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約束の未来~Re:set~⑰

第四章 許されないことだとしても④

「紅ちゃん、目瞑ってくれる? しずらい、かも」

 真正面に立ち私を見下ろす宵の顔が少し照れているようにも見えた。
 前は騙すようにしておでこにキスしたくせに。
 大丈夫、もう覚悟は決まってるから。
 いいよ、と微笑んでみせると安心したように宵も頷いて、それを合図に、ゆっくり瞼を閉じると押し出されるように落ちる涙。
 気にしないでね、きっとこんな涙は最後にするから。
 今優先すべきことを大事にしたい。
 少し上を向いて、宵からの契約のキスを待った。

 だけど、時間が経っても一向に落ちてこない、代わりに。

「ちょ、碧くん、邪魔しないで!!」

 宵の声に驚き目を開けると宵の顔を手で押さえ込み、キスを阻止している碧の姿。

「な、碧!?」

 何してんのよ、と言うより先に宵を遮りながら振り返った碧は。

「返すよ、紅の能力チカラ。好きに使いなよ、後一回だけ」

 微笑む碧だけど、やっぱりさっきと変わらずに泣いている。
 何で、ねえ、何でそんなあっさりと?

「いいの?」

 さっきまであんなに反対していたというのに、本当にいいの?

「宵と同じで何か条件があるんじゃないの? 碧にも何か迷惑がかかったり」
「さあ? ただ、一つだけ言えるのは」

 一つ、だけ。

「君は君のもう一つの故郷である時空界には、永遠に行けなくなるということ」
 
 それ、だけ? 本当に?
 他に隠していることがあるような気がして、碧の瞳の奥を覗き込むけれど。
 碧はそれに応えるように私を見つめ返すから。
 ……信じていいの?

「それでもいい? 紅」
「いいに決まって!」
「いつか、時空界の裁判官に、あれももう無くなるよ」
「そんなの、全然構わない」

 それすら諦めれば、全部うまくいくというのなら。

「待ってよ、碧くん。横から割り込んできていきなりはズルイ。それにどうもその話、オレには不利じゃない?」

 緩んだ碧の手からようやく逃れた宵の頬は真っ赤、相当力強く抑えつけられてたみたいだ。

「紅ちゃんは、どっち? って。……何かもう決めたみたいな顔してるけれど」

 頬を膨らました宵がいじけたように私をじーっと見つめていた。

「ご、めん、宵。私、」

 ついさっきまで固まってた決心が一気に都合の良い話に傾いてしまった自分。
 申し訳なさで宵の目をまともに見れない。

「紅ちゃんが時空界に来れないってことは、オレも困るし一族もすっごい困るんだよね?」

 はあって聞こえた大きなため息に責め立てられているようで何も言えずにいると。

「だけど、いいよ。紅ちゃんの好きにして」
「宵、ごめん、私」
「だって、オレもズルいことしたもん。本当ならオレの能力チカラでメイちゃんを助けてあげられることもできたのに、紅ちゃん欲しさに駆け引きしちゃった。ごめんね?」

 優しい掌が私の頭をポンポンと優しく撫でてくれる。
 
「それだけじゃないだろ、宵。君の能力チカラでメイちゃんを助けたなら、すぐに君は追われる身になってここ・・にはいられなくなる。紅に、逢いにもなかなか来られなくなる、だからだろう?」

 あ、だから、か。
 私と一緒にいるために?
 
「碧くん言わないでよ、何か格好悪いじゃん」

 ふんっと碧から顔を背けた宵。
 その顔が恥ずかしそうで、でも、そこに宵が私のことを思ってくれたんだ、という真実が浮き彫りになってるみたいで。

「ありがとう、宵」

 そんなに私のこと好きになってくれて。
 その言葉は飲み込んだ。
 だけど、だからこそ、罰は自分一人で受ける。
 元々時空界なんて私にとっては別世界。
 そこに行けなくなったとしても、何一つ失わない、ただ。
 私の能力チカラ》を交えなければ、黒一族の時間を巻き戻す能力チカラが少しずつ弱まることだけは、許してほしい。

