことがあれば私を介してだったりするし。

「紅ちゃん、明日も来る?」
「ん、当分来ようかなって思ってる」

 メイちゃんのあんなに喜ぶ姿を見たら、またすぐにあの無邪気な笑顔が見たくなって、今日は折り紙を数枚持って帰って来た。
 家でメイちゃんが喜びそうな新作ををいっぱい折ろう。

「じゃあ、オレも」
 
 笑った宵に聞こえるようにだろう。

「だったら来るしかないよね、俺も。魔除けに」

 当然、魔にされた宵は牙を剥く。

「あのさ、どうして碧くんってそういけ好かないことばっか言うわけ?」
「……自分の胸に聞くって言葉がこの国にはあるんだよね、辞書でも引いてみたらいい」
「そんなん知ってるわ、馬鹿にしないでくんないかな? 伊達にトップで合格したわけじゃないから! 碧くんより、ほんのちょっとだけ頭いいから!」
「どうだか? 先に何度か試験受けてたんじゃない? 素晴らしい能力持ってるんだし」
「は?! するわけないし! そんなんしたら碧くんや紅ちゃんにバレバレじゃん!!」
「ちょ、ちょ、もう止めて、ホラ信号変わっちゃう、先に渡るよ」

 二人のどっちが頭がいいかみたいな低次元なケンカを遮り、いつの間にか青になっていた信号を急ぎ足で渡った。

 その、時だった。

「コウ先生~!!」

 聞き覚えのある可愛いその声に振り向いた。

「っ、!!」

 何で?
 眠っていたはずのメイちゃんが、何故か横断歩道の向こう側にいて私に手を振っている。
 待って?
 さっき、保育園から出てくる時、きちんと門の錠をかけただろうか?
 激しい車通り、心臓がバクバクと嫌な音を立てる。

「メイちゃん、ちょっと待ってて、」

 私の指示が届いたのかはよくわからない。
 だけど声が聞こえたのだろう、笑顔で頷いたメイちゃんは、チカチカと赤に点滅しかけている横断歩道に足を踏み出したのだった。

「ダメ、来ちゃダメ、メイちゃん!!」

 大きなトラックのようなフロントライトがメイちゃんを飲み込むように近づいてくる。
 まだ車の信号が青に変わっていないのに、多分もうすぐ変わるだろうとアクセルを早めに踏み込んだ車の接近に、私は信号を引き返す。
 何もわかってないメイちゃんが笑顔で手を振り駆けてくる様は、まるでスロモーションのように思えた。
 夢で駆け足をする時のように走っても走っても何だか足がもつれてうまく走れないような、そのもどかしさを抱えてメイちゃんまでの距離、後二メートル。
 鳴り響くクラクション。

「紅ちゃん!!」

 宵の叫び声、それから。
 クラクションに気づき走るのを止めたメイちゃんが車のライトいっぱいに照らされた瞬間。

 音も動きも。
 私たち三人以外・・・・の何もかもを止めた。

「紅、戻るよ」

 目の前で固まっているメイちゃんに触れようとした瞬間、引き留められるのは、碧が私の手を引くから。

「戻る?」
「そう」

 碧の目が促すのはさっきまで私たち三人が渡り切っていた横断歩道の向こう側。
 何を言っているの?
 多分、今、この時間を止めたのは碧だ。
 宵は私と碧の側に立ち尽くし、悲しそうな顔でメイちゃんを見ている。

「ねえ、碧、メイちゃんも」

 私が何かを言う前に碧は首を横に振る。

「何言っているの? メイちゃんをこのままにしていたら、どうなるかわかって」
「わかってるよ」
 
 顔を背けた碧の横顔に流れているのは涙。

「言ったよね? 紅。誰かの命の寿命を変えるのは大罪なんだよ?」
「っ、わかんない、わかんないよ、そんなの!! 私に今自分の特殊能力チカラがあったなら絶対に」

 その瞬間、思い出した。

「ねえ碧、たった一度だけは能力チカラを取り戻せるって、何か特別なことがあった時に」

『紅が今後時間を巻き戻せるのは一度のみ、自分のために使うか他人のために使うかは自由だ』

 確かそれには碧の許可があれば。
 碧はダメだ、と弱弱しく首を振る。
 どうして? だって、私に今その能力チカラがあればメイちゃんを助けられる、そうでしょ?

