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約束の未来~Re:set~⑨

第二章 間違い探しの日々④

「何で私が神原宵アイツなんかと?!」
「だから!! 絶対にそうなるなよ、忠告だけはしとく」

 碧が怖い顔で私を睨んでるけれど睨みたいのはこっちだよ、だって。

「伴侶ってのは、つまりその」

 結婚、とか、その、多分……。

「そ、紅の想像通りだよ、神原宵アイツと『出来るなら』、!特殊能力《チカラ》は戻ってくるけれど」

 出来る!? つまりは、そういうことよね? 夫婦になるって、きっと。
 絶対に絶対に、嫌! 神原宵アイツとなんか!
 何で私の二度目の人生にそんな選択肢が現れるのか!!
 考えてもみてよ、私ね?
 一度目の人生ですら、恋人かれしなんかいなかったというのに。
 まだ十六歳にもなる前に、伴侶とか……、それはない。
 そして万が一そういう人が現れるとして、神原宵アイツだけはない。
 まだフラつくような身体へのダメージを与えた張本人に、怒りばかりか恨みまで噴出している。
 あれは私に、自分の特殊能力チカラを見せつけるだけの行為だった。
 知らしめた後の私の身体への負担なんて、きっと何も考えてなかったんだろう。
 あのまま気を失って、碧がいなかったら今頃どうなってたんだろうと思うとゾッとした。

「出来るわけない! 私にだって選ぶ権利もタイプだってある!」

 フンッと鼻息荒くなった私を碧が不思議そうに見ていて。

「紅のタイプって……、どんなの?」
「そういえば……、どんなんだろう? 考えたこともなかった……」

 クックックって碧が笑い出す。

「見たことなかったもんね、紅の彼氏」
「そっくりそのまま返すわ、碧にだっていたことない」
「そうだね」

 バカにしたように笑ってるのは、碧自身はモテてたからだ。
 誰かと付き合ったりまではなかったけれど、高校に入ってこれからグンと背が伸びて私を見下ろすようになる。
 その辺りから碧の周りは華やいでいた。
 碧のことを大好きな女の子たちによって。

「碧は何で誰とも付き合わなかったのよ、モテてたくせに」
「そんな暇ないってば、誰かさんが悪さばっかりしてたから」
「は!?」
「遅刻しては戻し、テストで戻し、あ、体育で転んだから戻すってのも」
「ちょ、止めてよ!」

 最悪、全部知られてるんだもん。
 昔の愚かな時間戻しの理由、今更言わないで欲しい。
 ムッと口を尖らす私に碧が苦笑した。

「紅の見張りで女の子どころじゃなかったよ」

 はいはい、どうせ私は前の人生においてロクなことしてないってば。

「悪かったですね」
「いいえ、今回は大人しくしてもらってるんでとても助かってます」

 棘のある言い草に拗ねていると、ごめん、ごめんと真顔に戻って。

「ただ、紅が神原宵アイツともし万が一、伴侶になるとして」
「ならない!!」
「だから万が一の話、ね? なったとして。そうしたら紅は紅じゃなくなる」
「どういうこと……?」
「紅は赤の一族の力を神原宵アイツに一旦吸収された上で、次に目覚めた時には黒の一族となるんだ」

 また碧の話が難しくなりそうで眉間に皺を寄せたけれど。

「言っただろ、時間を巻き戻す能力が黒一族アイツら弱くなってるって。紅の血が配合されれば神原宵アイツから黒の一族へと感染し、その後百年ヤツらの繁栄は続く。そのために紅を狙いに来たんだ」
「でも前の人生では、こんなこと」
「同じことが起こるとは限らない、これから先はもっときっと」

 険しい顔をした碧がため息をついた。

「紅が特殊能力チカラを失ってるからって、気を抜いた俺が悪い。ごめん」

 碧はただの幼馴染でもただの見張りでもなくて。
 もっと大事な任務をずっと、私の知らない時からずっと……。

「まだ何か隠しているんでしょ? 全部言ってよ」

 気を抜いた俺が悪い・・・・・・・・・、ねえ、その意味を教えて。

「結界、緩めてたかも。前の時は常に張ってないと、紅がいつ使うのかわからなかったし」

 それって。

「碧が私のこと守ってくれてたから黒の一族には見つからずにいた、そういうこと!?」
「別に守ってたわけじゃ」

 言い淀んで気まずそうに目を反らした碧の、首筋が赤い気がする?