「別に、いいよ? 紅ちゃんの好きにしてって言ったでしょ?」

 その刹那、宵の匂いに包まれた。
 
「本当に大好きだったんだ、紅ちゃんのこと」

 強く抱きしめられてこれが最後、と思えるぐらいの優しい声に私は何度も頷いた。
 ありがとう、って何度も唱えながら。

「ひっつき過ぎ、宵!! 長い!!」

 碧に引き剥がされるように私から離れた宵が苦笑してる。

「そんなに妬かないでよね、碧くんってば」

 宵の揶揄に私は目を丸くして、碧は。

「っ、そんなんじゃない!!」

 と激怒していた。

「紅、今から君の能力チカラを返すよ。だけど、一回だけだ。何故ならその一回を使った直後、察知した時空裁判が動く」

 黄金のガヴェルが鳴り響く裁判所。
『主文、被告人 一ノ瀬いちのせこう、現在より人生十年のリセット、及び時間操作能力の一切の禁止を命ずる』

 トラウマのように染付いているあの光景がひょこっと顔を出して身震いした。
 ……、でも仕方ないか。
 それでメイちゃんの未来を繋げるのならば。

「失敗するなよ、紅」
「え?」
「久しぶりだろ、自分の能力チカラを使うのは。覚えてる?」
「多分」
「多分じゃダメだろ、ミス完璧パーフェクト

 懐かしいニックネーム、今じゃもうそんな風に呼ばれることもないというそれに苦笑すると、ようやく碧も微笑んだ。

「紅?」
「ん?」
「……、君と過ごした二度目の人生、悪くなかったよ」
「碧?」

 何を言いたいの? と開きかけた唇は、あっという間に碧の熱で塞がれた。
 見開いた目の中いっぱいに碧が飛び込んできて、慌てて目を閉じる。
 今、何が起きている、とか考えるよりも先に、薄っすらと開いた唇の隙間から熱いものを感じて。
 長い長いその行為に眩暈を起こしかけて、ズルッと膝から崩れ落ちそうになるのを碧が支えてくれて、痺れるように熱く、切なく。

 「もう、返したよ、紅」

 その言葉にゆっくりと目を開けたら碧が微笑んでる。

「あんまり見せつけないでよね、碧くん!!」

 背中を向けている宵の姿が見えた。

「使っても、いいの?」

 返した、何を?
 あ、そうだ!!
 ぼんやりと麻痺したような頭を振り払い我に帰る。

「いいよ、紅の能力チカラだ」

 碧の力強い言葉に後押しされるように私はギュッと目を閉じて。
 今から十分前に念を飛ばした。

 一瞬ジェットコースターで浮きあがり、血が逆流しちゃうようなあのフワリ感。
 グラリと視界が揺れて自分の身体の中に、自分自身が収まり目の前のビジョンがクリアになる。
 私のタイムトリップの体感はこんな感じだ。
 こうして過去に戻るのは、入学式の日に宵に悪戯された以来のこと。
 乗り物酔いのような若干の気持ち悪さの中で、私に寄りかかり寝息を立てているメイちゃんの姿にホッとした。

「メイちゃん、起きて? ママが迎えに来ちゃうよ?」

 可哀そうだけれど揺すって起こしてみると、ゴシゴシと目を擦りボンヤリと私の顔を見て。

「コウ先生?」
「ん?」
「明日は何作ろっかあ」

 笑ったメイちゃんに、涙が零れ落ちそうになってギュッと抱きしめた。
 
「コウ先生? どうしたの?」
「どうもしないよ、また明日までサヨナラのギュッ」
「ふふっ、メイもギュッ」

 私の首筋に絡みつく小さな手が温かい。
 良かった、メイちゃんは助かったんだ。

「紅、メイちゃん?」

 廊下を駆ける音が近づいてきて教室に飛び込んできたのは碧。

「アオ先生だ、あ!! ヨイ先生も」

 振り向くと碧の後ろから宵も駆けつけてきて。
 二人とも何とも言えない安堵の表情を浮かべて私とメイちゃんを見て微笑んだ。

「あと十分遊んだら・・・・・・帰ろうか、紅」

 碧が意味するのは、さっきの事故が起きた時間をここで過ごそう、ということだろう。
 宵もそれに同意と頷いているから。

「んじゃ、あと十分、メイちゃんにお魚折っちゃおうかな」
「やったあ」

 目尻の涙を拭って赤や青のカラフルな魚を折りあげる。
 碧や宵も隣で私の指導を受けながら一緒に折ってたけど、メイちゃんの方が上手。

「紅先生、碧先生、宵先生、そろそろお時間ですよ~!! メイちゃんもママがお迎えに来るから上着着て待ってましょうね」

 いつもよりも遅くなっている私たちに知らせに来た母。
 さっき会ったばかりなのに何だかとっても懐かしい気分になってまた鼻の奥が熱くなって、泣きそうになってしまう、と。

「ん? 紅、顔が赤いけど? 風邪でもひいた?」

 伸びて来た母の手が温かい。

「お母さん」
「ん?」
「今日食べたいものある? 何でも作るよ?」
「どうしたの? 突然! やっぱり熱?」

 う~ん、平熱っぽいけどおかしいなあと首を傾げるお母さんに、何でもないよ、と微笑んだ。
 二度と会えなくなっちゃうとこだったから、なんて、何も知らないお母さんからしたらビックリだよね。