「碧、お願いだから」

 必死に縋る私、それに目の前には今にもトラックに轢かれかけているメイちゃんの姿もあるのに、それからは目を背け、それでもダメだと首を振る。
 わかってる、碧のお父さんは時空界の法を取り締まる人で、碧はその後を継ぐ人だ、きっと。
 でも、ね?
 だからといって、今にも消えそうな命を助ける術があるというのに、見て見ぬふりをする方が私にとっては大罪だから、碧の手を無理やりにほどいて。

「紅っ!!」

 私はメイちゃんの身体をトラック側から抱きしめた。

「時間動かしてよ、碧! これなら、もしかしたらメイちゃんは助かるかもしれないし私は死ぬかもしれない。でもいいじゃない、死んじゃったら裁くことだって不可能でしょ? 完全犯罪成立だわ」

 碧を睨みながら笑ってやる、これは強がりなんかじゃない。
 だってこんなのっておかしいよ、碧。
 守りたいんだ、この小さな命を。
 きっと、お父さんだってそうだったんだと思う。
 それを悪だというならば言えばいい、そんな法律なんか私だって守りたく何かない。
 悪が全部悪なの? かつて宵が言っていた言葉の意味。
 今なら理解できる、素直に。

「碧くんには、『その勇気』がないんだ、紅ちゃん」

 宵が碧の横を通り過ぎ、しゃがみ込む私の横に片膝をついた。

「オレなら特殊能力チカラを与えられるよ?」
「宵、止めろ、それをしたら紅は」
「そうだね、覚悟を決めて貰わないといけないもんね。ちゃんと説明するから、もう少しだけ時間止めておいてよ、碧くん」

 説明?

「オレとの契約を交わしたならば、この先二度とこの世界には戻れなくなる覚悟はある?」
「え?」

 それって、もしかして?
 信号の向こう、明かりが灯る建物、さっきまで私たちがいた場所。
 今もまだお母さんが働いている、そこに目をやると。

「そう、わかる? もう会えなくなるんだ、お母さんとは」

 突然そんなことを言われてもわからないでいる私に、宵は話を続けた。

「それともう一つ。紅ちゃんがオレのものになって、それから今メイちゃんの命を救うということは。この先の未来はずっと青の一族から逃げる日々になる覚悟も」

 パッと見上げたら碧と目があった。
 私は碧とも、お母さんとも会えなくなる、そういうことなの?

 目の前に提示された二つの選択肢。
 一つは今こうして碧が時間を止めている間に、私がクッションになれば少しはメイちゃんへの衝撃が減るかもしれないということ。
 大罪として裁かれるべき私はもしかしたら、この後起きる事故の犠牲者になることも考えられる。

 もう一つは宵と契約を結んで、時間を巻き戻しメイちゃんの命を救う代償として、母とも碧とも今後二度と会えなくなること。
 きっとその後は宵と時空界にて、青の一族から逃げ惑う生活になるのだろう。

 何故だろう、犠牲になってでも助けたい、とそう思ったのに、二つ目の選択肢の方が、その先の人生を辛く感じてしまうのは。

『気をつけて帰るのよ、碧くん、宵くん、紅のことよろしくお願いします』
 
 私たちに手を振ってたお母さんの顔が思い浮かんで胸が痛む。
 
『……、置いてなんかいけないよ』

 あの日、私の手を握った碧の手の温かさをもう感じることはないの?
 
「紅ちゃんの考えていることは全部わかってる、だけどもう一つ考えて?」

 覗き込む宵の目が、メイちゃんを捉える。

「オレを選んだらメイちゃんの身体は、一切傷つかないってこと」

 宵の持つ能力の中には私が以前使ってきた時間を巻き戻す能力がある。
 ただ一つ今この瞬間を切り抜けて、メイちゃんを無傷で助けられる唯一の方法。

 碧に頼んでも返して貰えなかった私の能力。

 目の前の宵を見た。
 うん、嫌いじゃないよ、宵のことは。
 今好きかどうかって聞かれたら、好きではないけれど。
 この先一緒にいられるか、と自分に問いかけたら、多分、大丈夫。
 そしていつか好きになれるのかもしれない、と。

 抱きしめたメイちゃんからゆっくりと手を離す。

「碧、今までありがとう」

 立ち上がった私は碧を見据えた。

「紅、駄目だ、宵の言うことに耳を貸しちゃ」
「わかってる、だけど宵はきっと私を騙したりしてないってこともわかるから」

 色んな事差し引いたって、今一番大事なのはメイちゃんの命だ。
 その保障が絶対なのは、確かだから。
 宵に向かって伸ばした私の手。
 それを優しく握り返す宵に微笑んで頷いた。
 宵と一緒に歩いてくよ。

「紅!!」

 碧の顔が涙でぼやけていく。
 バイバイ、碧。
 ねえ、宵、早く、早く、早く。
 碧の前から私を連れ去って。

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