「そういう使命だから、俺の。紅をアイツらから守らないと……、そうでなきゃ赤は途絶えるし、それに青にとっては一番良くない結果だしね」
「……、ふうん」

 青にとっての良くない結果というのは、真実ほんとうだろう。
 もしも黒の勢力がこれ以上大きくなったら、青の特殊能力チカラだけじゃ抑えきれないということなんでしょう?
 でも、何で? 何で私を守るの?
 青にとっては赤だって厄介者なのでは?
 途絶えたっていいはずの……。

「紅の父親と、俺の本当の父親が親友だった話、まだ言ってなかったよね」
「え?」

 碧のお父さんと私のお父さん? 

「親友だったんだって、俺だってそれを目で見たわけじゃないから、真実かどうかは知らない。でも、紅の父親の罪を裁いたのは、親友だったはずの俺の父親。追放までしたくせにさ、娘のことは守ってやりたいんだろ?」

 だから仕方ないから、という顔をしているけれど。

「教えてよ、碧。父の罪って何だったの?」

 私の顔を見て小さなため息をついた碧が重たい口を開く。

「紅のお父さんは禁忌タブーを犯した、人間の寿命に手を出すことは能力を失い時空界から追い出される」

 それはどの一族も同じ禁忌タブーらしい。
 それが、父の犯した罪。

禁忌タブーは多かれ少なかれある、紅もわかってるとは思うけれど」

 キッと向けられた視線にぐうの音も出ない。
 わかってるよ、私のは人をあざむいてめた。
 父は誰の寿命を変えたの? 変えたって、もしかして。

「まさか、寿命を変えたって、殺人、とか」
「そうじゃない、反対だ。そっちじゃないから、紅はわかっててあげて」
「そっちじゃ、ない?」
「ごめん、今はここまでにしよう。とにかくこれから学校が始まれば嫌でも毎日、神原宵アイツと顔を突き合わせることになる。俺が側にいる限り、二度と紅を危険な目には合わせないから」

 あ、れ……、な、んだ?

「ありがとう、何か、その……ご迷惑おかけしちゃうみたいで」

 何か、変だ、何だろう?

「ねえ、ちょっと怖いから止めてよ、ありがとうなんて」
「私だってお礼くらい!!」
「そうだっけ?」

 おかしいと笑う碧が半年前より背が少し伸びて、同じ身長だったはずなのに。
 こうして立ち上がったら目線が変わってる。
 少し上目遣いで碧を睨み上げて。

「帰る」
「具合は? もう大丈夫?」
「大丈夫、また明日ね」

 じゃあね、と手を振る碧に見送られ、まだ暗い家の鍵を開け。
 ドアを閉じた瞬間に、しゃがみ込んだ。
 具合が悪いわけじゃない、そういうのじゃないのだ。
 何だ、これ?

『俺が側にいる限り、二度と紅を危険な目には合わせないから』

 碧の言葉を思い出したら、心臓のあたりが何かで縛られたように苦しくなるのだ。
 だけど病気じゃないのは、わかる。
 心臓がこんなに早鳴っているのに苦しいんじゃなくて、このぎゅうと縛られたような痛みが心地いいなんて。

 こんな気持ちは初めてだ。

「おはよ、紅ちゃん、昨日は本当にごめんね」

 私の前の席に後ろ向きに座った神原宵アイツは。

「身体大丈夫?」

 私の席に両肘をついて、上目遣いで乗り出してくる。
 一気に人のパーソナルスペースを超えてくるなんて最悪。
 それでもここ数カ月で学んだことは、人はそこまで自分の思いを全部吐き出してはいけない、空気を読むこと。

「大丈夫です、なのでそっとしといてください」

 遠くから碧の視線を感じる。
 普通ではわからないだろうけれど、神原宵なら、わかっているはず。
 碧の怒りが向けられた、このビリビリとした空気。

「うざいなあ、碧くんって」

 クラスメートには聞こえないような声で、しかも楽しそうに笑っている。

「どっちがだろう? 私は碧のことうざいなんて思わないけれど」
「何で? 特殊能力チカラを封じられてるのに?」
「……、あなたには関係ないでしょう?」
「あなたなんて言わないでよ、そんな他人行儀な。よいって呼んでよ、碧くんのことだって、碧なんでしょ?」
「碧は幼馴染みだから」
「だけど、アイツはオレらの敵だよ? 紅ちゃん」