 念入りに門扉の鍵をチェックした。
 一度目、多分私はそれを怠った。
 園児が出て行ったりしないように、門扉の内側にある鍵をロックすること。
 それは園を出入りする者の絶対的掟だったのに、慣れや確認不足、それが一人の尊い命を奪うことになるんだ。
 メイちゃんはママのお迎えを待ち、母と手を繋ぎ寂しそうな顔をしながら、玄関ホールでまた明日、と笑顔で手を振り私たちを見送ってくれている。
 それを見ながら私たちは門を出て、内側を覗き込みながら念入りに施錠をし。
 もう一度メイちゃんを見て、手を振って横断歩道を渡り出す。
 三人ともきっと同じ気持ちだったと思う。
 あの笑顔をもう一度取り戻すことができたから。

 横断歩道の前先ほどと同じ立ち位置、もうすぐ青信号になるタイミングで。
 アレ・・はやってきた。

 突然まばゆいばかりの光に包まれた。
 あの時と一緒だ。
 見逃してはくれないとは思っていたから覚悟はしていたものの。
 周りの景色が夕闇から一転、白と金の世界に変わっていく。
 眩さに慣れ目を凝らした先に、青色の椅子に腰かけた三人が渋い表情を浮かべて私を見ていた。
 真ん中のオジサンの顔は見忘れることはない。
 二十五歳の私を裁き、十年前にリセットした張本人、碧の本当のお父さんだからだ。
 そういえば気マジメそうな碧の目とよく似てるわ。
 あの時はわからなかったそれに今更気付くなんて。
 こんな場所で苦笑なんて不謹慎だとは思うけれど、ふっと息を漏らして苦笑した。

「それでは開廷します。被告人『一ノ瀬いちのせこう』は前に出てください」

 裁判官三人と検察官らしき人物、頼りの弁護人は見当たらない。
 広い傍聴席には人影もおらず、証人は多分私の横に立つ碧と宵。
 一方的なものであるのは、法を学んでいなくたって理解できる。
 私が裁かれるためだけに開かれる異界の裁判。
 私に判決を下すためだけに、今宵現れたのだ。

「それでは、これから被告人に対する人命寿命関与事件について審理します。検察官は起訴状を朗読してください」
「公訴事実 被告人は本日午後十八時六分、〇〇区一丁目交差点において、本来ならばそこで寿命を終えるはずであった幼児 桜庭さくらば芽生めいの命を時間巻き戻し能力を用いて延命したものである。延命罪、刑法 第二百五十二条 第一項以上について審理願います」

 まどろっこしい長い説明の割には罪状は延命罪、それが罪だっていうならどうぞご自由に。

「被告人はこの法廷で何も答えないでいることもできるし、発言することもできます。ただし被告人が発言した内容は、それが被告人に有利なことも不利なことも、すべて証拠となりますので注意してください。今、検察官が朗読した公訴事実について被告人にお尋ねしますが、内容はそのとおりですか? それともどこか違うところがありますか?」

 穏やかな口調、気取った物言い、まるで昔の鉄仮面のような顔していた碧みたいでいけ好かない。

「異議はありません、事実そのとおりです」

 ドラマならここで弁護人が登場したり被告人が異議を申し立てるところでしょうけれど。
 きっと私のしたことの一部始終はわかっているんだろうし、逃げも隠れもしない。

「では証人、アジュール前へ」

 アジュール? 
 前に出た碧のもう一つの名前?
 きっと時空界ではそう呼ばれているのか。
 
オーブも一緒でも構いませんか? どうせ本来の形式をとってもいないようですし、構わないでしょう?」

 オーブと呼ばれた宵は振り返った碧を見て微笑んでいる。
 お互いに時空界での名前を知っていたんだ。

「宣誓書も省きます、が二人とも嘘偽りは申しません」

 碧の横に並んだ宵は、見様見真似で碧と同じように右手を揚げた。
 碧のお父さんである裁判官は二人を見まわして、いいでしょう、と頷いた。

「あなた方二人は本日、被告人が幼児への延命を施すのを目撃、そしてその罪を咎めることも無く見過ごした謂わば共犯者として、」

 待って、ちょっと待って。
 それって、もしかしてこの裁判は。

「異議あり!! 裁判官、これは私一ノ瀬紅の裁判であり、この証人の二人には何ら関係も」
「異議を却下します! 被告人は勝手に話さないように」

 威厳のある声が法廷に響き渡る。
 これは、この裁判は私だけではなく碧と宵を裁こうとしている。
 金色のガヴェルはあの日と同じような輝きを保ち裁判長の手元で判決の時をじっと待っていた。

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