 睨んだ先にあるのは、漆黒の闇のような彼の、笑っているようで笑っていない瞳。
 その深い色に一瞬魅入られそうになって目を反らす。

「オレと紅ちゃんなら、アイツに勝てる、絶対ね」

 クスクスと笑って立ち上がり。

「じゃ、考えておいてね」

 と声のボリュームを他の人にも聞こえるように、少し大きくした宵に首を傾げると。

「オレと付き合うこと、ちゃーんと考えておいて」

 ニッコリと笑って席に戻っていく宵と周りにいてそれが聞こえてしまった女子たちの悲鳴のようなザワザワとした空気。
 最悪! なんで目立つようなことしていくかな。
 碧は私じゃなくってアイツに鋭い視線を向けていた。

 入学してから一週間、私の周りには常に宵がつき纏う。

 宵は、ものすごくモテる。
 碧がモテてたくらいの勢いで、日に数人から告白されているようだ。
 時空界の男性たちは、揃いも揃ってフェロモンという色気のようなものを人間女子に醸し出しているのかもしれない。
 残念なことに私の嗅覚は、普通の人間女子ではないようで、ただただ宵から感じるのは肉食動物のような視線だけ。

 完璧に狙われている・・・・・・・・・

「一ノ瀬さんはいいなあ、神原くんには好かれているし、蓮城くんは幼馴染みなんでしょう?」

 そう言われてもどう対応したらいいのか。
 きっと以前の私ならば、「くだらない」と一蹴していた場面だ。
 今だって心の中の本音はそれ。
 けれど、口に出してしまえば、これから三年間また孤立が始まるのだろう。
 正解はどれだ? 考えろ!

「……、私ね、他校に彼がいるんです、だから神原くんとは付き合えませんし、蓮城くんはずっと大切な幼馴染です」

 そんなものはいない、架空の人物を作り上げた上でニコリと微笑む。
 
「やっぱり!? 一ノ瀬さん、大人っぽいし美人だもんね、彼氏がいて当然だよね」

 大正解だ、彼氏のいる女子が、他の男に手を出したりなどするわけがない、という女子たちに安心感を与えたら、私への視線が何だか優しく柔らかくなった。

「いつできたの? 彼氏」

 帰り道、碧の薄ら笑いにウルサイと呟いた。

アイツ除けに丁度いいじゃない?」
「まあ、そんなんじゃ引き下がるようなヤツじゃないだろうけれどね」

 碧の心配はきっとあたる、私もそう思うもの。

「今日も、寄って行くの?」
「うん、だから、ここで」

 碧と別れて私がここ三日訪れている場所へと急いだ。

「おかえり、紅」
「ただいま、ちょっと遅くなった、ごめん」

 お母さんの働く保育園に寄るのが、ここ三日の日課となっている、というのも。

「ああ、もう、中で休ませてもらいなよ。砂場ここは私が見ててあげるから」
「でも紅一人じゃ大変だよ?」
「今のお母さんじゃ一人に満たなくない?」

 ああ、それもそうか、と苦笑いして痛たたた、と必死に立ち上がった母は。

「じゃあ、紅にお願いしようかな。チャイムが鳴ったら手洗いさせて子供たち中に連れてきてくれる?」
「わかった」
「助かる、本当にありがとう、紅」

 ニッと笑った瞬間にまた痛みが走ったのだろう。
 痛たたた、と腰を抑えながらゆっくりと職員室に向かって歩いていくその後ろ姿を見送ってから。

「さて、何作ろう? 何がいい?」

 子供たちも既に私には慣れているし、今日も懐いてくれる。
 母がぎっくり腰になってしまったのは四日前の夜だった。
 仕事帰りに買ってきた米を、無理な体制で持ち上げちゃったようだ。
 普段ならそれよりも重たい子供たちを抱っこしているから『油断した』と痛みに泣き笑いしていた。
 ここのところ、産休の先生たちもいて保育園は人手不足。
 新しい先生が入ってくるまでの丁度大事な時期に休めるわけがない、と無理を通そうとするんだもの。
 ……、やはり母だって年を取るし心配にはなる。

「……夕方のお外遊び、私が行こうか? 手伝いに」

 そう言ったら驚いて、嬉しいって泣き出した。
 罪悪感しか感じない。
 前の人生だって母が具合悪いことだってあった。
 風邪をひいて辛そうな時も、それでも母は笑顔を絶やさないで私には泣き言一つ言わなかった。
 こんなに喜んでくれるなら、もっと早く手伝ってあげたら良かったな。

「コウ先生、お城作って、三階建ての」
「三階建て!? 難しそうだね、よし、皆で作るぞ~!!」

 おーっとちっちゃな拳を突き出す子供たちの笑顔に最近癒されているんだ。

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